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3.火ノ都の麗春祭

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「ごちそうさま」をした僕たちは、さらに北側の中心部をめざして歩き出した。進めば進むほど周囲の人の数は増え、歓声や雑踏も大きくなっていく。路面電車の線路が横に何本も並ぶ広い空間に出ると、赤いレンガ造りの大きな建物が見えてきた。

 豪奢ごうしゃな三階建ての外観はそれだけで圧巻なのに、さらに横に細長く伸びているのだから、思わずため息が出てしまう。「東京に行けば改装したやつが普通に見られるよ」とメイくんが説明してくれたとおり、現実世界の東京駅をモデルにつくられたといわれるその場所は――火ノ都駅ひのとえき

「カッコいいよね、蒸気機関車。僕もいつか乗ってみたい」

 ヒノモトには、全部で六つのエリアがある。僕はまだ、この火ノ都があるひのえエリアから出たことはないけど、別のエリアにある大きな街に行きたいと思ったらフィールドにいる物怪たちを倒しながら徒歩で進んでいくしかない。でもそれだと時間がかかりすぎて、気軽に街と街を行き来できない。

 そこで活躍するのが、さまざまな乗り物。乗合バスや馬車など、ヒノモトには交通手段はたくさんあるけど、その中でも最も速くて人気があるのが蒸気機関車だ。でもレベルが低い僕はまだ利用することができない。いつか乗ってみたいという想いを新たに、駅とは違う方向へと足を向ける。

「人だかりができてるお店がいっぱいあるね」

 駅周辺は、火ノ都最大のにぎわいスポットだ。広い道路の両側に、たくさんのお店が所狭しと並んでいる。服飾店や飲食店に人が集まっている理由はわかるけど、いまいちどんな所なのかもわからないお店に長い列ができているのが不思議だった。

「ミニゲームで遊べるところだと思う。挑戦できるのはそれぞれ一日一回だけだけど、珍しいアイテムがもらえるらしいからヘビーユーザーは日参するみたい」
「へえ。その割に、メイくんは興味なさそうだけど」

《ヘビーユーザー》とは簡単に言えば、めちゃくちゃゲームをやっている人のことだ。僕から見たら、メイくんも立派なヘビーユーザーだと思う。

「報酬のラインナップを見たけど、あまり興味なくて。今のレベルじゃあまり使い所がなさそうなアイテムばかりだから、持っててもしかたなさそう」
「そっか。でもとりあえず、もらうだけもらっておいて、高レベルになるまでとっておくとかでもいいんじゃない?」
「それまで、このゲームやってないと思う」
「……ああ」

 そうだった。メイくんは重度の飽き性なのだ。熱しやすく冷めやすいという言葉が服を着て歩いているような人なのだ。だから興味のあるものにはすぐに飛びつくし、それもすぐに飽きて別のものに興味が移ってしまう。そして、その早すぎるサイクルに、なぜか僕も一緒に付き合わされるわけで。

「ヒノモトも、すぐにやめそう?」
「どうだろ。どういう楽しみ方ができるのか、ひととおり試してから考える」
「そっか」

 飽き性なのは、別に悪いことじゃないと思う。自分なりの楽しみ方を見つけるのが早くて、いろいろなものに興味を持つことができるというだけだ。
 僕だって、別にヒノモトをずっと続けたいわけじゃない。この女の子のアバターとお別れできるなら、むしろメイくんには早めに飽きてほしいくらいだった。

「あ、ロクメイカンには挑戦したいかも」
「ろくめいかん?」

 歴史の番組で聞いたことのある響きだ。たしかそう、鹿鳴館。大正時代よりひとつ前の明治時代に建てられた、西洋風の建物だったっけ。外国の人をもてなすために使ったらしいけど、当然このヒノモトでは、建設した理由も、使用する目的も違うんだろう。

「六つの――ええと、冥界の冥と書いて六冥館。イベント期間限定のボスと戦うことができる所」

 やっぱり、めちゃくちゃ不穏な場所だった!

「ボスの情報はまだ出てきてないけど、戦うのにレベル制限があるくらいだから、きっと強いんでしょ」

 だからそれまでは多分やめないというメイくんに「楽しみだね」と答える。僕としては、怖かったり強かったりする物怪と戦うのは遠慮したい。だけど、どうせメイくんに連行される未来しかないのだ。今のうちに、こっそり覚悟を決めておくことにした。


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