Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう

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第2章 水の都アクアエデンと氷の城

公式イベント3

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友彦はショックを受け冷汗を流しながらも、「梶原のところに行っていた」と友人の名を挙げて冷静を装い答えた。

「本当?本当のことを言ってるの?」

母親が鬼のような顔をして聞き返した。
彼はお姉さんとの関係がもうすでにバレていると直感し、さらにショックを受けた。

母親の問いに答えられず気まずい沈黙が流れた後、父親が言った。

「おまえ、○丁目のアパートに寄っているそうじゃないか!」

(違うよ)とウソがのど元まで出かかったが、それを言うのにためらいがあった。
口をパクパクさせている彼に、母親がヒステリックに叫ぶ声。

「あんたまだ中学生でしょう! その歳で女の所に通うなんて! 不潔、不潔!!」

父親が「この馬鹿野郎!」と怒鳴り、椅子を背後にひっくり返して立ち上がった。
(殴られる!)そう感じた彼は台所を飛び出し、玄関から裸足で飛び出した。

最初はお姉さんの所に向かったが、今行くと迷惑がかかる・・・そう思い直して途中で道を外れてそれからあてもなくウロウロと歩き回る友彦。
冬の道は裸足には痛いほどに冷たく、ただ、感覚のなくなった足指がけいれんするのだけは感じられた。

誰もいないひっそりとした公園の砂場は、まだわずかに温かいような感じがした。
その上で足踏みなどして震えながら、お姉さんとの関係はこれからどうなるのだろうとひたすら考えていたが、混乱と寒さの中で考えは堂々巡りするばかり。

その間にもしんしんと忍び寄ってくる寒気。
どうにも我慢ができなくなり、友彦はお姉さんの所に向かった。

しかし階段を足音を忍ばせて上っていくと、奥にあるお姉さんの部屋から怒気を含んでなにか一方的に話しつづける声が。
それが父親の声だと気付くと、彼は階段を転がるように駆け下りまた夜の路地をさまよい歩いた。

かなり長い時間歩き回り、もう限界を感じて彼は家に帰った。
もう時刻は0時を回っているのは確かで、ひょっとしたらいつまでも帰らない息子を心配して少しは態度が軟化しているかもしれない・・・そんな甘い期待もあった。

しかし、甘すぎた。
玄関のドアを開けると、門扉の音に気付いた父親が出てきて仁王立ちになっていた。

(ヤバイ!)と思っても逃げる間もなく捕まり、それから居間で死んでしまうのではないかと思うくらい殴られ、蹴られつづけた。
そのそばで母親は金切り声で罵声を浴びせ、鼻からも耳からも血が流れ、2時を回る頃になってようやく開放された。

最後に友彦は言い渡された。
二度とあのアパートに行ってはいけない、学校が終わったらまっすぐ両親の仕事場に行き、仕事を手伝う、その2点を。

自分の部屋に戻りようやくの思いで明かりをつけると、窓に映るのはパンパンに膨れ、血まみれになった彼自身の顔。
オバケそのものの姿にギョッとし、この世の終わりかとも思うくらい落ちこみ、悔し涙を流しながらベッドに倒れこんだ。

それからは学校が終わる時間は毎日母親が学校に電話をかけて担任に欠かさずチェック。
もちろん顔の傷やあざの事も含めて担任は不審がったが、彼は階段から落ちて怪我をした、と言ってごまかした。

そして放課後になるとすぐにバスに乗って、30分後には事務所にいなければならなかった。
友彦にとって、地獄だった。

従業員は全員解雇されて、債権者の督促の電話が矢継ぎ早にかかってくる事務所。
そこで彼は奴隷のように伝票整理や電話の応対、表には出せない書類の裁断、そして代わりの新しい虚偽の書類のタイプに追われた。

当時はワープロなどという便利なものは普及しておらず、ちゃんとした活字の書類を作ろうとしたら和文タイプライターを使わなければならなかった。
和文タイプというものは机一つ分の広さがあって、平仮名、カタカナ、漢字、英字、数字、記号、それら活字が一枚のパネルの下にすべて収まっている。

パネルに示された活字は5ミリ四方より小さくて、目的の活字をパネルの上に探してそこに指示窓を動かしてきてキーを押す。
それを一字一字、丹念に繰り返していかなければならない代物。

非常に根気の要る作業でなかなか慣れず、目的の活字の位置を探すのにも時間がかかった。
そのように和文タイプは熟練を要するし、タイプライター自体が高価だから小さい事業所の場合、和文タイプはそれを専門にしている店に原稿を持って行って代わりに打ってもらうのが一般的。

しかし両親の事務所には、和文タイプが置いてあった。
ほんの少し前まで、タイピストも一人いたのだ。

羽振りが良かった頃は本部機能を持つ事務所の他に、もうひとつ上のフロアにも事務所があった。
どちらの事務所も取引先からの電話がけたたましく鳴り続け、若い従業員が休む暇もなく立ち働いていたものだった。

ふと手を止めてそんな昔のことを思い出すこともあったが、いちばん真っ先に思うのはやはり優しいお姉さんの事。
寒々とした事務所での夕食は出前で定食を2人前取り、それを3人で分けて食べた。

友彦はそれを食べながら、お姉さんの温かい手料理の事を思い出していた。
暖房もない中でこごえながら思うのは、お姉さんの体の暖かさ、心の温かさ。

事務所があるビルのすぐ近くに市電の停留所があった。
停留所4つ分だけ乗って行って、そこからアーケードをちょっと歩けば、お姉さんがアルバイトしているはずのスーパーがあるのに・・・そう思うと飛び出して行ってしまいたい気持ちだった。

そんな日が数日続いて2学期の終業式も間近に迫った頃、彼は学校にも行かせてもらえなくなった。
もう債権者が直接押しかけてくる有様で、彼がなんとか使いこなせるようになった和文タイプも、それだけではなくロッカーや机などの備品も持っていかれてしまった。

夕食はカップメンをすするだけとなり、クリスマスイブの食事も、赤いきつね。
そしてクリスマスも過ぎたある日、両親の事業は法的に破産する選択を取った。

あっという間に書類を持った人たちがやってきて、家も財産も差し押さえられた。
友彦はひとまず宮崎の父親の実家に身を寄せる事になり、残務整理のある両親から離れてひとり向かう事になった。

あと2日で年も終わろうとする日、彼は帰省客でごった返す宮崎行き急行えびの号に乗った。
旅行が好きな彼だったが、喜びはまったくない悲しい旅立ち。

誰一人として彼を見送る者のないまま、列車は定刻に発車。
生まれ育った町を離れる辛さ・・・そしてさよならも言えないままにお姉さんの住む町を離れる、身を切られるような心を引き裂かれるような辛さ。

そんな彼の心とは無関係に、列車は速度を上げた。
市内を流れる白川に架かる鉄橋を渡る音を聞きながら、彼は目に涙があふれ出してくるのをどうしようもできなかった。

そして郊外を流れる緑川の長い鉄橋を渡り終えた頃から、彼は体を屈めて肩を震わせて泣き始めた。

「どぎゃんしたとね」

同じボックスの向かいに座った老夫婦が心配して声を掛けてくれたが、彼はただただ泣きつづけた。
八代も過ぎて球磨川沿いに右へ左へとカーブしながら列車が走る頃になって、ようやく涙は枯れた。

みどり色の大きな川を車窓に見ながら、友彦は「さよなら」も言えずに別れてしまったお姉さんのことをただただ想っていた。

(第1章 了)
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