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唄い鳥の妊娠
しおりを挟む芽依が張り切ってパンを焼いていた頃、アリステアの執務室には顔を歪ませている人が多数いた。
誰もがメディトークとフェンネルからもたらされた話に頭を抱える。
「………………まだこの暑さの原因も判明していないというのに……なぜこうも次から次へと」
「また頭の痛くなる話ですね」
『実際に見てねぇから確信はねぇぞ』
「伯爵を直接見てない僕はその時の様子は分からないけど、伯爵夫人の様子を見る限り可能性はあるんじゃないかなぁ」
「あそこはまだ子供が小さかった筈だろう」
「ファランカンもですが、人間は何を考えているのか私にはわかりませんわ」
「…………ブランシェット、あれと我々を同じにしないでくれ……なによりファランカンの雌か……」
はぁぁ……と息を吐き出すアリステアを全員が見た。
唄い鳥は貴族に好まれる。静かで草食故の体臭の無さ。
美しい見た目の雄は、雌の為に透明な声で恋の歌を歌う。
繁殖を第一に考えるファランカンは子を宿し、産み育てることしか考えない。
無気力で流されやすい鳥だ。
その特徴故に、良からぬ事が起きる。
美しいのは雄だけで、雌は小さくみすぼらしい。
雌を誘うためにあるファランカンの特技、一目見て吸い込まれるような感覚は人間にも共通していて雄を囲う貴族が沢山いる。
しかし、雌は人気がない。
だが番として両方を買う場合もある。子を作らせて育てる為だ。ブリーダーもいて、立派な仕事として成り立っている。
この時注意しなくてはいけないのは、雌の瞳である。
子孫繁栄、子宝に恵まれるファランカンの雌は、自分と相性の良い雄を探す。
体が、能力か、遺伝子か。詳しくは分からないが雌なりの判定があるのだ。
その判定にクリアして、はれて番となる。
その番を見つける為の愛の歌が響いた時、人間の男と目を合わせてはいけない。なぜなら。
「………………やっぱ、番認定されてるかなぁ」
これがファランカンを2匹買う場合の注意点なのだ。
雌も、雄が居なければ人畜無害である。
人間を見つめても問題はない。
だが、雄が居て愛の歌を歌うと雌は繁殖の為に番を探す。
周囲を見渡し、雄を見つけた雌は番となる。複数いたら、雌の判断により番を決めるのだ。
そこで、本来ならあるはずの無い人間がいる時、より優秀な男を選ぶ為人間が選ばれる時があるのだ。
繁殖の相手として、番として。
子を産むことに特化しているファランカンの雌の判定を人間の男が回避するのは極めて難しい。
みすぼらしい女が、判定された瞬間美女に見えるのだ。
姿は人と変わらず、鳥と言われても納得出来ない程好みの美しさに変わる。
そして、実際に体を重ねて子を作る行為をするのだ。
相手は美しく見えても知能の低い鳥の幻獣である。無気力で流されやすいが為に、雌はその行為から嫌がる事も逃げる事もない。
だからこそ、家族は忌み嫌い、唄い鳥を醜い穢らわしいと蔑むようになるが、それでも番にされた人間は離れられないのだ。
「………………メイちゃんになんて言おう」
いやだぁぁぁぁ……と呟くフェンネル。
もし。この最悪の過程が現実だったら厄介な事になる。
間違っても子を産ませる訳にはいかないのだ。
これが本当なら芽依の家族達に協力依頼がされるだろう。
わかっているからこそ、フェンネルは嫌そうに顔を歪める。
ファランカン同志の妊娠出産にはなんの問題もない。
人間だからこそ、問題なのだ。
「………………はぁ、醜いなぁ。無闇に欲を出さないで雌を飼ったりしなければ良かったのに」
「……どちらにしても至急確認をしよう。時間が掛かり子を産ますわけにはいかない」
アリステアはすぐにカトラージャ伯へ訪問の取り次ぎをすると言い、シャルドネが頷き部屋を出ていった。
椅子の背もたれに寄りかかり窓から外を見るフェンネルだが、大好きな主人の姿はやはりそこには居なく、目を瞑ってため息を吐いた。
「なんでよりにもよって人間なのかなぁ……妖精や精霊だったら問題ないのに」
「えー! なにそれ!! お菓子?? 」
「パンだよ、惣菜パン」
「……これ、パン? なんか乗ってるけど……」
「美味しいから食べてみて!」
「うん……フォークとナイフとお皿持ってくるね」
「あ!! 待って! これは手掴みでガブっ!とするの」
「…………がぶ」
何だか疲れた様子で帰ってきた2人に芽依は焼きたての惣菜パンを渡した。
袋詰めされてはいるが、ハストゥーレによって出来たてで時間が止まっている。
渡されたコーンマヨを見つめるフェンネルの隣でゴボウサラダが入った惣菜パンを1口で食べたメディトークが、焼きたてのパンが並ぶテーブルを見た。
『かなり種類があるな』
「美味しかった? 」
『ああ、美味い』
「メイちゃん!! 美味しい!! 」
次のパンを物色するメディトークにホッとすると、1口食べたフェンネルが目をキラキラさせて芽依を見る。
指についたコーンマヨを行儀悪く舐めとるフェンネルにおしぼりを渡そうとすると、首を傾げた。
「拭いて? 」
「甘えたー……やぶさかではないよ、うん」
可愛くお強請りなフェンネルに仕方ないなぁ……とまんざらじゃない表情で拭く。
ハストゥーレは、メディトークの2個目をオススメ中。私が作りました、 と可愛らしく言うハストゥーレの頭を撫でて、また1口で食べていた。
「………………うん、元気出た。流石メイちゃん」
「んん? やっぱりなんかあった? 」
「うーん……ちょっとねぇ。まだ確認段階だから確信が取れたらメイちゃんも動かないといけないかも」
「え……なに、怖いんだけど」
『大丈夫だ。お前は俺らの傍に居ればいいだけだから心配すんな』
そう言って笑う2人だが、ハストゥーレの丸い目はメディトークとフェンネルをちらりと見ていた。
その視線に気付きながらわざと反応しないメディトークとフェンネルは、夜に芽依が領主館に帰った後3人で会議をする事になる。
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