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酒癖の悪さは自他共に認める酷さである
しおりを挟む夕闇の帳、辺りは仄暗い。
魔術によって周りは照らされて幻想的な情景が辺りに広がっていた。
毎年この明るさは趣向を練られて、今年は小さな光の玉が地面から上がり空に登っていく。
淡い青や黄色等の明るく優しい色合いの光の玉が等間隔で上がっていき、芽依はお酒を飲みながらそれを眺める。
「…………綺麗だねぇ」
ほぅ……と暖かい息を吐き出して見上げると、メディトークが頭を撫でてきた。
ん? と首を傾げると、穏やかな笑みを浮かべているメディトークがいる。
その隣には、荒ぶるリスの牛乳プリンを持ち凝視しているフェンネル。
これは食べていいのか……と珍しく険しい顔をしている。
ちらりとそんな様子をメディトークが見て、小さく笑っていた。
ハストゥーレは一緒に光を見ていたがら、小さな足音をたててこちらに来たニアに気付き、可愛らしい威嚇を初めて光から目を逸らす。
皆、芽依が来てたった数年で随分と変わった。
こんなに自由に表情をコロコロと変えている。
それぞれ誰かと深い関わりを持たなかったメディトーク達3人が、身を寄せあって笑い合う。
そこに含まれる芽依は、ふと気付いた。
ここに居る4人は、全員孤独だったんじゃないか。
芽依は毎日一人で、深い付き合いが出来る友人もいない。
家族とも気薄になり、毎日が1人で完結していた。酒とツマミが友達で、同じことを繰り返すように日々を過ごしてきた芽依は充実した生活とは程遠い。
メディトークは幻獣の王としての煩わしさから他者との関わりを自ら断ち、人型をとらずに収穫祭前後以外は一人で過ごしていた。
そこに孤独はあったが、本人にしては融通のきく快適な生活である事に変わりは無いと流れる日々に身を任せていた。
フェンネルは狂った妖精となり、崩壊する精神を抱えて自身が狂っていくのを自覚しながら狂う程の怒りと悲しみを抱えていた。
定住することなく、当時の移民の民を探しながら渦巻く怒りに自我を失う。そんな途方もない苦痛を抱え、死ぬ事も出来ずに絶望の中を突き進んでいた。
ハストゥーレは生まれながら奴隷として教育され感情全てを失った。
孤独という感情すら知らず、喜怒哀楽を知らず。それが当然で当たり前の世界の中で生きるハストゥーレは、それがとても悲しく虚しい事を知らない。ただ命令に従うだけの美しい人形と変わらなかった。
そんな4人が、今家族となって幸せに生活をしている。
この世界に来て2回目の収穫祭。
初めてこの地に訪れて地に足を付けた時からまる3年が経過した。
3年。それは長いような短いような。
でも、この世界に芽依が根付き家族を持って適応していくには十分な時間である。
3年の大半を庭で過ごし、家族と過ごした。
寝泊まりする場所は違うがいつでも待っていてくれる芽依の居場所。
ああ、幸せなだな。
地から上がっていく光を見つめると、その光が芽依の顔を優しく照らしていて。
それをメディトークたち全員が見る。
幸せそうに目を細めて笑ういつもと違う綺麗な横顔に目を奪われる3人。
芽依の見た事ない表情に惹き込まれるように、黙って3人はその姿を焼き付けた。
「…………3年目もよろしく」
小さく呟いたのは、メディトーク達にではなくこの世界に。
美しく残酷な世界に小さな祝福と挨拶を。
毎日どこかで事件が起き、遠い国では戦争も勃発している。
慢性的な食糧危機が人々を困窮させ、呪いも死者も絶え間ない。
その世界に対抗策を持たない芽依は裸同然で生活をしている。
攻撃する為、守るための魔術を持たず、屈強な体もない。
あるのは荒ぶる野菜と、大切な家族に気を使ってくれる同僚や近しい人外者。
その付属品ともいえる武力が、有り余る火力すぎるのを芽依は正確に理解していない。
「お姉さん」
「うん? 」
「また葡萄が……欲しいなぁ? 」
下から上がる光を見ているとニアに呼ばれた。
とろんと柔らかな光を称えて滲むような眼差しを向けるニアに、ほろ酔いの芽依が視線を向ける。
可愛らしい帽子を取り、フワフワの髪を優しく撫でる。
