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蘇らせたい人
しおりを挟むせっかく助け出したアウローラをいとも簡単に奪われた。
アウローラは、ぐったりとしつつも自分を抑えるティムソンの腕を離そうと必死に藻掻く。
「アウローラ! どうしてアウローラなの!! 」
「ん? それはですね、私の蘇らせたい人に適任だからです。健康的な人外者の女性で中位に位置付けられる反抗は出来ないがそれなりの力を持っていて、そして……移民の民の伴侶がいる。この条件が当てはまれば別にアウローラじゃなくても良かったんですよ」
「……なんで」
「より近づけたい、正確な彼女に。でも、弱いから連れていかれた。守るものを腹に抱えていたから動けなかった。なら、強靭な肉体と力が欲しい。多少難しくてもズルをしても中位くらいの人外者を器にしよう。それだけですよ」
力の入らない目で必死に睨むアウローラをティムソンは嘲笑うかのように笑みを浮かべて見る。
「ああ、姿形は違うのに、彼女が見ているようだ。早く反魂の術をしないといけない」
「だめ!! 」
なんだか胸に膨らむ嫌な予感。
それが溢れそうになった時、思わず声を荒らげた。
しかし、ティムソンはチラリと芽依を見ただけですぐにアウローラを見る。
そして後ろを向いてアウローラを抱えたまま一目散に上に駆け上がった。
シュミットに抱えられながら走る振動を体で感じる。
「どこに行くつもりだ」
「分からん」
せっかく捕まえたのに、あっさりと逃げ出した。
悔しさに顔を歪めてもティムソンの瞳に芽依は写っていない。
セルジオとパーシヴァルがいち早く走り出し、その後ろをシュミットが追いかける。
魔術師や騎士も後に続き、アウローラを抱えるティムソンを追った。
「…………まさか」
向かう先に予想が着いたのか、パーシヴァルは顔を盛大にしかめる。
無言で行き先を聞くセルジオに、パーシヴァルはすぐに返事をした。
「クソっ! 親父の部屋だ!! 」
バンッ! と音を響かせて開けた先には回りきった毒によって既に命を落としたパール公国の公王が横たわっている。
「………………は? 」
はずだった。
「……なんで生きているんです……確かに死んだはずでしょう」
「死なせませんよ、メイ様のご命令ですもの」
「まさか……パピナス様?! 」
何とか体を起こしている公王を見て驚くティムソンだが、ベッドの影から現れたパピナスを見て更に驚きの声を上げた。
こんな場所になど居ないと思っていた、元住んでいた大国の女王の契約精霊。
「…………なんでここにいるんです! なんで貴方が! 」
「なぜ? おかしな事を言うわ。貴方がメイ様のいるドラムストの移民の民とその伴侶に手を出すからよ? メイ様が動くのなら、その奴隷の私も動くわ」
力の入らない手でなんとか体を支えて起き上がらる王を見下ろしながら言うパピナス。
その顔は無表情だが、事前に伝えられていた公王を命令のままに助けていた。
「……ありがとう、パピナス」
「はい、メイ様」
そう答えたパピナスを見てから、ティムソンは改めて芽依を見た。
赤い奴隷紋が入っているパピナスの様子からいって主人だと分かったのだろう、アウローラを乱暴に掴みながら芽依を睨む。
「……自らの奴隷に頼んだんですか。しかもよりにもよってはパピナス様にその男を助けろと! なんて浅はかな!! パピナス様は、彼女を好んでいたというのに! その彼女を死に追いやった男を助けろと!! なんて傲慢なんだ! 奴隷なら何をしてもいいと! その男が何をしてきたかなんて知りもしない小娘が!! 」
まるで子供の癇癪のように床を蹴り芽依に喚く。
そんなティムソンに芽依はほんの少しの動揺を見せた。
今までの話の内容でパピナスはティムソンの言う彼女に気付いていたのだろう。
助ける為に近付いた相手が、懇意にしていた女性を死に追いやった相手だと分かった時のパピナスの心境はわからない。
