65 / 77
10.火車
10-4
しおりを挟む
最初に感じたのは、赤い光。そして、絡みつくような熱さ。焼け焦げた匂い。
扉を抜けた先は、文字どおり火の海だった。大きな洞窟のような空間を、炎が埋め尽くしている。
この場所を支配している物怪は、火車。火車というくらいなのだから、きっと火を使うのだろう。それなら今のこの地獄のような状況は、コロと戦闘して暴れた結果なのだろうか。
「コロは……っ?」
地面からマグマのように噴出する細い火柱を慎重に避け、強い熱風に髪をあぶられながら少しずつ歩を進める。黒煙と白煙に覆われて、コロの姿は見えない。火車の姿もだ。
ひょっとしたら、戦闘が終わったのかもしれない。期待を込めてステータスウインドウを確認すると、コロの体力ゲージは相変わらず右に左に揺れ動いていた。
「あ!」
そのとき、ひとつの人影が火の海から勢いよく飛び上がった。煙にも火柱にもさえぎられないところにまで到達したので、その姿がはっきりと見える。普通のアバターでは考えられない跳躍力。――コロだ!
派手な着物が無残にもあちこち焼け焦げているけど、戦闘が継続できないほどの深手は負っていなさそうだ。ほっとする僕の存在には気づいていないようで、空中から地上に向けて油断なくなにかを探している。
と、その視線の先。まさにそこから、コロを追いかけるように巨大な物怪が姿を現した。炎をまとった車輪に巻きつく大蛇。けれど頭の部分は、猫のようでもあり女性のようにも見えた。長い黒髪を振り乱し、おおおおおおおん、おおおおおおん、と不気味な恨みの声を洞窟中に響かせる。そのすさまじいほどの音の振動で、遠く離れているはずの僕の全身がビリビリと震えた。
これが期間限定の高難易度ボス。同じボスでも、フィールドにいるコンニャク妖怪とは、外見も迫力も全然違う。
足がすくんで動けない僕のことなど眼中にない火車は、獲物と認識したコロにくらいつこうと長い首を伸ばす。大きく開いた口から、何本もの鋭い牙が見えた。
「コロ!」
焦る僕とは対称的に、コロはひどく冷静だった。僕が初めて見る火車の攻撃も、コロにとってはもう何度もくりかえしたパターンのひとつでしかないのかもしれない。
コロはジャンプの最高到達点で胎児のように体を小さく抱え込むと、そのままくるくる回りながら落下する。向かってくる火車と中空で交差した瞬間、光のエフェクトが一閃した。ほんの少しだけ、世界の時間が止まる。やがて火車の大きな首が、ゆっくりとずり落ちた。
「やった!」
首と胴体の二つに分かれた火車は、意志の力を失って地面に落下していく。途中で光の粒子に変わり、そのまま完全に消滅した。倒したんだ、火車を。コロが、たったひとりで。
火車の後に続いて着地したコロを追って、僕も駆け出す。いつの間にか、火の海もすっかり消え去っていた。僕に気づいたコロがこちらを見る様子が、遠く離れていても確認できる。
そうだ、僕は彼にひどいことを言ってしまったんだ。なんて謝ればいいんだろう。そんなことを考えて無意識に速度が落ちた瞬間、足元がぐらりと揺れた。地面が小刻みに震えて、雷のような光と音が走る。
扉を抜けた先は、文字どおり火の海だった。大きな洞窟のような空間を、炎が埋め尽くしている。
この場所を支配している物怪は、火車。火車というくらいなのだから、きっと火を使うのだろう。それなら今のこの地獄のような状況は、コロと戦闘して暴れた結果なのだろうか。
「コロは……っ?」
地面からマグマのように噴出する細い火柱を慎重に避け、強い熱風に髪をあぶられながら少しずつ歩を進める。黒煙と白煙に覆われて、コロの姿は見えない。火車の姿もだ。
ひょっとしたら、戦闘が終わったのかもしれない。期待を込めてステータスウインドウを確認すると、コロの体力ゲージは相変わらず右に左に揺れ動いていた。
「あ!」
そのとき、ひとつの人影が火の海から勢いよく飛び上がった。煙にも火柱にもさえぎられないところにまで到達したので、その姿がはっきりと見える。普通のアバターでは考えられない跳躍力。――コロだ!
派手な着物が無残にもあちこち焼け焦げているけど、戦闘が継続できないほどの深手は負っていなさそうだ。ほっとする僕の存在には気づいていないようで、空中から地上に向けて油断なくなにかを探している。
と、その視線の先。まさにそこから、コロを追いかけるように巨大な物怪が姿を現した。炎をまとった車輪に巻きつく大蛇。けれど頭の部分は、猫のようでもあり女性のようにも見えた。長い黒髪を振り乱し、おおおおおおおん、おおおおおおん、と不気味な恨みの声を洞窟中に響かせる。そのすさまじいほどの音の振動で、遠く離れているはずの僕の全身がビリビリと震えた。
これが期間限定の高難易度ボス。同じボスでも、フィールドにいるコンニャク妖怪とは、外見も迫力も全然違う。
足がすくんで動けない僕のことなど眼中にない火車は、獲物と認識したコロにくらいつこうと長い首を伸ばす。大きく開いた口から、何本もの鋭い牙が見えた。
「コロ!」
焦る僕とは対称的に、コロはひどく冷静だった。僕が初めて見る火車の攻撃も、コロにとってはもう何度もくりかえしたパターンのひとつでしかないのかもしれない。
コロはジャンプの最高到達点で胎児のように体を小さく抱え込むと、そのままくるくる回りながら落下する。向かってくる火車と中空で交差した瞬間、光のエフェクトが一閃した。ほんの少しだけ、世界の時間が止まる。やがて火車の大きな首が、ゆっくりとずり落ちた。
「やった!」
首と胴体の二つに分かれた火車は、意志の力を失って地面に落下していく。途中で光の粒子に変わり、そのまま完全に消滅した。倒したんだ、火車を。コロが、たったひとりで。
火車の後に続いて着地したコロを追って、僕も駆け出す。いつの間にか、火の海もすっかり消え去っていた。僕に気づいたコロがこちらを見る様子が、遠く離れていても確認できる。
そうだ、僕は彼にひどいことを言ってしまったんだ。なんて謝ればいいんだろう。そんなことを考えて無意識に速度が落ちた瞬間、足元がぐらりと揺れた。地面が小刻みに震えて、雷のような光と音が走る。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる