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新しい家族の形
しおりを挟むシュミットが家族になって数日が経過した。
突然加わった新しい家族にフェンネルとハストゥーレは酷く動揺していたのだが、シュミットの懐に入りやすく物腰柔らかな印象を植え付ける気質をここでも遺憾無く発揮した。
普段ぶっきらぼうな言葉の中に含まれる優しさに気付いたら、まるで沼のようにズブズブと引き込まれるのだ。
そのため、仲間入りして数日間は新しい家族という生活自体が変わる大きな出来事に順応出来ない奴隷2人に、シュミットは無闇矢鱈に接触をすることなく自然体で庭にある椅子とテーブルに腰掛けて過ごす日々が続いている。
そんなシュミットは、芽依やメディトークたちと一緒に庭作業をするわけではなく、庭先にある椅子とテーブルを使って芽依の世界のパソコンに酷似した物で何やら入力をしている。
芽依はチラリと覗いたが、すぐさま顔を鷲掴みされて注意された。
「見るな」
「えっ」
「…………仕事の事だから見るんじゃないよ」
「……はーい」
「伸ばさない」
「はい」
芽依を見ることなくポン、と頭をひとなでしてから何かを打ち込むシュミット。
そんなシュミットを見てから自分の頭に手を当てる。
優しく撫でられるメディトークの手とも違う暖かく大きな筋張った手。
器用に動く指先は間違えることなくキーボードを叩いているようで真剣な眼差しは芽依を見ることは無い。
「…………シュミットさんのお仕事ってどんなのなんですか? 」
「……ん? 」
ピタリと手を止めてシュミットが芽依を見る。
首を傾げてシュミットを見る芽依は、商売をしている人とは聞きましたけど……言葉を濁した。
「…………基本的には2種類だな。だいたいは学校とかから入り物を大量に注文されるから、その準備。その他は……まあ、お前が知らなくてもいい事だ」
「……危ないことですか? 」
「いや、そうでもない」
ゆっくりと首を振って小さく笑うシュミット。
ニヤリと意地悪く笑うのではなく、口角を上げて目を細め、柔らかな笑みを浮かべる。
シュミットが芽依に堕ちて変わったのは、以前のきつい話し方から、随分と柔らかな話し方に変わった事と優しい笑みを浮かべるようになった事だ。
だが、この笑みが曲者だと言うことを芽依はまだ分かっていなかった。
「ほら、作業に戻れ。アイツら見てるぞ」
指を指した先にはハストゥーレ。
そこから少し離れた場所にはフェンネルも頬をふくらませて見ていた。
「…………あら、バレたか」
「ほら、早く」
「はーい、行ってきます」
手を振って走っていく芽依にため息を吐き出して打ち込みを再開した。
その顔には先程も見た笑みが浮かんでいる。
「……別に危なくはない。危なくなる前に殺せば良いだけだからな」
あまりにも物騒な言葉がその後に続いていた事を芽依は知らなかった。
パソコンに酷似したそれに打ち込まれた内容は、個人の名前やそれに付随する情報に取り寄せして欲しい商品。
そこには様々な注意書きや優先順位が書かれていて、中には終了後始末と書かれているものが多数あった。
何を始末のかはシュミットのみが知ることである。
「ハスくーん!!」
こちらを見ていたハストゥーレに芽依は手を振りながら走りよった。
メロディアの靴を見て、フェンネルがカタログから買い漁ったであろう可愛らしい庭用の靴を履いている芽依。
フェンネル達はその靴を履いて庭作業をする芽依は普段の50倍は可愛らしく見えると、変なフィルターがかかっていると思っている芽依。
「ご主人様……あの、何をされていたのですか? 」
「ん? なにしてるのかな? って思って聞いてたの」
「……そう、なんですね」
「嫉妬するハス君尊い……」
目線を斜め下に移動させて少し俯くハストゥーレに悶える芽依、通常運転である。
むぎゅりと抱き締めて、いいこいいこと頭を撫でたいところだが、手が届かない。
フェンネルも走ってきて、ハストゥーレごと抱きしめてきて頬擦りしてくる。
そんな3人をパソコンから目を離して見つめるシュミットの眼差しは厳しく、睨み付けていた。
フェンネルやハストゥーレがする、芽依と一緒にいて起きる可愛らしい嫉妬とは違う。
仄暗くフツフツと湧き上がる感情を隠しもしないシュミットを、離れた場所で見ていたメディトークは首を横に振っていた。
『まったく、あいつはいつでも面倒事を持ってきやがる』
シュミットを引き入れてから、嫉妬に狂う姿を見るのは1度や2度ではなかった。
特に可愛がられる奴隷2人に向けられていて、衝突はしないが目つきがヤバくなっている。
そんなシュミットは、芽依に向けて何処か突き放すような事を言ってしまい頭をかいて後悔する日々を送っているのだ。なんとも素直では無い。
そんなシュミットが爆発しないのも、芽依がそばに居る時にこれでもかとしがみつく勢いで離しはしないからだ。
勧誘という名の熱烈な告白と同じく、芽依は絶対にシュミットを離さないようにそばに居る。
自分が惚れ込み引き入れたからこそ、手のひらを返して居なくなるようなことが無いようにと。
シュミットの様子を見ていれば、その心配も無いのがわかるのに、芽依にはわかっていなかった。
『……まあ、面白いから言わねぇがな』
クッ……と喉の奥で笑い、普段見ない芽依の様子を楽しげに思い出す。
家族が増えて二人でいる時間がさらに減った。
だが、新しく来たばかりだからと遠慮もしつつ、チラチラとメディトークを見るキラキラとした芽依の眼差しに思わず吹き出したのだった。
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