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願いと狂気
しおりを挟む「アウローラ……アウローラ!! 」
ミカは走り出し、痩せ細り弱りきったアウローラを抱きしめた。
人外者をここまで弱らせるのは並大抵な事ではない。
一体何をされたのか、とミカは涙を流しながら強く抱き締めたいのを我慢して優しく抱き締めた。
あんなにしっかりとしていたアウローラが、ミカの力でも折れそうだ。
「…………これは」
「酷いな」
パーシヴァルは、自国の、しかも国王の右腕ともいえる人物がここまでの事をしているとは思っておらず、口を手で覆い目を見開く。
セルジオもすぐにアウローラの横に行き体に触れると、アウローラはゆっくりとセルジオを見た。
「お手数を……おかけ……して……」
「お前が悪いわけではないだろう、謝るな」
「何か打たれてるな、体は」
「解毒はしている」
パーシヴァルや、魔術師も側によりアウローラを診ようとした時、シュミットが遮るように言った。
アウローラも含めて全員がシュミットを見る。
「……いつだ」
「3日前だな。それ以降に打たれたものはまた蓄積されているだろうが、然程でもないだろう」
「な……なんで、知っていて放置したの?! 」
ミカが声を荒らげて言うのを、そっとアウローラが止める。
「ミカ……いいの、です。なんの下準備もなく……考え無しに、手を……出してはいけま、せんよ」
「アウローラ……」
「……あの日は偵察の為にここに来たのであって、助ける為ではない。状況を把握する為……あとは、危険な時の延命だけの契約だ」
「ミカ。アウローラを見て動揺するのは分かるが、勝手な行動はかえって危険に晒す。理解をしろ」
セルジオに諭されて、ミカは唇を噛み締め頷いた。
頭が冷えたようで、まっすぐシュミットを見て頭を下げる。
「……すいませんでした。解毒、ありがとうございます」
ぐっ……と手を握しりめてから、アウローラの鎖を掴む。
外れないかと見てみるが、ミカの力では外せる気がしない。
「……ミカ……手を……怪我する、わ」
何をしようとしているのかわかったので、アウローラが止めるが、ミカは聞かなかった。
ガチャ……と音がなりアウローラの皮膚が擦れたのを見て、やっと手を離す。
そんな様子を芽依は黙って見ていた。
今必死なのはアウローラで、ミカで。
そこに芽依が無遠慮に口を挟んでいいものでは無い。
魔術師たちが魔術弾を変更して、鎖を撃ち抜きアウローラを解放する。
ふらつき立てないアウローラを騎士が抱き上げたのを見て、芽依は息を吐き出した。
ここまでは順調。あとは、ティムソンが来る前にこの場を立ち去ればいい。
だが、そう上手くはいかないもので。
「…………随分大胆な不法侵入ですね。ここだけではないようですし」
後ろから嫌に冷静な声が響いた。
柔らかく、だが硬質な不思議な声。
シュミットに抱かれながら顔だけで振り向くと、水色と紫が混ざった髪色の男性が壁に寄りかかり立っていた。
わざとらしく組んでいる腕に人差し指でトントン……と叩いている。
細身の男性で、この荒れ果てたパール公国にいる城務めのものらしい小綺麗な格好をした男性。
背中には淡い水色の羽があり、人外者なのがわかる。
「……ティムソン」
「お勤めは如何しましたかパーシヴァル王子。支援物資の継続の話し合いで今日は不在と聞いていましたが……まあ、対応はしているようですね」
セルジオや魔術師、騎士を見て薄らと笑みを浮かべる。
そして、女鬼の面をつけている芽依に眉を跳ね上げた。
「……また、面妖な格好の人がいますね。まあ、いいでしょう。私の部屋への不法侵入も目を瞑って差し上げますよ」
嫌に丁寧な物言いのティムソンにパーシヴァルも眉を寄せている。
「ティムソン……これは一体どういうつもりだ」
