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巻き込まれ人生
しおりを挟むカナンクルも終わり、チラチラと雪か降っている比較的暖かい日の事、芽依はシュミットと2人で街中を歩いていた。
事の始まりは連日仕事の為に飛び回っているシュミットの久々のお休み、寝ている部屋に侵入した芽依は、眠っているシュミットの上に飛び乗った事からだった。
「ぐっ……」
「おはようございますシュミットさん」
シュミットの胸あたりまで掛けてある布団を握りしめてにっこり笑う芽依。
既に日は上がり昼に近い時間になっていた。
朝方帰ってきたシュミットはぐっすりと眠っていて、予定では昼過ぎに起きるはずだった。
だが、まだ朝から会っていない芽依が庭作業を終わらせて部屋に入ったのだ。
髪をシーツに散らばせて瞳を閉じるシュミットをじっくりと目を細め、微笑みながら眺めてからベッドにダイブした。
「………………おい、寝てるヤツに飛びかかるやつがあるか」
「1回やってみたかったんです」
「メディトークにやれよ」
(…………身の危険を感じるから難しいね)
うふふ、と笑うだけで返事をしない芽依。
体を起こしてそのまま芽依を抱きしめると、芽依も素直に体を預けた。
「どうした、急に」
「フェンネルさんから聞いたんですけどね、ペントランに新しいカフェが出来たらしいですよ。とても美味しいらしいです」
「……行くか? 」
「行きたい」
芽依の髪を指先でクルクルと遊びながら言うシュミットに顔を上げて笑う。
つられるように笑ったシュミットは、頬に手を当てて軽く触れるくらいのキスを頬に落とした。
芽依は幸せそうに笑って首に手を回して抱きつくと、すぐ近くに見える赤く染った耳に息を吹きかける。
ピクン! と動くシュミットがギュッ……と回している腕に力を込めた。
「っ…………やめろ」
「あはは」
パッと耳を抑えるシュミットに笑ってからベッドから降りた芽依は、部屋の扉に向かって歩き出した。
「庭で待ってます。準備、ゆっくりしてくださいね」
「ああ」
芽依が部屋を出ていってから、細く長い息を吐き出してシュミットはベッドに沈んだ。
こうして、初めてのお出かけをする芽依とシュミット。
家族になってから同じ時間を共有する機会は増えたがゆっくり出掛けたりする事はなかった。
だからメディトーク達に進められてお出かけにでたのだが、今芽依達は居心地の悪い席で飲み物が来るのを待っている。
「リチ、君と一生と共にすごしたいんだ! 結婚してください!! 」
「っ!……うれしい!! 」
芽依が座るテーブルの隣では、男が跪き指輪を差し出していた。
見るからにプロポーズである。
顔を赤らめて頬を抑え、目を潤ませている女性は立ち上がり男性に抱き着いた。
まさしく、幸せの絶頂である。
これだけなら芽依もお幸せにと、胸をホコホコさせて微笑み拍手もするだろう。
だがしかし、逆隣では女性がシクシクと泣いている。
栗色のショートカットの女性が両手で顔を覆って泣いているのだ。
「ねぇ、また浮気したでしょ! どうして?! 私辞めてって言ってるのに! 」
「だぁから、してねぇって」
「私見たんだから! リアティで連絡してるの! 」
「…………はぁ、お前めんどいって。違うって言ってるじゃん」
「っ! どうしてそんな冷たい言い方するのぉ! 」
かたや幸せ絶頂の二人で、もう片方は修羅場真っ最中。
そこに挟まれた芽依とシュミット。
(どうすれと……)
物凄く居心地が悪い……と運ばれてきたケーキセットを受け取り店員に笑顔を見せる。
修羅場なんて気付かないようにプロポーズが成功した2人は熱いキスを始めている。 おい、店だぞ。
しかし、周りはそれよりも泣きながら手を震わせて浮気を辞めてと懇願する女性と、その男性を興味深げに見ていた。
ついでに挟まれて困っている芽依達も。
「………………メイ、ほら」
「まじですか」
あまりにも居心地が悪いとソワソワしているメイに、シュミットは店の中なのに、人前なのに、自分のチョコレートケーキを1口サイズに取って差し出してきた。
頬杖をついて芽依にケーキを差し出すシュミットは無表情だが、元々顔がいい。
長い指先に挟んで持つフォークを少し揺らして促してくる。
このなんとも言えない場所で、敢えてシュミットが芽依に食べさせるのは、チラリと相手の男が芽依を見たからだ。
ベールで隠れた芽依を興味の対象として。
「いただきまぁす」
身を乗り出して、ベールにつかないように抑えながら小さく口を開く。
口に入ってきた蕩けるほど濃厚なチョコレートケーキにほにゃりと笑うと、フォークを口から引き抜いたシュミットが二ッ……と笑った。
「美味いか? 」
「凄く! シュミットさんも食べてみて下さい、 とっても美味しいですから 」
頬に手を当てて言う芽依にそうだな、と笑みを浮かべるシュミット。
そんな芽依を対面に座っていた男はジッと見ていると、女性は更に泣き出す。
「他の人見ないでよぉ! 」
「えっ?! 」