芽依はパピナスを見ると、冷めた表情でティムソンを見ていた。
「何を勘違いしているのかしら。たしかにあの子はお気に入りではあったわ。でも、それとこれは関係ないわ。だって、メイ様がこの男を助けてと願ったんですもの。私が1番大切にするのは、主人であるメイ様だけ。その方のお願いを私がきかないわけがないの」
恍惚と目を細めて笑うパピナスに、ティムソンは愕然とする。
「……そんな、酷い裏切りじゃないですか……貴方に彼女を分け与えたのに……」
「……私にくれると言ったのは彼女自身だわ。たとえ伴侶となった貴方でも、移民の民の願いが優先される。そうでしょ? そこに貴方の意思は含まれないわ」
「…………移民の、民……」
パピナスの言葉に芽依は呆然とした。
移民の民、芽依と同じ異世界からの召喚者。
それが、ティムソンが言う彼女であり伴侶。
芽依の言葉に反応したパピナスが、芽依を見てにっこりと笑った。
「はい、メイ様。聞いていなかったのですね。ティムソンの伴侶は移民の民です。見つけた時には既に知らぬ男の子を身篭っていたのですが、それでもいいと連れてきたのですよ」
「え……既に妊娠していた……の? 子供が?! 」
「そう、妊娠していたさ! 望まぬ妊娠だったらしいが、もうどうにも出来ないと嘆く彼女を! 子を! 私が守り育てると誓ったんだ! なのに……なのに! 見目のいい移民の民だからとこの男がっ!! 」
怒りに萌えるティムソンに、公王は震える声を振り絞った。
「ちが……うんだ……誤解だ……」
「………………あ? 」
「彼女は……急激に衰えていた……このままでは母子が危険にさらされると……だから……」
「嘘をつくな!! そんなわけが無い!! お前が彼女を好んでいたのは知っているんだぞ! だから連れ去ったんだろう?! 子を孕み産むことに衰える筈がない!! そんな馬鹿な話があるか!! 」
アウローラを床に投げつけ言うティムソン。
ミカが小さな悲鳴を上げるが、なんとか顔を上げたアウローラがミカを見て首を振る。
「………………衰えて、衰弱してました? 」
怒り狂うティムソンと公王の話を聞いて、芽依は思わず言葉を発した。
それに全員の視線が向く。
「この世界の人間は、妊娠出産は安全ですか? 」
「は? 当たり前だろう」
「…………なるほど、常識の差異ってやつです。私達の世界の妊娠出産は、常に命懸けなんですよ。妊娠する事事態や出産までの経緯、出産の時も母体は常に変化して亡くなる人もいます。私は出産の経験はないから詳しくはわからないけど、貴方の奥さんがいた世界も妊娠出産は命懸けだったんじゃないですか? 王様が言ってるの嘘じゃないんじゃないですか? 具合、悪そうにしていませんでしたか? 」
「………………そんな、まさか……」
芽依の言葉を聞いて、ガクン……と座り込んだ。
どうやら身に覚えがありそうだ。
「…………確かに具合悪そうな時は良くあった。でも……体調が悪いなんて聞いてない……妊娠してるからって」
「……妊娠は病気じゃないって、言う人もいるんですよ」
話を聞く限り、ティムソンの伴侶がいたのは、かなり昔の事なんだろう。
どの世界から来たのかは分からないが、昔の知識が今の芽依の持つ知識と同じかはわからない。
昔の日本のように、妊娠中だからと言われていた世界なのかもしれない。彼女自身がそういう知識しか持っていなかったのかもしれない。
そして、この世界ではそもそも妊娠出産に危機感がない。
ならば、彼女の体調不良に気を付けないのも仕方ないのかもしれない。
移民の民よりも人外者は頑丈で強靭だ。
だから、移民の民の脆く弱い体に気付かない節がある。
芽依は過保護に囲われているから大丈夫だが、心を壊した移民の民たちは、心や体を省みて貰えなかったからこその弊害でもあるのだ。
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