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森の小さなレストランと巨大うさぎ
しおりを挟むお風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭いて椅子に座った芽依。
今日も穏やかな一日が終わった。
カテリーデンでの販売も変わりなく、そろそろ冬篭り用の販売準備でもするかぁ……と呟くメディトークを眺めるくらいには普通だった。
冬篭り。
この世界に来て年末に販売された沢山の肉や野菜。
冬の収穫量減少と年末年始の買い込みやらなんやら。
それらを踏まえて年末に近いカテリーデンは冬篭り用に販売量を増やす。
年末は忙しいのだ。冬篭り、芽依は年末年始用のお節。
その前にはカナンクルもある。
様々な準備に目まぐるしくなるのが年の瀬だ。
「…………ふーむ」
椅子の背もたれに寄りかかって、フェンネルがシャワーを浴びている音を聞いている。
このお泊まりにも慣れ、いつのまにか芽依のベッドの隣には大きなベッドが運び込まれていた。
あまりにも巨大なベッドに何故……? と首を傾げたが、すぐに理由はわかった。
巨大蟻がごろりと横になったからだ。
目を輝かせた芽依が、そんな蟻によじ登ってキャッキャウフフと黒光りする体を人差し指でなぞっていたのはメディトークも理解が出来なくて。
怪しげな人物を見る冷たい眼差しを芽依に向けていたのは閑話休題。
「収穫祭が終わったばかりだから、まだ落ち着いてるとはいえ、カナンクル用のお酒も作りたいし……やる事多いなぁ……癒しが欲しい」
はぁ……と息を吐き出してズルズルと体を倒す。
柔らかなソファが体を受け止めてもふんとした完食が頬に感じる。
毎日巨大蟻と可愛い家族に囲まれて癒しはある。
だが、違うのだ。
今欲しいのは心ゆくまで愛でたい、触りたい、構い倒したい。
あの3人は逆なのだ。芽依を構いたくて仕方ない溺愛っぷり。
勿論大好きだ。だが、今求めているのは違うもので。
「んぁぁぁぁぁぁ……いや…………し……? 」
瞑っていた目を開いた。
その目の前には木彫りのリスが横向きになって芽依を見る。
同じソファにコロンと転がるこの木彫りのリスは見覚えがあって。
「え……これって…………」
カパッ! と開いた口がとても見覚えがあり、あっ……と声を出した時には芽依はもう口の中に吸い込まれていた。
「んぶぅ……え? なに? 」
急に空中から落とされて、もふん! となにかの上に落ちた。
まっしろモコモコふわふわしたそれはあまりに大きくてなんなのかわからない。
「…………は、なに? 」
手でサワサワと触ると、下からむくりと顔が上がり芽依を見る。
真っ赤な目だ。つり目の真っ赤な目が芽依を射抜く。
「………………くすぐってぇからやめ」
「白モコが喋った?! 」
「白モコじゃねぇわ!! 」
くわっ! と口を開いた。牙が見やすい位置に2本。
髭が生えていて、頭には長い耳がある。
「…………うさ……ぎ? 」
「……なんだよ。てか、降りろ。おい店長、客だぞ」
「………………ああ」
見えていたのだろう、水をカウンターに置くこの店の店長、巨大なリス。
そう、ここは森の小さなレストランだ。
この店への扉が開いて芽依は招かれた。
今日の客は芽依と、先に来ていたこの巨大なうさぎらしい。
降りろと言われても場所はかなり高い。
乗っている高さ的にメディトークよりも巨大のようだ。
「…………お、降りれないです」
「チッ」
舌打ちして巨大うさぎは体を斜めにすると、かなり早いスピードの滑り台を滑り降りる感じにビュン! と落とされた。
「うおぉぉぉぉぉ?! 」
もふもふに体が埋まりながらベショと顔面から床に滑り落ちた。
座り込み顔をおさえて頭にビックリマークが沢山浮かべながら振り向くと、目の前にはギョロリと見てくる真っ赤な目と鼻先。
顔にもふりとあたる柔らかな毛の感触に思わず両手でもふもふと触った。
「……………………うわぁぁぁぁぁ……天国」
思わずズブズブに埋まると、体の半分が毛に埋まった芽依を巨大うさぎは嫌そうに顔を歪ませて見た。
「…………なんだコイツ」
「なにこの癒し……たまらん……」
ぐりんぐりんと顔を動かし頭を擦り付ける芽依をすごい顔で見ている。
そして、足で軽く蹴り体から離した。
「やめろ」
「いやぁぁぁぁ……埋もれたいぃぃぃ」
ゴロゴロと転がされた芽依はすぐさま立ち上がり巨大うさぎに突進した。
「…………もっふぅぅ」
「なんだコイツ、本当に」
無口の店長は、また足で蹴られる芽依を黙って見ている。
諦めずに巨大うさぎに突進する事6回目。
顔や体に足跡を付けながらもふもふと頬擦りし、顔を動かすたびに掠める耳を掴んではスリスリと指先で撫でる。
「いや。まじではなせよ」
諦めの悪く吹き飛ばしてもゾンビの如くやってくる芽依に巨大うさぎは盛大に顔を歪め、うさぎ用のご飯を鷲掴んでぶん殴るか検討中。
巨大な人参を構えているうさぎに、何故か大根を構えて厳戒態勢の芽依。
野菜を向け合う客に店長は流石に腕を振り上げた。
「いたっ! 」
「………………ってぇ」
「店で喧嘩するな」
持っているのはお玉。それで頭を殴られたらしい。
芽依はシュンとして頭を下げ椅子によじ登り座った。
相変わらず椅子が大きくて高い。
すぐ近くには巨大うさぎが幅を取っていて、サワサワと毛が触れる。
「………………あ、これはこれで……」
新しい幸せを噛み締める芽依は、渡されたメニュー表を眺め見た事のない料理を順番に見つめた。
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