美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

文字の大きさ
上 下
310 / 588

唄い鳥の妊娠

しおりを挟む

 芽依が張り切ってパンを焼いていた頃、アリステアの執務室には顔を歪ませている人が多数いた。
 誰もがメディトークとフェンネルからもたらされた話に頭を抱える。

「………………まだこの暑さの原因も判明していないというのに……なぜこうも次から次へと」

「また頭の痛くなる話ですね」

『実際に見てねぇから確信はねぇぞ』

「伯爵を直接見てない僕はその時の様子は分からないけど、伯爵夫人の様子を見る限り可能性はあるんじゃないかなぁ」

「あそこはまだ子供が小さかった筈だろう」

「ファランカンもですが、人間は何を考えているのか私にはわかりませんわ」

「…………ブランシェット、あれと我々を同じにしないでくれ……なによりファランカンの雌か……」

 はぁぁ……と息を吐き出すアリステアを全員が見た。
 
 唄い鳥は貴族に好まれる。静かで草食故の体臭の無さ。 
 美しい見た目の雄は、雌の為に透明な声で恋の歌を歌う。
 繁殖を第一に考えるファランカンは子を宿し、産み育てることしか考えない。
 無気力で流されやすい鳥だ。
 その特徴故に、良からぬ事が起きる。

 美しいのは雄だけで、雌は小さくみすぼらしい。
 雌を誘うためにあるファランカンの特技、一目見て吸い込まれるような感覚は人間にも共通していて雄を囲う貴族が沢山いる。
 しかし、雌は人気がない。
 だが番として両方を買う場合もある。子を作らせて育てる為だ。ブリーダーもいて、立派な仕事として成り立っている。

 この時注意しなくてはいけないのは、雌の瞳である。
 子孫繁栄、子宝に恵まれるファランカンの雌は、自分と相性の良い雄を探す。
 体が、能力か、遺伝子か。詳しくは分からないが雌なりの判定があるのだ。
 その判定にクリアして、はれて番となる。
 その番を見つける為の愛の歌が響いた時、人間の男と目を合わせてはいけない。なぜなら。

「………………やっぱ、番認定されてるかなぁ」

 これがファランカンを2匹買う場合の注意点なのだ。
 雌も、雄が居なければ人畜無害である。
 人間を見つめても問題はない。
 だが、雄が居て愛の歌を歌うと雌は繁殖の為に番を探す。
 周囲を見渡し、雄を見つけた雌は番となる。複数いたら、雌の判断により番を決めるのだ。
 そこで、本来ならあるはずの無い人間がいる時、より優秀な男を選ぶ為人間が選ばれる時があるのだ。
 繁殖の相手として、番として。
 子を産むことに特化しているファランカンの雌の判定を人間の男が回避するのは極めて難しい。
 みすぼらしい女が、判定された瞬間美女に見えるのだ。
 姿は人と変わらず、鳥と言われても納得出来ない程好みの美しさに変わる。

 そして、実際に体を重ねて子を作る行為をするのだ。
 相手は美しく見えても知能の低い鳥の幻獣である。無気力で流されやすいが為に、雌はその行為から嫌がる事も逃げる事もない。
 だからこそ、家族は忌み嫌い、唄い鳥を醜い穢らわしいと蔑むようになるが、それでも番にされた人間は離れられないのだ。

「………………メイちゃんになんて言おう」

 いやだぁぁぁぁ……と呟くフェンネル。
 もし。この最悪の過程が現実だったら厄介な事になる。
 間違っても子を産ませる訳にはいかないのだ。
 これが本当なら芽依の家族達に協力依頼がされるだろう。
 わかっているからこそ、フェンネルは嫌そうに顔を歪める。
 ファランカン同志の妊娠出産にはなんの問題もない。
 人間だからこそ、問題なのだ。

「………………はぁ、醜いなぁ。無闇に欲を出さないで雌を飼ったりしなければ良かったのに」

「……どちらにしても至急確認をしよう。時間が掛かり子を産ますわけにはいかない」

 アリステアはすぐにカトラージャ伯へ訪問の取り次ぎをすると言い、シャルドネが頷き部屋を出ていった。
 椅子の背もたれに寄りかかり窓から外を見るフェンネルだが、大好きな主人の姿はやはりそこには居なく、目を瞑ってため息を吐いた。


「なんでよりにもよって人間なのかなぁ……妖精や精霊だったら問題ないのに」







「えー! なにそれ!! お菓子?? 」

「パンだよ、惣菜パン」

「……これ、パン? なんか乗ってるけど……」

「美味しいから食べてみて!」

「うん……フォークとナイフとお皿持ってくるね」

「あ!! 待って! これは手掴みでガブっ!とするの」

「…………がぶ」

 何だか疲れた様子で帰ってきた2人に芽依は焼きたての惣菜パンを渡した。
 袋詰めされてはいるが、ハストゥーレによって出来たてで時間が止まっている。
 渡されたコーンマヨを見つめるフェンネルの隣でゴボウサラダが入った惣菜パンを1口で食べたメディトークが、焼きたてのパンが並ぶテーブルを見た。

『かなり種類があるな』

「美味しかった? 」

『ああ、美味い』

「メイちゃん!! 美味しい!! 」

 次のパンを物色するメディトークにホッとすると、1口食べたフェンネルが目をキラキラさせて芽依を見る。
 指についたコーンマヨを行儀悪く舐めとるフェンネルにおしぼりを渡そうとすると、首を傾げた。

「拭いて? 」

「甘えたー……やぶさかではないよ、うん」

 可愛くお強請りなフェンネルに仕方ないなぁ……とまんざらじゃない表情で拭く。
 ハストゥーレは、メディトークの2個目をオススメ中。私が作りました、 と可愛らしく言うハストゥーレの頭を撫でて、また1口で食べていた。

「………………うん、元気出た。流石メイちゃん」

「んん? やっぱりなんかあった? 」

「うーん……ちょっとねぇ。まだ確認段階だから確信が取れたらメイちゃんも動かないといけないかも」

「え……なに、怖いんだけど」

『大丈夫だ。お前は俺らの傍に居ればいいだけだから心配すんな』

 そう言って笑う2人だが、ハストゥーレの丸い目はメディトークとフェンネルをちらりと見ていた。
 その視線に気付きながらわざと反応しないメディトークとフェンネルは、夜に芽依が領主館に帰った後3人で会議をする事になる。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

姉妹の中で私だけが平凡で、親から好かれていませんでした

四季
恋愛
四姉妹の上から二番目として生まれたアルノレアは、平凡で、親から好かれていなくて……。

処理中です...