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第1章 はじめまして幻想郷

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 数時間前に誠人が店に入った時、客入りはまばらだったが、昼を過ぎたせいか結構な賑わいを見せていた。
 バーの端から端まで視線を滑らせて、特に目新しい子もいなければ、好みの子もいない。誠人まことは仕方なくカウンターに腰を下し、軽く何か注文することにした。

「水割り、薄目にして」
「え、珍しいですね? 昼間から飲むなんて、何かあったんですか?」

 聞かれた誠人は「何もない」と返事を返した。
 こちらの返事を聞き、バーテンは軽い微笑を浮かべて「そうですか」と誠人の注文の品を作り始める。出てきた水割りに口を付け、これを飲み終わるまでに好みの相手が現れなかったら帰ろうと思っていると、カタンと店の入り口が開き、徹が入って来るのが見えた。
 その後ろに海翔の姿が見えて「はあ?」と顔面が崩れそうになるが、平常心を心掛けた。
 誠人を見つけた徹がニヤ付いた顔を見せ、こちらへと近付いて来ると。

「バイト、丁度あがりだって言うから、取りあえず、何か御馳走しようかと思ってさ」

 そう言って後ろへと親指を投げる。徹の肩越しにピョコっと海翔が「さっきぶりだね」と手をふりふりと振り、誠人に笑顔を見せた。
 普通に可愛い挨拶も出来るんだな……、と年相応の仕草をする海翔を見つめながら、以前、言い寄られた誘い顔を思い出した。
 あの日、誘われた顔を忘れることが難しく、しばらくの間、悶々とさせられた。ふと見せる表情は艶っぽいし、何と言っても海翔の熱っぽい視線は男をソワソワさせる。

「あ、誠人さん昼間っから飲んでるの?」

 海翔に尋ねられ、持っていたグラスを誠人は自分の目線まで上げると「かな?」と間の抜けた返事をして見せた。
 口を緩めた海翔が「ふうん」と言って誠人の隣に座ろうとするが、徹に阻止される。

「君の席はこっち」
「うん?」

 徹が誠人の隣に座り、徹の横に海翔が座った。
「この子に軽い物でも用意してあげてよ」と言う声が聞え、まあ、酒を絡ませ誘うのは男も女も同じだし、それに関してとやかく云う心算つもりも無いが、見え見えの誘い方に、海翔がそれで乗って来るとは思えないが、と思ってしまう。
 海翔は、ずいっと前のめりになると、こちらへ顔を傾け「誠人さんと、二人はそういう関係なの?」と徹との関係を聞いて来る。

「ちょっ、……気持ちの悪い聞き方は、やめてくれ」

 誠人は思いっきり否定した。

「なんだ違うの……」
「見れば分かるだろ」
「分からないよ。俺は誠人さんに思いっきり拒まれたから、ちゃんとした相手がいるのかと思って当然でしょ?」

 海翔の言い分を聞き、それもそうか、と納得しかけ、いやいや、と頭を振った。自分と徹の関係がそう見えていたなら、今後は二人で行動はしたくないとせつに思う。
 軽く落ち込んでいる誠人を置き去りに、海翔は店内を物珍しそうに見回していた。
 
「ゲイバーとか初めてなのか?」
「うん、初めて」

 素直に返事をする海翔を見て、ふと思い出す。

「あれ、そういえば、お前……未成年……」
「保護者がいるならいいんじゃないの?」
「そんな法律あるか」

 誠人はマスターに酒じゃなくてジュースに切り替えるように伝えた。

「ほんと、おじさんは真面目だなぁ……」
「お兄さんだって言ってるだろ」
「ねえ、ところで、ここって会員制なの?」
「いや、会員制じゃない。けど、知り合いに連れて来てもらわないと、この外観はバーだって分からないからな、知らずに入って来る客は殆どいないよ」

 ふうん、と海翔は口を尖らせた。
 まだまだ、世間知らずな部分も多いようで、ゲイバーに来るのが初体験だと言い、目を輝かせる姿は可愛らしく映った。徹が割って入るように視界を遮り「で、海翔くんはゲイなの?」と聞く。

「そうだよ。今まで男しか相手したことない、って誠人さんに聞いてないの? 知ってて連れてきたと思った」
「まあ、一応確認だよ。今日はどうする予定?」

 マスターから差し出されたオレンジジュースを海翔は口にしながら「ンー、別に、何する予定も無いかな」と返事をした。すかさず「セックスも?」と徹に聞かれ、少し間を空けて「うん」と答える。

「あらら、今日は駄目か」
「そのつもりで、俺を連れてきたの……?」
「そりゃあ、ねぇ……、まあ、それとは別で、誰かさんの反応も見たかった」

 ちろっと誠人を見る徹の目には、揶揄も含まれていたが無視した。
 それにしても、駆け引きも何も無い海翔の反応は新鮮だった。このバーに限らず、普通、誘われた相手は、その気にさせて欲しい意味を込めて、うん、ではなく、そうかも? とか、相手次第? とか、駆け引きを含んだ言葉が多い。それに誘われる側も、誘った側も、手探りを楽しむ傾向がある。最終的にはヤルだけなのに変な話だ。
 海翔はオレンジジュースを全て飲み干すと「じゃあ、帰るね」と手を振り帰って行った。隣にいる徹が「一筋縄ではいかないなぁ……」と、ぼやくのを聞き、誠人も大きく頷くと助言をした。
 
「あの手のタイプは、手を出さない方が賢明だ」
「そんな牽制しなくても、別に本気で誘ったわけじゃないから安心しな」
「誰が……牽制を」
「いやいや、手を出すな、って言っただろ?」
「だから、痛い目を見るから気を付けろっていう意味で言ったんだ」
「そのセリフ、自分で言ってて気が付かないのか?」

 呆れた顔で徹は話を続けた。

「遠回しに手を出すなって言ってるのと一緒だろ? 俺が酷い目に遭ったとしても、お前は痛くもかゆくもないのに」

 言いながらニターと、徹にいやらしい笑みを浮かべられて苛っとする。
 けれど、そう言われると、そうだと思う。別に徹が痛い目に遭おうが誠人には一切関係ない、下手すれば、そんな目に遭う徹を面白がるだろう。

「確かに、変だな、ヨシ、手を出せ」
「ホントお前って馬鹿だな……、あの子、俺が誘ってもここへ来るのは嫌だって言ったんだよ。誠人が待ってるって言ったから付いて来たのに」
「……あ?」
「誰でもいい見たいな素振りしてるけど、意外と人を選んでるんじゃないの?」

 それに関しては、この間、酷い目に遭ったことを教訓にして、徹を警戒しただけだろう。誠人は海翔の怪我を治療したのだから、一緒だと聞かされて警戒を解くのも当然だ。

「知り合いがいると聞かされて安心しただけだろ」
「それだけとは思えないけどね」

 結局、しばらく店にいたが、好みの子も現れることなく、誠人は大人しく家へ帰った――。
  
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