「葡萄ね。葡萄ならいくらでも」
本当に願っているのは芳醇な葡萄を思わせる芽依の血液だとわかっている。
だが勿論、それをあげることは出来ないから芽依はいくらでも葡萄をあげるのだ。
ちょっと残念そうに、だが満足そうに笑ったニアが、珍しく芽依にすり着くように腕に頭を当てた。
「っ! か……かっわ……」
可愛さに身悶え、思わず酒を一気飲みした芽依は酔いを一気に進ませる。
そう、酔っ払いだ。芽依の究極的酔っ払い。
「…………かぁわいーねぇ。ニ……え? 名前はだめ? そっかぁぁぁ、だめかぁぁぁ……ぷにぷにだねぇ」
しゃがみこんでニアの両手を掴んで軽く揺らす芽依。
名前を呼ばれそうになり、ニアは思わず体を寄せて自分の腹部で芽依の顔を覆った。
手が掴まれているからの緊急的処置だったのだが、少し出ている素肌が頬にあたり、芽依はでれりと笑み崩れる。
「………………お前な」
「メイちゃん酔っちゃった? 」
「ご主人様…………」
呆れるメディトークに、心配するフェンネル。そして絶望するハストゥーレ。
そんな芽依たちを、あらあら相変わらず、と笑うカテリーデンの常連客たち。
だが、これからがいつもと違った。
「…………何してるんだ? 」
眉をひそめて近付いてきたシュミットに、悲劇が起きる。
「あぁぁぁ、シュミットさんじゃないですかぁぁぁ! これは! 踊るしかありませんねぇぇぇ……」
「は? ……お前、酔ってる? 」
一気に煽った酒は、芽依の体質的に酔いを一瞬で進めるものだったらしく、真っ赤な顔をした芽依がニアを離してシュミットにフラフラと近付き腰にしがみつく。
「メイ、やめとけ」
「メイちゃんだめ!! 」
メディトークとフェンネル、無言ながら焦るハストゥーレに止められ肩を掴まれるが、現れた大根様の桂剥きによってぐるぐる巻きにされる3人。
「は? お前ふざけんなよ?! 」
「ちょっと芽依ちゃん?! こんな時に野菜……を……」
「ご主人様っ……! 」
言い掛けて言葉を止めるフェンネル。
芽依の怪しい笑いに獲物を見つけた眼差し。
それはいつもフェンネルが向けられるもので。
「あ! シュミット逃げて!! 噛まれるよ! 」
「は? 」
「にーがーすー筈がーなぁぁぁぁいよねぇぇぇ?! 」
仄暗く笑い、しがみつく芽依を不思議そうに見ていると、クラバットを鷲掴み思いっきり引っ張られる。
気を抜いていたシュミットは腰を曲げて上体を下げると、藍色の髪を芽依がかきあげて項に近い場所に歯を立てた。
「いっ……お前っ…………」
ぐっ……と噛み付いた芽依は鬱血しているそこを愛おしそうに指先で撫でて不気味に笑う。
「うふ……うふふふふふふ……なにこれ美味しい……アイス? アイスなの? 冷んやり美味しい大好きなジャージー牛乳…………あむっ」
「っ…………噛むな」
シュミットの帽子を地面に落として、ぐっ……と髪を持ち上げて、違う場所にまた噛み付く。
最高位精霊にしがみつき噛み付く移民の民のおかしい様子に、収穫祭を楽しむ人々は完全に動きを止めて凝視していた。
頬を赤らめて唇を舐める芽依は恍惚としていて、引っ張りすぎて地面に片膝を付けるシュミットに覆いかぶさっている芽依をメディトークたちが必死に止めようとするが野菜が強すぎる。
そう、幻獣の王すら拘束する大根。強すぎる。
「美味しい……もっと食べたい……全部食べ……」
「っ………………!! 」
「…………は、遅かった、ですね」
あむあむと歯型を付けてシュミットを楽しむ芽依の頭を思いっきり殴って気絶させたのはセルジオで、走りより息が荒いシャルドネが深く息を吐きながら苦笑したのだった。
こうして、気絶している間に収穫祭は幕を閉じた。
まるでプリンのように好きに荒ぶり暴れた芽依は、奇しくも野菜に必要な新しい噛みつき先を見つけ、後にメディトークたちは勿論、お母さんにも大層怒られる事となる。
噛み跡がついたシュミットは、一体何が起きたのかと呆然としていたが、巨大樹の時の荒ぶる野菜と芽依の噛みつきを思い出して頭を抱える羽目となった収穫祭だった。
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