471 / 588
執着する女
しおりを挟む小さいなりに掃除の行き届いた部屋の椅子に座り、女性は爪を噛んでいた。
足を組み、スカートから見える足はほっそりとしている。
サラサラの髪は肩で切りそろえられていて、天使の輪が輝いていた。
足に肘をつけて、不機嫌そうにしている女性は、呉服屋うささんで見かけた幻獣であるメディトークを気に入り声をかけた。
自分自身に魅力があると自負している女性は、話し掛け体を押し当てても話を聞いてくれることは無かった。
「普通の男ならとっくに落ちてるのに」
綺麗に磨かれていたはずの指の先がザリザリとしていく。
コーティングしていて綺麗だったのに、今は見る影もなくなった爪。女性が不機嫌になるとする癖のようで、定期的に爪が可哀想な見た目になるようだ。
女性は惚れっぽく、自分の魅力も分かっているのか男は簡単に落ちると思っている。
実際に、今までは面白いくらいに声をかけた男は女性に恋をした。
恋の始まりは女性から、そして終わりも女性から。
そんな女性が呉服屋うささんで、2度も失敗した。
1度目は伴侶がいると言われ断られて逆上した女性は後日呪殺した。
魔術の痕跡が残っていて、すぐに犯人として見つかってしまったが、魔術や呪いが蔓延るこの世界の事だ。
呪い殺した相手が一般人だから、それ程問題視されることは無かった。
ただ、街中で大々的に言われ、周りに恥を晒された女性は逆恨みで呉服屋うささんの客に声を掛けてはこっぴどく振っていた。
だが、メディトークは本当に好みだったようで、どうしても欲しいようだ。
メディトークを知らない低位の人外者なのだろう、浅はかにも芽依に逆恨みした。
「あの移民の民のせいだ」
暗い目で恨み言を言う女性が1人部屋で悔しげに呻いている頃、芽依は相変わらず呉服屋うささんにいた。
「これはっ……」
「今人気の黒猫白猫だよー」
ある一角に作られた可愛らしすぎるヒット商品の棚。
そこには白猫、黒猫をモチーフにした商品で、服は勿論、靴に帽子、鞄やアクセサリー類の小物に至るまでずらりと並んでいる。
男女どちらも着れるユニセックスで、既に籠に入れている人も多くいる。
その中でも芽依は、ある一点をジッと見ていた。
「フェンネルやハストゥーレに付ける気か? 」
「……うふふふ、次のカテリーデンが楽しみだね。これに合わせて色々買わないと」
「……おい、多くねぇか? 」
「多くないよ」
にやぁ……と笑う芽依に顔を引き攣らせるが、自分のお金で買うからと言って聞かない芽依は颯爽と支払いを終わらせる。
楽しみだなぁ……と笑っていると、外から女性同士の喧嘩だろうか、罵倒や叫びが聞こえてきた。
チラリと見ると、豊かな茶色い髪を緩く結ぶお淑やかな見た目の女性と先程店にいた女性だ。
帰ったばかりの筈の女性をまたすぐに見るなんて、とメディトークの手を握りしめると、握り返さる手にホッとする。
芽依は帰宅したかったのだが、出るに出れないと思っていると、白昼堂々と往来で喧嘩を始めた。
いや、喧嘩では無い。喧嘩と言うには生易しい。
これは一方的な蹂躙である。
「え……えぇ……」
穏やかに笑みを浮かべているが、確実に怒っているお淑やかな女性。
レースのあしらわれたスカートが少しも揺らすことなく指先を軽く動かすだけで、先程メディトークに絡んでいた女性の腕が破裂して膝を着く。
「ん?! なに……」
「内側から爆破させたんだろ。体内を弄ってそれ自体を爆弾と同等にしてるな。爆破物を体内に転送するよりもずっと高度な魔術だぞ……へぇ、強えじゃねぇか」
楽しそうに笑うメディトークを据わった目で見る。
それがとても気に入らない芽依は、ピカピカに磨かれた革靴を思いっきり踏んた。
「いっってぇな!! 」
「足が滑ったの」
「分かりやすい嘘つくんじゃねぇよ」
「ふんっ」
怒りながらも見ていると、カイトも様子を見に隣に来る。
あからさまに目を丸くして口を開けていた。
「……まさか」
「知ってる人? 」
「知ってるも何も……さっき言った呪われて殺された従業員の奥さんだよ……まさか、あんなに穏やかな人が……」
元従業員を迎えに来たり、はたまた服を買いに来たりと良く顔を出し話をしていたその人は、見た目通りに穏やかな人だったとカイトは言う。
見下すように相手を見て、ジワジワと追い詰めるように相手を苦しめる姿は想像出来ないと。
だが、メディトークはふん……と鼻を鳴らして笑う。
「アレは水の精霊だろ、しかも独占欲の強い高位だ。勝手に伴侶に手を出して、しかも殺めたんだ。そりゃ、殺されても文句は言えねぇだろ」
「まさか……水の高位だったのか……」
「水は独占欲が強いし嫉妬もしやすい。苛烈なヤツも少なくねぇからな、別段不思議じゃねぇよ」
「……知らなかったよ」
「猫被ってたんだろうよ」
今も腕や足を吹き飛ばされて地面に倒れて助けを乞う女性を見下ろし、口を開く。
《あの人も、助けを乞うた? 無視したあなたをなぜ私が助けなければいけないの? 早く死になさいな、私の唯一を壊した痴れ者が》
窓越しには何を言っているか芽依には分からないが、倒れている女性の絶望しきった顔を見てすぐに結末は分かった。
頭を吹き飛ばされてぐしゃりと倒れた女性を酷く顔を歪めて見ていたカイトは、芽依を見る。
「大丈夫か……? あんなの見て……しんどくないか? 」
「え?大丈夫だよ。 伴侶を殺したから殺されたんでしょ? なら、仕方ないよね。私でも同じ事するわ」
「えぇ?! 」
「家族を殺すとか、細切れになればいいと思うよ。あれは爆破だったけど」
グッと手を握りしめて言う芽依の頭に腕を回したメディトークが、無言で引き寄せて抱きしめてきたのをカイトは不思議そうに見ていた。
85
お気に入りに追加
476
あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!

召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。

冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜
影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。
けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。
そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。
ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。
※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる