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住民の声
しおりを挟むメロディアや他の人の庭に無遠慮に訪問した3日後、ティアリームはカシュベルに来ていた。
大きな街の中央広場には巨大な建物があり、建物の中には螺旋階段がある。
そこを登りきると、巨大な鐘があり、周りには様々な飾りがされていて輝き、地上からも見える。
時報を鳴らす鐘は、誰かが鳴らしているのではなく、建物自体が魔術建築となっていて、自らの意思で鐘を鳴らしている。
1秒もズレることなく、0時と17時に鐘がなるのだ。
その広場には、様々な物売りがいる。
果物を籠いっぱいに入れていたり、花籠を売っていたりとその時々に違うが、毎日15人程はいるだろうか。
おこずかい稼ぎに来ている子供や女性が多い印象だ。
ここには常に領主館からの兵が駐屯している為治安も良く、女子供も安心して1人での販売を笑顔で出来るのだ。
17歳程の女性か、籠に沢山のアップルパイを詰めて売り歩いていた。
可愛らしい青のワンピースに、真っ白のエプロンを付けて、たまに吹く風にスカートを抑えている。
ふくらはぎまであるスカートは、季節に合わず少し薄手で、簡単に翻ってしまうのだ。
ショート丈のコートは足元を温めてくれないから、数回足を擦り合わせていた。
「あ、ねえ貴方」
「はい? ……あ……貴族の方、でしょうか」
「え? ええ。それより、どうしてこんな場所で売っているの? えっと……かてりー……でん? とか、あるんでしょ? 他にもみんな寒そうだわ」
急に声をかけられた少女は笑顔で振り返るが、場違いな程に着飾ったティアリームに驚き数歩下がった。
ティアリームの貴族としての立ち振る舞いは勿論だが、その身につける衣服や装飾品は世界を超える前と何ら変わらなった。
その為、ガーリオンは毎回ドレスや装飾品を購入しなくてはいけなかった。
勿論実費である。
会議で芽依が言ったように、愛を与えても帰ってこず、振り返りガーリオンを見ることもないティアリームは当然のようにドレスを受け取り身綺麗にする。
そこにガーリオンの様々な葛藤が含まれているのだが、何も気付いていない。
「……あの」
「ねえ、こんな所で売っているのは生活が大変だからよね?物が高くなって大変なのでしょう? そうしなきゃ困るのよね? ……やっぱり、このままじゃ駄目よね! 早く食材配布してもらわないと……」
手を掴んで言うティアリームに、少女は困惑していた。
何を言っているのだろうと、気付かれないように眉を寄せていると、それを聞いていた領民が近付いてきた。
「え、なんだアリステア様が食材を分配するって? 」
「それを交渉しますね! 待っていて!! 」
「…………なんでそんなことをするんだ? 」
「なぜって……勿論皆さんの生活の為に!! 」
「…………ん? いや、別にいらないだろ。困るわけじゃないし」
不思議そうに言う領民にティアリームは、え……?と困惑した。
物価が上がり、購入制限もかかる。
買い物も大変になり、日々の生活が困難になる。
それは、今までのティアリームが経験してきた事から導き出されたもので、それに苦しむ人達を実際に見てきたから焦っていたのだ。
貴族の娘として、その地を収める者の娘として。
父が力を入れて民を守ってきたからこそ、なりふり構わずやらなくては、なぜ、ここの両種は何もしないの?
そんな憤りを持ち行動した。
だが、そんなティアリームを肝心の領民が不思議そうに見ているのだ。
なぜ、そんな必要があるのか? と。
「……困ら、ない? 」
「困らないだろう! 大飢饉じゃあるまいし! 物価が高騰したとしても大体はひと月ほどだろう? 冬篭りや、この物価に合わせて先に買い込んでるし、大したことないだろう。なんだあんた、最近来たのかい? 」
あっはっはっは! と笑ってティアリームを見る。
移民の民用匂い消しを使い、伴侶がいるが芽依という破天荒な人物がいるため領民から親しげにされている移民の民は多い。
いくら着飾っても移民の民に変わりはなく、むしろ、伴侶の趣味で普段から着飾る人は少なくないから違和感もない。
だからこそ、朗らかに話す領民にティアリームはポカンとした。
「………………え、でも……」
「そりゃ、以前の数年続いた大飢饉や、シロアリの後くらい酷いのは勘弁してくれっておもうけど、なんかありゃ領主様がすぐに動くからアンタが気にする事もないだろ! ……あ、もしかしてそれ系の仕事を受け持ってるのかい? 」
「いえ……わたしは……」
「じゃあ、気にしなくて大丈夫だ! お嬢ちゃんは心配しいだなぁ」
はっはっはっ! と笑いながら去っていく男を見送ったティアリームはお嬢ちゃん……と多少憤慨しながらも今の話を思い出す。
「…………だって、物価が上がればその分生活にも影響がっ……」
そんなティアリームを見ていた少女は、離れても良いのかと、迷いながら脚を少しずつ下げていく。
離れたい一心だし、販売したいし。
「ねぇ! 本当なの?! それに、貴方だって!! 」
「えっ?! 」
ばっ! と少女を見ると、不審者を見るような目つきでティアリームを見ていた。
そんな目を向けられるのは初めてである。
いつも笑顔で朗らかに対応してくれる人ばかりだったティアリームは、衝撃を受けている。
そんな時に、買い物中の芽依がたまたまアキーシュカと話をしているのを見た。
周りには3人の家族にメロディアとユキヒラ。
優しくフェンネルの手を握っている芽依に、カッとしたティアリームは早足で向かっていく。
思い通りにならない事や、皆が否定する、不思議そうに見てくる事に憤りや寂しさが溢れていた。
「っ!! どうしてですか!! 」
「ゲッ……あの移民の民」
フェンネルはあからさまに嫌そうな顔をする。
元より移民の民は好きじゃないフェンネルの手を優しく握り返しながら芽依は首を傾げてティアリームを見た。
「わたしは! 良かれと思ってしたのに! 何故こんなにも受け入れられないの?! 」
それは、ドラムスト領内の物価高騰対策について話しているのはすぐに気づいた。
つらつらと領民が無理を虐げられる。食事ができないのは悲しく惨めな気持ちになるのに!
そう熱弁していたティアリームは、脱線していき芽依の家族の話もする。
将来結婚するのに、なぜそんなにも男性を! 周りの目もあるし、悲しむ人がいるのに!
あからさまに自分と重ねていて泣き出したティアリームに、芽依はえぇ……と声を上げたのだった。
とりあえずと、アキーシュカが場所を貸すよ、と男前にカフェの個室を一室明け渡してくれた。
ティアリームも伴侶であるガーリオンを連れて入り、芽依は着席を促す。
「何かいるかい? 」
「砂糖たっぷりミルクティがいいです」
「わかったよ、すぐに持ってくるからね」
他にも注文を取りアキーシュカは軽やかに出ていった。
うつむくティアリームはちらりと芽依を見る。
フェンネルにスカートが折り重なって座っていると指摘を受けて立ち上がり、ハストゥーレに直してもらって座り直す。
スカートはシワもなく綺麗に芽依の膝から床に向かい落ちて広がっていた。
少しも貴族としての気品もない、平凡な平民の女性。
なのにどうしてこんなに好かれるのだろう、元婚約者も女性に囲まれていたけれど、共通点でもあるのかしら。
ぼーっとそんな事を考えながら芽依を見ていた。
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