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割れ鍋に綴じ蓋
しおりを挟む秋の少し冷たくも爽やかな風が吹く。
それを全身に感じながら秋の味覚である栗を拾っている。
鬼皮とイガに守られた栗は、芽依が元々知っている栗よりも3倍ほど大きい。
その分鬼皮も厚く硬いく、イガもまるで巨大な針のようで鋭く尖っている。
それこそが虫や外敵から栗を守っているのだ。
手を保護するために栗拾い専門の手袋を使用して、火バサミを持ち籠に入れる。
大きいから一瞬でいっぱいになってしまいそうだ。
そんな栗拾い中、ある出来事を思い出した。
カテリーデンの帰り道、今日はゆっくり帰ろうと歩いて街にある街路樹が素晴らしい景観となっついる有名な歩道を歩いていた。
様々な秋にまつわる木が並び立ち、上からはサワサワと葉がこする音がする。
森の中での森林浴とは違い人の気配も多くざわめきが耐えないが、こんな素敵な街路樹を歩けるのも幸せな事だと満足そうにふくよかな香りを胸いっぱい吸い込んだ。
そんな街路樹をしばらく歩くと、何故か街路樹にも栗の木があり、芽依の庭のように立派な栗が地面にコロリと転がっている。
葉に隠れていて、踏み抜き酷い怪我をしている人もいれば、なぜかペリカン型の幻獣がイガをものともせず、巨大な栗を嘴に挟んでパカパカと動かしている。
もちろん嘴に刺さっているのだが、まったり首を傾げるだけ。
流血もしないペリカンを初めて見た時、芽依は驚きハストゥーレの腕にビャッ!としがみついた程だった。
鮮やに輝く街路樹の隙間から入る木漏れ日、足元には落ちた紅葉によく似た葉がヒラヒラと風に揺れる。
遠くにあるのだろう、金木犀だろうか、香りが風に乗って芽依にまで届いてくる。
今までの元の生活では出来ない穏やかで充実した毎日にある、ちょっとした贅沢な時間に満足していると、ばしぃぃぃぃん!! と派手な音がした。
ん? と首を傾げて見てみると、女性二人に男性一人の3人組。
女性がなぜか底がボコボコになっている片手鍋を持って、もう1人の女性の頬を力いっぱい殴ったのだ。
まだ非力な女性だったのだろう、叩かれた側の女性はビクともせず、黙って女性を見ていた。
「…………な、何事」
「あー……破れ鍋持ってる……」
フェンネルがなんとも言えない顔をして呟く。
破れ鍋とは、妙に光沢がある青い片手鍋の事だろう。
底がボコボコの割には新品のように綺麗だ。
「メイちゃん、巻き込まれたら面倒だから早く行こう」
背中を押して言うフェンネルの様子がおかしい。
なに? と見上げると、ハストゥーレも微妙な顔をしているから珍しいと様子を見ると、非力だと思っていた女性の腹から出るドスの効いた声が響いた。
「テメェ!! よくも人の男に手を出しやがったな!! お前もお前だ! 既婚者が何してやがる! 私という嫁がいながら何考えてるんだ!! 」
「い……いや! 勘違いだよ!! 」
「この破れ鍋が見えねぇのか?! なにが勘違いだ!! 」
大人しそうな見た目の女性から聞こえる随分と荒れた言葉遣いに芽依が驚いていると、ぶんっ! と振りかぶり降ろされた鍋の先にいる男は必死に避ける。
隣の女性は人外者のようで、軽く笑いながら見ていた。
「………………ふ、ふりん」
「不倫、だったね」
『お前、気を付けろよ。破れ鍋持った女が来ても助けねぇからな』
「そんな事絶対ならないから!! 」
「…………………………どういうこと? 」
目の前では、血走った目でスカートがめくれるのも気にせず、ボコボコの鍋を振り回している淑女の姿。
困惑した様子でチラチラ見てしまう芽依は、痴話喧嘩と判断して、すぐにこの場を離れるべきか思案していた。
間に入った方がいいのか。だが、女性は凶器(鍋)を持っている。
勿論こちらにはメディトークたち3人がいるから芽依に危険は無い。
どうするべきか……と悩んでいると、メディトークはアホらしい、と呟き芽依ん抱えて歩き出した。
騒がしい叫び声に、鍋を振り回す風圧によって出来る音。
そして、自身よりも大きな栗を嘴で挟んで刺さり、取れなくなって慌てているペリカンを置いてその場を後にした。
「あれってなんだったの? 」
『…………鍋の事か? 』
「うん」
抱えられて運ばれる芽依は降ろされ、メディトークを見上げながら聞くと、ため息を吐き出しながら教えてくれた。
『あれも呪いの1種だな、破れ鍋に綴じ蓋』
「え、ことわざ」
『ことわざ……? まあ、あの呪いはなぁ、周りからも良くは見られねぇ呪いだ』
「不名誉だよね、絶対嫌だよね」
首を横に振るフェンネル。
チラッとメディトークが見ると、僕はないからね!! と力強く言った。
「どんな呪いなの? 」
「…………パートナーに浮気相手がいる時に現れる破れ鍋っていう呪いだよ」
「……………………は? 」
この呪いは、はるか昔に起きた事件が元になっていた。
おしどり夫婦と言われた仲の良い夫婦は近所からも評判で、付き合い結婚をしてから一度も喧嘩をしたことがない。
美男美女の2人は誰もが振り返り笑みを浮かべる、そんな欠点など無いとでも言うような2人だった。
