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花束を渡す
しおりを挟む秋に差し掛かるそんな時に狂い咲いた花畑。
季節外れの花々が美しく咲く、その前には蕩けるような笑みを浮かべているフェンネルがいた。
「そんなに嬉しいの?」
「うん、嬉しくないわけないよ。メイちゃん、大好き」
「うん、私も大好きだよ」
いつも素直に大好きだと伝えてくれるフェンネルが持っているのは素敵なクラバットピンだった。
奴隷の証を毎日使っているから傷みも早い。
ボロボロになったリボンを交換しようと話をすると、照れたように笑ったフェンネルは、芽依の持ち物を欲した。
「奴隷の証、主人の持つものを加工して作る事も出来るんだ。だから……」
「私の私物が欲しいの? 」
「うん!! 」
ドキドキと顔を赤らませるフェンネルは日に日に可愛さが爆発していく。
最初の頃の儚げ美人は、現在芽依大好きっ子にジョブチェンジしているが、本人は殊更幸せそうだからいいのだろう。
1度頷き、何を使うか検討します! と言うと頷いて楽しみにしていると話すフェンネルに笑った。
結局、加工したのはカナンクルで購入した小さめのブローチだった。
薄紫の雪と花のブローチ。
それはとてもフェンネルっぽくて即決したのだか、何故か気恥ずかしくなって結局しまったままだった。
これならフェンネルに似合うだろうと、小さなブローチをクラバットピンに加工するように、こっそり街の工房に頼んでいたのが昨日出来上がったのだ。
華やかなクラバットピンは、上手く加工され奴隷の証に変わっていた。
そして、それを今フェンネルに手渡しているところである。
美しいクラバットピンにフェンネルは嬉しそうに両手で持って微笑んでいる。
親指の指先で優しく撫でるようにさすると、早速、綺麗に結んであるクラバットに刺して胸元を飾った。
「…………うん、良く似合う」
今日は白の緩いシャツにクラバットにトラウザーズを履いている。
袖口に施されたレースと、シンプルなストライプのクラバットがとても上品だ。
そのクラバットに飾られる雪と花の鮮やかな飾りを芽依は満足そうに見た。
日常使いにも、夜会等にも使える美しい装飾である。
指先で胸元に飾られたクラバットピンに触れると、フェンネルの頬が微かに赤くなる。
「…………今度夜会や舞踏会があった時はこれを使ってね」
「うん……勿論」
クラバットピンを触る芽依の指先に触れて、口元に持っていく。
ほんの少し、触れるか触れないかの口付けに目を見開くと、ほんわかと微笑むフェンネルが小さく呟いた。
「…………メイちゃんへ、僕からのお礼」
唇を離した時、両腕で抱えられない程の色鮮やかな花束を渡された。
いきなり現れた花束に驚いていると、その反応を嬉しそうに目を細めて笑う。
愛おしい人を見るような甘やかな眼差しに芽依は黙って見つめ返した。
「…………メイちゃん」
「ん……? 」
「僕、メイちゃんがいるだけで幸せなの。どうしよう」
「居るだけで……幸せ? 」
最近コソコソと何かを企んでいる様子があるフェンネル。そこにはハストゥーレも一緒に行動しているようだ。
ハストゥーレのストレートな様子を見る限り、その理由は明白。
その割に2人は変わらず芽依大好き! 愛してる! と全力で伝えてくる。
人外者の伴侶は囲い隠すほどに大切にするというが、そこら辺はどうなのだろう。
フェンネル達は芽依の結婚を強く押してくる。
伴侶のいない芽依の安全を考えたら、それはとてもいい事なのだろう。
まさに契約婚だろうと、魂の繋がりができる。
だが、もし仮に奇跡が起きたとして、メディトークと結婚したとする。
そうなったら、この関係はどうなるんだろうか。
家族のように、いや、家族以上の気持ちを持って大切にしてきた2人を結婚という関係性から何かが変わるなら、それは芽依の望んでいる事では無い。
芽依を大切にしてくれて、その結果行き着く先がフェンネルたちを大切に出来ない環境なら芽依は受け入れられない。
誰かを不幸せにする関係性になるのなら、たとえ本心からメディトークを愛して結婚出来る状態になったとしても、芽依はそれを享受出来そうにない。
だって、メディトークが大好きだ。
それと同じくらいフェンネルもハストゥーレも愛してやまないのだ。
恋愛? 友情? 家族愛?
