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冬道のお約束
しおりを挟むパール公国の問題はまだまだ解決の目処が立たないが日にちは待ってくれない。
年間行事であるカナンクルまであと数日、漬け込んでいるリーグレアも完成して、今は瓶詰めも終わっていた。
去年のような膨大な数を作ったわけでも無いのでそこまでの苦労も無かったが、駆り出されたメフィストがブツブツと文句を言いながらも計らずきっちり入れるのは流石である。
そして、今は販売用の惣菜パンの入れ物を買いにフェンネルとハストゥーレと共に雪道を歩いていた。
最近忙しかった為、今日はゆっくり休憩がてらカナンクルに合う入れ物を買いに行っているのだ。
芽依を挟んで2人と手を繋ぎギシ……ギシ……となる雪を踏みしめる。
「今年中にパール公国の問題が解決するのは難しいかなぁ」
「そうだねぇ、誰を体に宿すのか、器の所在は何処か。そもそもパール公国をどうするか……。アウローラが居なかったら国内の諍いとして不可侵だからね。こちらからはあまり手を出せないんだよ」
だからこそ、アリステアは胃を痛めながら出来るギリギリを攻めるように情報をかき集めている。
「……ミカちゃんたちが帰ってくる時期にもなるから、早く解決出来ると良いんだけど」
「ミカ様のドラムストに帰る時期までに間に合わなければアウローラ様への介入は一切できなくなってしまいます。ミカ様を助けるための大義名分が無くなってしまいますので……」
眉を寄せて話すハストゥーレを見上げる。
食糧難についての介入なので、そもそもドラムストから大々的な問題解決の為の援助は出来ないのだ。
パーシヴァルからの救援がある為なんとか面の割れていない諜報に長けた者が動いている。
そこに、家族となった外回りや情報収集が得意なシュミットの参戦により状況がガラリと変わった。
取引相手として、欲しい物のリストが手に入ったのは大きな収穫である。
さらに、庭で話していたパール公国の話ティムソンの名前にパピナスが反応した。
「………………まぁ、ティムソンですか? 随分と懐かしい名前を聞きました。あの男が誰かの下に着くなんて天と地がひっくり返っても無いと思っていましたのに、びっくりですね」
健康的な褐色の肌に輝く金髪を靡かせて、振り向いて言ったパピナス。
両腕には熟れたバナナが沢山入った箱を持っていて、こんな真冬にも関わらず肌を露出した格好をしている。
豊満で揺れる胸にまた目を走らせながらも、芽依は知っているの? と聞くと、朗らかに笑って答えた。
「私がまだ奴隷になる前の事ですが、ある国の女王と契約をしていまして。その頃にあの男は伴侶の女とパン屋を営んでいました。人の下に付くような人では無かったですし、なにより愛妻家でしたから。離れるなんてないと思いますよ」
「…………伴侶、か。でも、そんな話聞いた事ねぇな」
そう懐かしそうに話すパピナスと不思議そうに答えるメディトーク。
美味しいパンは人気で、食べたことがない人の方が少ない程でした。と朗らかに笑っていた。
もう、今では滅亡した国なのだとか。
「じゃあ、その奥さんの為に? 」
「…………もし、亡くなってるなら無理だよ。反魂は出来ないからね」
少し遠い目をして言ったフェンネル。
そんなフェンネルを見上げると、困ったように笑って首を傾げた。
「様々な反魂術は研究されているんだけどね、契約によって命を伸ばすことは出来ても、完全に消えた魂を呼び戻すことは出来ないんだ。魂に刻まれた経験や記憶、思い、感情。それを当時のまま同じ状態の器に戻すのはとても難しいんだ。ほんの少しのズレで全く違う生き物が生まれるからね……そんな非合法で生まれた子も、粛清対象になっちゃうんだよ」