そんな2人の幸せが崩れたのは伴侶になってから250年が経過した頃だった。
旦那はある一人の女性と出会う。
愛情深くいつも隣で微笑む才色兼備な奥さんと真逆な雑で大雑把な女性。だが、コロコロと変わる表情に大口を開けて笑う姿はとても魅力的に映った。
今にして思えば理想とは真逆の彼女になぜ惹かれたのか分からないと、生きていたら言っていただろう。
のめり込むように、底なし沼に片足を取られズブズブと深みにハマっていくかのように、男は女性の魅力から抜け出せなくなった。
奥さんを愛してる。最愛だと断言できる。
そのはずだったのに。
夫の様子がおかしいと気付いたのは、時薔薇の妖精だったから。
愛情深く伴侶を慈しむ。
反面、男女の機微に敏感で他所に愛情を向けることを許さない。
夫の変化に気付いたのは本当に微々たるものだった。
ちょっとした仕草がいつもと違う。
それだけで、時薔薇の妖精は目を据わらせて真新しい青い片手鍋を手にしたのだった。
「…………それで、どうしたの? 」
「旦那さんが愛人と一緒にいた所を見て逆上してね、鍋底がボコボコになるくらいに殴り殺したんだよ」
その時の時薔薇の強い負の感情と、本来の使われ方をしなかった鍋が怒って呪いが発動。
その後は似たような状況になった夫婦だったりパートナーだったりの前に無差別に現れて相手をボコボコにする呪いが出来上がったのだ。
破れ鍋が現れて、初めて浮気を知った女性もいるらしく、それはそれは壮大な殴り合いの喧嘩に発展するらしい。
「うわぁ……」
後ろではドゴォ! と何かが破裂する音と、男性の謝る声。女性の嘲笑うかのような静かな声に、泣き叫び罵倒する声。
「ね、巻き込まれるのは良くないよ」
振り返ろうとした芽依を行こ行こ、とフェンネルは優しく背中を押す。
「これに綴じ蓋が出たら周りを巻き込む大きな喧嘩になるんだ。まったく、困ったものだよね」
この綴じ蓋とは、破れ鍋によく似た事件で奥さんが浮気をしていたのを買い物中の夫が見てしまい、購入予定の鍋蓋で殴り殺した事から起きた呪いである。
どちらも出てくる。つまり、どちらも浮気や不倫をしていた場合に現れる破れ鍋に綴じ蓋。
どっちもどっちな状況である。
それを周りに見られるのだ。
私は浮気をしていました、と。
この辺りは街路樹がある通りで人通りもある。
既に周りには男性と愛人の存在がバレてしまっていて社会的制裁も受けている。
今後は仕事関係にも支障がおきそうだ……と思ったが、人外者が居る世界においての浮気の定義とは……と悩んでいると、メディトークがチラリと芽依を見る。
『……メイ、てめぇは浮気とか考えんじゃねぇぞ』
そもそも伴侶もいなければ浮気相手もいないけど?
と思い口を開こうとすると、フェンネルとハストゥーレがこの世の終わりのような顔をして震えていた。
「え……なに、なんでそんな顔してるの」
「ご主人様は……どなたかに懸想されているのですか……? 」
「え……? 」
「否定しない……? どうしよう……そんなの駄目、メイちゃんは僕たちのだよ……だれ? それはだれ? 今すぐ殺してくるから教え……」
「わぁぁぁ!! ヤンデレ?! フェンネルさんそんな属性あったの?! いないから! いない!! 」
「………………ご主人様に好きな方……死にます……」
「うわぁ!! いないから! なんで一瞬で病んだのハス君!! 」
助けて!! とメディトークを見ると、真っ黒い瞳がじっと見ている。
『…………もし、好きなやつが出来たら、もう庭から出さねぇからな』
「監禁?! 」
この後3人に弁解に近い話し合いを持ち込まれ、納得するまで離して貰えなかった。
精神的、肉体的に激しく疲弊した芽依は、珍しく酒を一滴も飲むことなく泥のように眠り、今日のお泊まりなハストゥーレが、かわいらしくも不安そうな様子で芽依の袖を握りしめて眠ったのだった。
その後聞いた話では、呪いが発動した為に男性は殴り殺されたらしい。
愛人はどうやら高位の人外者らしく、気まぐれな遊びだったようだ。簡単に呪いを打ち消して奥さんを嘲笑い消えたらしい。
男性が殴り殺しになったにも関わらず、一瞥もくれずに。
か弱い淑女は泣き崩れ、この非常なまでの現実をなかなか受け入れられないだろう。
そう思われていたが、シャリダンから来ていた旅行者のおばあちゃんが元気付けたようだ。
「男なんて星の数ほどいるのよ、浮気なんてした人、いらないでしょ? そんな人よりももっといい人を探すべきだわ。きっと、あの人よりも良い人がいるわよ、ね? 」
優しく説き伏せるおばあちゃんを見る女性は小さく頷き、ボコボコになって既に顔面が分からなくなった男を見てから強い光を瞳に灯す。
おばあちゃんは、その意気よ! と元気に良い、後ろにいたおばあちゃんの屈強な旦那は目を逸らしてガタガタと震えていたのだとか。
若かりし頃、なにやらやらかしたのだろう。
シャリダンの女性を甘く見てはならない。
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