どれかなんてわからない。
そんなので推し量れない程にあの3人は特別で、どうしようもなく愛している。
誰かを選んで誰かを手放す、そんな未来は芽依に必要ないのだ。
だから、いくら2人が外堀を埋めて来ようとも、その作業をする2人を芽依は引き摺り内側に連れ込むだろう。
大事に大事に真綿に包み、自分のものだと主張する。
後ろに立たせたりなんかしない。
囲われる外に追いやったりなんかしない。
「ねえフェンネルさん」
「なぁに? 」
「フェンネルさん達が最近私に結婚を勧めてくるのはわかってるんだけどね」
「うん? 」
芽依から振られる話題だと思っていなかったフェンネルは少しだけ目を見開く。
両手に抱えた花を抱きしめる芽依が眩しいくらいに笑った。
「それで距離が出来るのは嫌なの。私は今が好き。メディさんがいて、フェンネルさんやハス君が全力で私を大切にしてくれる今を離したくないの。大好きだから、フェンネルさん達にも同じだけの大好きを返したい。誰か一人を大切にして誰かと遠くなる距離間が出来るなら、私は今のままがいい………………だから、私がいるだけで幸せなんて言わないで。私は隣にいて触れ合って笑いあいたい。同じだけの温度で一緒に居たいんだよ」
「…………………………もう、わがまま」
小さく掠れた声が芽依の耳に届く。
困ったような、でもそれ以上に幸せを噛み締めるように。
「…………伴侶の存在は重いから、もしかしたら今みたいに出来なくなるかもしれないってハス君とも話してたんだ。辛くて、胸が張り裂けそうだったけど、メイちゃんの安全と幸せが優先だから」
「だから、不安を隠して笑ってたの? 」
「メイちゃんが幸せになるなら、それで納得もしてたんだ」
あの2人でイチャイチャしている様子を見て嬉しくなったのも嘘じゃない。
婚姻は大切な事で、芽依を大切にしているメディトークが相手なら、これ程心強いことは無い。
ハストゥーレも同じ意見だった。
だけど、何処かシクシクと泣くような痛みを胸に抱えていたのも事実であって。
そんな不安を暴露させらたフェンネルは、芽依の持つ花束に顔を埋めて小さく呻いた。
「………………馬鹿だなぁ、もっと早く言ってよ。ハス君もだけど、フェンネルさんは本当に不安を話してくれないんだから」
花から出ている頭に自分の頭を擦り付けて言うと、少しだけ泣いたフェンネルが芽依に擦り寄る。
素直なフェンネルさん可愛い、と小さく笑うと花束ごと抱きしめた。
それからハストゥーレも捕まえてメディトークの前まで来た芽依は、あっさりフェンネル達の不安を暴露した。
目を見開く人型のメディトークは、一言「馬鹿野郎……」と呟き2人を抱き締める。
「たとえ俺たちが伴侶になったとしても、今の関係性は変わらねぇ。家族としての形は何一つ変わらねぇだろうが。相変わらずなんも言わねぇヤツらだな、お前らは。変な不安を抱えて気を使ってんじゃねぇよ。心配ならなんでも言え。それだけの信頼は積み上げた筈だぞ?」
「…………うん」
「ごめんなさい」
全員が望んだ時、その感情に愛や恋が有るのだろうか。
それは分からないけれど、一つだけ言えることは皆愛してる。その気持ちが変わることは一生ないだろう。
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