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目の敵にする伯爵令嬢 ティアリーム

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 元伯爵令嬢であるティアリームは、街中で物価高騰するから買わないとねと話をしている住民がすり違うのを見送った。

 空は曇天で、雪が降っている。
 ガーリオンと共に雪を踏み締めて歩くティアリームは寒さに震えていた。
 そんな時でも、先程の会話を思い出す。

「……やっぱり皆、大変な思いをしているのだわ。施さないと寒さに身を震わせてしまう。食事は大事よ、体の芯から温めるのはいつも食事だわ」

 ガーリオンを見て真剣に言うティアリーム。
 言っていることはわかるが、それに施す事を必要とはしていない。 
 それを何度言っても理解しないのだ。
 ガーリオンは疲れていた。
 何を話しても、諭してもティアリームには暖簾に腕押し状態なのだ。

 最近、移民の民と人外者の間に不穏な影が落ちていた。
 人外者は一目惚れで相手を見つける。
 移民の民への一目惚れには強い花の香りがすると言うが、別世界を見て初めて会話をする時、人外者にその香りはわからない。
 この世界に来て体が作り替えられ初めて香りが体が溢れるようだ。
 大体はその一目惚れ通りに噎せ返るほどの香りがしているのだが、ごく稀にそこまで惹かれない香りの場合がある。

 自我を持ち、移民の民を尊重する方針に変わったドラムストの弊害がここに来て現れ出していた。
 新しく来た移民の民を中心に、心を閉ざしていた移民の民も少しずつ自発的に望みを言うようになってきた。
 
 美しく綺麗な強い人外者が自分の為だけに願いを叶え笑みを浮かべて抱き締めてくれる。
 特に女性には特別感を覚えていた。
 この世界の、特に人間の女性は人外者に憧れる人も多く、移民の民のように特別視して欲しいと願う人がいるのだが、そんな人たちに浅はかにもマウントをとる人も出てきていた。
 あちこちでトラブルの芽が産まれる。
 勿論全員ではない、ごく1部だ。
 だが、それを甘受できる程、人外者も甘くは無い。

 どんなに好ましく大切にしようとも、元は排他的で自分と他人を線引きする人外者が盲目的に移民の民を見ることは無くなってきていた。
 いくら尽くしても、話を聞かず不利益しかうまないなら切り捨てるしかないなと冷淡にも感じている伴侶が増えてきているのだ。

 それは、ガーリオンも。

 そうなれば、ガーリオンはティアリームを殺さなくてはいけない。
 力を譲渡しているので、それを回収する為にだ。

「ガーリオン、寒いわ。もう少し暖かいコートが欲しいのだけど」

「……十分暖かいけど? 」

「私は寒いの!……あ」

 遠くで芽依がフェンネルとハストゥーレに挟まれて歩いているのを見た。
 寒いのか身をギュッと寄せていると、ハストゥーレの手が芽依を掴む。
 両手で温めるようにしているハストゥーレと、コートのポケットに芽依と手を繋いで入れているフェンネル。
 フェンネルが体を前にしてハストゥーレに何か言い、赤らめた顔のハストゥーレが困惑しながらポケットに芽依の手を入れた。
 ちなみに、芽依のポケットにだ。
 2人分の手が芽依のコートにあり、道行く人達が芽依たちを見てクスクスと笑っている。

「 なにそれ、可愛い」

 微かに聞こえた芽依の声に、ティアリームが不満そうに頬を膨らませた。

「あんなふしだらな……本当に不快です」

「あの人達はさ、家族なんだよ。大切で仕方ないって周りにいつも言ってるの良く聞くし。別にふしだらでもおかしくもないんだって」

「家族……? そういう契約なの? 」

 間違ってはいない。
 メディトークはアリステアとディメンディールによる契約の為に芽依のそばに居るし、フェンネルとハストゥーレは奴隷契約だ。
 シュミットだけだろう、明確な契約はなく口約束だけで家族になったのは。
 それも、芽依が望むなら直ぐに契約するのだ。

 言ってることに間違いはない。
 だが、そこには愛情や信頼がある。
 一緒に過ごし笑いあった年数があるし、家族になる経過が薄っぺらいわけじゃない。
 今更全員手放せないだけの狂おしく歪んだ愛がある。

「あれ、メイじゃないか」

「アキーシュカさん! 今からお仕事? 」

「ああ、そうだよ……あ、ねぇ悪いんだけど、傷がついた野菜とかあったら工面してくれないかな。 味は変わらないだろう? 試作品とか色々使いたいんだ」

「いっぱいあります」

 グッ! と親指を立てて言う芽依に破顔したアキーシュカ。
 イタチが終わったあとだし、沢山あるのだ。

「じゃあ、買わせてくれるかな? 勿論売ってくれる分だけで大丈夫だよ」

「後でメディさんと量を決めてから転移してもらいますね! 」

「ふふ、助かるよ。 また店においで」

 頬を撫でてから離れていくアキーシュカに手を振り返しているのを見て、ティアリームが怒りに顔を真っ赤にさせていた。

「あれ程皆に配布をと言っているのに、1人にだけ贔屓するというの?! まるで強欲な貴族と変わらないわ!! 」

 憤慨するティアリームは、この後ガーランドに庭のある場所を探し出して貰い、無差別に現れては住民に配布という名の施しをしなさい! と声高々に言って回ったのだった。
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