隣のテーブルの丁度芽依の隣に座る女性。
うわぁん! と声を上げて芽依の腕を軽く叩いてきた。
なぜ?! と目を丸くすると、すぐさま立ち上がりシュミットが抱き締めて守る。
「おいっ! ユリーク!! やめろ! 」
「なんでよぉぉ」
男が女性を抑えると、泣き崩れるのを芽依はシュミットの腕の中で見る。
プロポーズ成功カップルも、今更どうしたの? と覗き込んできた。
「……あ、あの……」
「なによ! 幸せそうな貴方達を見せつけて楽しい?! 浮気される私が凄く滑稽だよね!!」
「えぇ……」
抱き締められている芽依を睨み付けて言う女性、ユリークはまん丸い目で睨み付けて言ってくる。
彼女が言うのは芽依だけじゃなくてプロポーズされた女性ものようだ。
「いいわね! 一途に見てくれて! 素敵な彼氏で!! そんなに見せつけたいの?! 」
まさしく八つ当たりだ。
芽依は眉尻を下げてシュミットを見上げるが、面倒くさそうに頭をかいている男性を見ていて目が合わない。
「…………あー、めんどくせぇ」
「おや、そんな言い方は随分じゃないかい?」
割り込むように入ってきたのはピアスを沢山付けているグレーの髪色を短髪にした人だった。
黒いシャツにパンツ姿のその人は、腕にコートをかけている。
「……んだ、お前」
「ん? 私はアキーシュカと言うんだ」
「名前を聞いてんじゃねーよ」
テーブルに片手をついて微笑むその人は背が高く柔らかな笑みを浮かべている。
その背には透明な羽があるので人外者のようだ。
「いやぁ、割り込んで申し訳ないね。可愛い女性が泣いているからつい心配になってしまったんだよ」
「かっ……可愛い……」
涙を指先で拭ったその人の笑みにユリークは顔を真っ赤にした。
そういった事をされたことが無いのか、あれほど他の人を見ないでと言っていたユリークがまるで囚われたように見つめている。
そんなユリークを見た男が舌打ちする。
「お前っ! 行くぞ!! 」
ガタン! と音を鳴らして立ち上がり、ユリークを掴んで足早に走り去っていった。
ユリークは慌てて振り向く。
何知らねぇ男見てんだよ!
なっ!! レン君だって隣の女の子見てたじゃない!!
そう言い合う声がどんどん小さくなる。
言い争う最中も、ユリークはチラチラと振り向きアキーシュカを見ているが、男性は止まる気配はないようで、まっすぐ外に向かっていった。
「………………行ってしまったね」
困ったように笑って振り向くアキーシュカ。
そして、目を丸くする。
「…………おや、誰かと思ったらシュミットじゃないか」
「…………なんでお前がここにいるんだよ」
「たまたまだよ。甘いものが食べたくなってね。しかし……君が女性を抱きしめるなんて、何かの冗談かい? 」
「冗談で抱きしめるわけないだろう……おい、コイツに近付くな」
ジリ……と近付いてきたアキーシュカに警戒するシュミット。
背中に匿われた芽依は、顔をひょこっと出してアキーシュカを見る。
「…………うん、可愛らしい子じゃないか」
「見るな」
「ふふ、随分独占欲が強いね。移民の民か……そうだな、私の事はアキと呼んでおくれ。君の事はなんと呼んだらいいかな? 」
「……………………メイと呼んでください」
名前を教えるのではなく、こう呼んでくれと言った芽依。
危険極まりない言い方にシュミットは眉を寄せ芽依の顔面を鷲掴みする。
「いーったい! いたいです! ねぇ!! ちょっと?! 」
「お前は馬鹿正直にしか言えんのか!! 」
「だってー! 」
「この女ったらしに名前を言うんじゃない! 人のだろうが直ぐに手を出すヤツだぞ! 」
「あれ、随分酷い言われようじゃないか。私は可愛い子にしか手を出したりしないよ」
「だから警戒してるんだろうが! 」
怒りに口調が荒くなるシュミット。
そんなシュミットも素敵だ……と見上げていると、疲れたのかため息を吐き出した。
「こらこら、女の子の顔を鷲掴むものじゃないよ。さて、邪魔をしたね。君たちはゆっくりとお茶の続きを楽しむといいよ」
ひらりと手を振るアキーシュカを見送り芽依は椅子に座る。
気付いたら他の客も着席時しているが、チラチラと芽依たちを見ているのがわかる。
「…………目立ってしまった」
「とばっちりが酷いな」
「びっくりしましたね、急でした。修羅場怖い。でもアキ君が来てくれて良かったですね。直ぐにおさまった」
ほんわかと笑ってチーズケーキを食べる芽依。
アキ君と軽く呼んだ芽依に眉をひそめる。
「……アイツが気に入ったのか? 」
「え?! 違いますよ?! そんな険しい顔しないでください?!……シュミットさんが好きですよ? 」
うへへ……と笑う芽依にため息をついて、またチョコレートケーキを口元に運んだ。
「…………ああ、間違われやすいが、アキーシュカは女だぞ」
「なんと! 」
驚愕の真実に目を丸くしながらも、パクリとチョコレートケーキを口にしたのだった。
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