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執着する女
しおりを挟む小さいなりに掃除の行き届いた部屋の椅子に座り、女性は爪を噛んでいた。
足を組み、スカートから見える足はほっそりとしている。
サラサラの髪は肩で切りそろえられていて、天使の輪が輝いていた。
足に肘をつけて、不機嫌そうにしている女性は、呉服屋うささんで見かけた幻獣であるメディトークを気に入り声をかけた。
自分自身に魅力があると自負している女性は、話し掛け体を押し当てても話を聞いてくれることは無かった。
「普通の男ならとっくに落ちてるのに」
綺麗に磨かれていたはずの指の先がザリザリとしていく。
コーティングしていて綺麗だったのに、今は見る影もなくなった爪。女性が不機嫌になるとする癖のようで、定期的に爪が可哀想な見た目になるようだ。
女性は惚れっぽく、自分の魅力も分かっているのか男は簡単に落ちると思っている。
実際に、今までは面白いくらいに声をかけた男は女性に恋をした。
恋の始まりは女性から、そして終わりも女性から。
そんな女性が呉服屋うささんで、2度も失敗した。
1度目は伴侶がいると言われ断られて逆上した女性は後日呪殺した。
魔術の痕跡が残っていて、すぐに犯人として見つかってしまったが、魔術や呪いが蔓延るこの世界の事だ。
呪い殺した相手が一般人だから、それ程問題視されることは無かった。
ただ、街中で大々的に言われ、周りに恥を晒された女性は逆恨みで呉服屋うささんの客に声を掛けてはこっぴどく振っていた。
だが、メディトークは本当に好みだったようで、どうしても欲しいようだ。
メディトークを知らない低位の人外者なのだろう、浅はかにも芽依に逆恨みした。
「あの移民の民のせいだ」
暗い目で恨み言を言う女性が1人部屋で悔しげに呻いている頃、芽依は相変わらず呉服屋うささんにいた。
「これはっ……」
「今人気の黒猫白猫だよー」
ある一角に作られた可愛らしすぎるヒット商品の棚。
そこには白猫、黒猫をモチーフにした商品で、服は勿論、靴に帽子、鞄やアクセサリー類の小物に至るまでずらりと並んでいる。
男女どちらも着れるユニセックスで、既に籠に入れている人も多くいる。
その中でも芽依は、ある一点をジッと見ていた。
「フェンネルやハストゥーレに付ける気か? 」
「……うふふふ、次のカテリーデンが楽しみだね。これに合わせて色々買わないと」
「……おい、多くねぇか? 」
「多くないよ」
にやぁ……と笑う芽依に顔を引き攣らせるが、自分のお金で買うからと言って聞かない芽依は颯爽と支払いを終わらせる。
楽しみだなぁ……と笑っていると、外から女性同士の喧嘩だろうか、罵倒や叫びが聞こえてきた。
チラリと見ると、豊かな茶色い髪を緩く結ぶお淑やかな見た目の女性と先程店にいた女性だ。
帰ったばかりの筈の女性をまたすぐに見るなんて、とメディトークの手を握りしめると、握り返さる手にホッとする。
芽依は帰宅したかったのだが、出るに出れないと思っていると、白昼堂々と往来で喧嘩を始めた。
いや、喧嘩では無い。喧嘩と言うには生易しい。
これは一方的な蹂躙である。
「え……えぇ……」
穏やかに笑みを浮かべているが、確実に怒っているお淑やかな女性。
レースのあしらわれたスカートが少しも揺らすことなく指先を軽く動かすだけで、先程メディトークに絡んでいた女性の腕が破裂して膝を着く。
「ん?! なに……」
「内側から爆破させたんだろ。体内を弄ってそれ自体を爆弾と同等にしてるな。爆破物を体内に転送するよりもずっと高度な魔術だぞ……へぇ、強えじゃねぇか」
楽しそうに笑うメディトークを据わった目で見る。
それがとても気に入らない芽依は、ピカピカに磨かれた革靴を思いっきり踏んた。
「いっってぇな!! 」
「足が滑ったの」
「分かりやすい嘘つくんじゃねぇよ」
「ふんっ」
怒りながらも見ていると、カイトも様子を見に隣に来る。
あからさまに目を丸くして口を開けていた。
「……まさか」
「知ってる人? 」
「知ってるも何も……さっき言った呪われて殺された従業員の奥さんだよ……まさか、あんなに穏やかな人が……」
元従業員を迎えに来たり、はたまた服を買いに来たりと良く顔を出し話をしていたその人は、見た目通りに穏やかな人だったとカイトは言う。
見下すように相手を見て、ジワジワと追い詰めるように相手を苦しめる姿は想像出来ないと。
だが、メディトークはふん……と鼻を鳴らして笑う。
「アレは水の精霊だろ、しかも独占欲の強い高位だ。勝手に伴侶に手を出して、しかも殺めたんだ。そりゃ、殺されても文句は言えねぇだろ」
「まさか……水の高位だったのか……」
「水は独占欲が強いし嫉妬もしやすい。苛烈なヤツも少なくねぇからな、別段不思議じゃねぇよ」
「……知らなかったよ」
「猫被ってたんだろうよ」
今も腕や足を吹き飛ばされて地面に倒れて助けを乞う女性を見下ろし、口を開く。
《あの人も、助けを乞うた? 無視したあなたをなぜ私が助けなければいけないの? 早く死になさいな、私の唯一を壊した痴れ者が》
窓越しには何を言っているか芽依には分からないが、倒れている女性の絶望しきった顔を見てすぐに結末は分かった。
頭を吹き飛ばされてぐしゃりと倒れた女性を酷く顔を歪めて見ていたカイトは、芽依を見る。
「大丈夫か……? あんなの見て……しんどくないか? 」
「え?大丈夫だよ。 伴侶を殺したから殺されたんでしょ? なら、仕方ないよね。私でも同じ事するわ」
「えぇ?! 」
「家族を殺すとか、細切れになればいいと思うよ。あれは爆破だったけど」
グッと手を握りしめて言う芽依の頭に腕を回したメディトークが、無言で引き寄せて抱きしめてきたのをカイトは不思議そうに見ていた。
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