もう分かっていることだが、出来たら自らの口で言って欲しかった。
国を背負う者として裏切り行為は許せないが、長年支えてくれた父王の腹心である事も変わらない。
「……わかっているんでしょ? 私の周りを色々と調べていたようで。その女には器になってもらうんですよ。そのために抵抗しないよう弱らせ、反魂に適した体作りを長期に渡って行ったんだから。本当は、もっと早くに出来るはずが、そこにいる悪徳商売人が売らないなんて言い出すからこんなに時間がかかってしまった……だが、それも今となっては良かったんでしょうね。自らの手で作り替えよみがえる喜びを噛み締められるんだから」
両手を広げて声高々に言うティムソンに芽依はブルリと身震いした。
何だか、嫌な予感がしたのだ。
ティムソンの静かな佇まいから一変して狂気的な笑みを浮かべて仰々しく頭を下げた。
「つきましては、その女を返してもらい……移民の民を渡してもらっても? 」
じっと見られるミカがビクリと肩を揺らして震える口を開いた。
「…………え」
「誰が渡すものか! こんな事をしてただで済むと思うなよ! 」
「はは……良く聞く言葉ですね、もっと素敵な言葉を絞り出してくださいよ! 王になるのでしょう? 皆を引き寄せるカリスマ性が見られない! ああ、なんて悲しき王子だろう! ……まあ、王にはなれないのですがね? 」
クックック……と楽しそうに笑うティムソンの異常な姿に言葉を無くすパーシヴァル。
こんな姿は初めてだ。
「一つ! 現国王は崩御した!! 」
「…………は、父王が……なんだと? 」
「はっはっはっ! 信じたくないか、そうですよね、信じたくない! だが、この国の王は確かに死にました!長年の蓄積された毒が、やっとヤツの寝首をかいた!! 長かった、ヤツに信頼させ地獄を味わせる為とはいえ、なんて苦痛の日々だったか! 自分の大切な女を奪ったヤツの下につくなんで! でも、愉快でもあった。ヤツが守り抜きたいパール公国を潰し、息子パーシヴァルを孤立させ疲弊させた。パーシヴァル、お前が死ぬ有様をヤツに見せたかった。それだけが心残りです」
愉快だと笑うティムソンを全員が黙って話を聞いていた。
「パール公国は既に陥落する。だから、お前が王になる事はないよ、パーシヴァル」
そう、とても楽しそうに言うティムソンに顔色を悪くする。
「………………それにしても、誰も来ないな……お前たちだけではないって事か。まあ、少ない人数で来たんだろう、残念だったなぁぁぁ。もうこの国はおしまいだし、お前の居場所はないんですよ! 」
そう言って、何かの魔術を展開したと思ったら、ティムソンの腕の中にはアウローラが苦しそうに顔を歪めて、ティムソンにぐったりと寄りかかるように立ち尽くしていた。
首に鈍く光る首輪がしてあり、それに何らかの魔術が反応したようだった。
「(……あれは支配の首輪)」
頭に響くハストゥーレの言葉に耳を傾ける。
行動の制限が掛かる一方、捕縛に適している魔術具の一種で、古くから奴隷を持つ主人が嬉々として利用されていたのだが、人道的に好かない人も多く今ではあまりお目にかからない代物となった。だが、今でも奴隷にとっては恐怖の象徴でもある。
主人に従わせる魔術具で、さらに強制的に主人に引き寄せられる物である。
「あれ、どうやって外すんですか? 」
「首輪に入力されている主人のデータを消すか、主人自ら外すか、主人を殺めて強制的に外すか」
「アウローラさんが人質になっているからどれも難しいんですね」
「……いや、そうでもないが……少し荒っぽいからな」
「どうするんですか? 」
「アウローラの首を跳ねる」
「却下で!! 」
無表情でアウローラを見ながら言ったシュミットにすぐさま却下すると、わかってる、とチラリと見られた。
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