「………………フェンネルさん」
「やってないよ、やってない。……ただ、あの頃の僕は狂ってるからね。色々調べて手を染めようとは……したかなぁ」
悲しそうに笑って芽依から顔を逸らすフェンネル。
知られたくなかった過去の1部なのだろう。
純粋な芽依の瞳に映りたくないとでも言うように、フェンネルは顔を逸らしたまま。
芽依は、離されない握られた手をギュッ……と強くする。
大事な人が居なくなったのだ。
蘇って欲しいと思うのは至極当然の事。それは芽依でもわかる。
手を染めてはいけない事だが、狂うまで相手を思って蘇って欲しいと思った気持ちを恥ては欲しくない。
だが、芽依がそれを言及するのもおかしいし必要ないだろうと、何も言わずに黙って握られた手に力を込めるだけにした。
ちらりと芽依を見るフェンネル。
ただまっすぐ前だけを見る芽依に、フェンネルは泣きそうに笑う。
「………………これだからメイちゃんから離れられないんだよなぁ」
「ん? なぁに? 離れるつもりなの? 」
「…………まさか」
「そうだよね。離れるなんて言ったら鎖に繋がないといけないところだった」
「それもいいかもね」
「…………冗談だからね? 」
目を細めて、トロリと蕩けるような甘い眼差しを芽依に向ける。
何を言っても嬉しそうなフェンネルにちょっと心配になるが、ちらりと見たハストゥーレも似たような眼差しを芽依に向けていた。
鎖に繋いでも、この2人は本気で喜びそうだ。
「………………もう、困った2人だ……なぁぁぁ?! 」
「わぁ! 」
「メイちゃん?! ハス君!! 」
降り積もる雪の下は凍結していて、芽依のローヒールのブーツは氷の上で盛大に滑った。
しっかりと握っていた手を離すことなく滑り、膝から転んだ芽依はビタン! と倒れ込む。
フェンネルはグイッと芽依を引っ張ったが間に合わず、転んだ芽依の隣にすぐさましゃがみこんだ。
「メイちゃん! 」
「大丈夫……びっくりした。ごめんね転んじゃ…………きゃーーー!! ハスくぅん!! ごめんなさい!! 」
芽依に引っ張られた瞬間、ハストゥーレも滑り同じく転んでいた。
しかも、腕を前に伸ばした芽依の遠心力によって前方で倒れている。
「私は大丈夫です! ご主人様! 大丈夫ですか? 」
慌てて立ち上がり芽依の前に来るハストゥーレの膝にはじんわりと血が滲んでいて、額が擦りむけ赤くなっている。
膝はほんの少し擦り傷、それを確認するようにズボンをたくしあげて見た芽依はこの世の終わりのような顔をした。
「…………ああぁぁ……ハス君の綺麗なお膝がお顔が!! ……なんて事……傷が出来ちゃうなんてぇぇぇ」
「それより! メイちゃん膝血塗れ!! 手当てするから足出して!! 」
うっすらと出血しているハストゥーレ。
大事な家族に怪我をさせてしまった……と頭を抱えるが、それ以上に芽依の膝は酷いことになっていて、真っ白なパンツが血塗れなっている。
右足首も捻挫をしたのか熱を持ち腫れ上がっていた。
「ハス君よりメイちゃんの方が重症だから! 」
「こんなの舐めてりゃ治るから! あぁぁぁ、ハス君、痛いよね大丈夫? 怪我は他には? ない? 」
「ご主人様、私ではなくご自分の怪我を……」
「私なんて!………………あれ、意外と血塗れ……」
「人外者来ちゃうから! お願いだから手当てさせてぇぇぇ!! 」
匂い消しに使われているベールがはずれてはいないが、流石に血を流したら気付かれてしまう。
しっかりと肉が削れている膝より少し下の皮膚を見て、きゃー! と小さく悲鳴を上げるフェンネルと、ご主人様が……とふらりと倒れそうになるハストゥーレの慌てぶりを見て、逆に芽依は落ち着きを取り戻したのだった。
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