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チーズまんの脅威
しおりを挟む本日はカテリーデンに参加の日。
庭の復旧や、米もある程度落ち着いてきたので、以前のように販売に力を入れようと朝から厨房に立っている。
勿論芽依が作れるのは肉まんシリーズのみだが、その種類は豊富だ。
メディトークのように量産出来ない為、毎日少しずつ数を増やしている。
なによりハストゥーレの好物なのだ。芽依が作らないわけが無い。
「さて、どうしようかな」
いつも作る肉まんとあんまん。
気分によってピザまんや角煮まん等も作るが、角煮まんはメディトークが角煮を作ってくれている時のみである。
それをアレンジして角煮まんにしているのだ。
何故肉まん系の時だけは調理道具や他を壊さずに出来るのかメディトークは首を捻っている。
以前大量に作った時は、シュミットの対価でごっそり持っていかれたので、ハストゥーレの口には入っていないのだ。
新しい味を作ろうかと悩む芽依。
「……ハス君が好きなのがいいよね。豚まんとかは……肉まんあるからなぁ。どうしようかな」
厨房の窓から外を見ると、メディトークが何かの籠を持ちフェンネルとハストゥーレに話しかけている。
2人は並んでメディトークと話をしていて、口を開けたようだ。
籠から出した丸いものをメディトークによって口に入れてもらった2人は、汚れている手をパタパタとさせて笑みを浮かべている。
「あ……あれ、チーズボールだ」
あのチーズでコーティングされた小さなボールの中には濃厚ミルクが入っていて、割るとミルクがジュワッと出てくる。
パリパリ食感のチーズがミルクに溶けてなんとも言えない美味さが広がるのだ。
メディトークによる更に改良されたチーズボールに足をパタパタさせるフェンネル。
さすが牛乳プリン好き、ミルクに弱い。
「んふふ。チーズたっぷりチーズまんにしよっ!! 」
パタパタと厨房から出て乳製品の工場に向かう。
乳製品専用の棚や冷蔵庫がずらりと並んでいる工場内にある巨大な部屋に入った芽依は、数種類に増えたチーズを腕を組んで眺める。
チーズに詳しい訳では無い芽依だが、ブレンドして美味しいチーズはそれなりに分かる。
肉まんにもチーズを入れる時があり、それ用に調べたからだ。
よく伸びるトロトロチーズがいい。
熱々の生地の中でじんわり溶けて食べる時に伸びるチーズ。
なにそれ、美味そう。
にんまりと笑った芽依は、ご機嫌にチーズを4種類選び、それを抱えて厨房に向かった。
今日のカテリーデンは午後からだから、軽食にいいなぁ……と思いながら。
「これそっちに置いてくれるかな」
「はい」
ワインをハストゥーレに渡すと、にこやかに笑いテーブルに並べてくれる。
野菜は売れないが、他の種類は豊富にあって1つ分のベースでは足りないから今はふたつ場所を借りて長テーブルを繋げている。
以前は置けなかったのも今では余裕を持って置けるから落ちる心配もない。
「メイちゃん、おにぎり! 」
パックに入っているおにぎりは、以前販売したのと同じのだ。
それを今回はカテリーデンでも販売する為30個限定でテーブルに並んでいる。
本日の自動販売機にも同じく並んでいて飛ぶように売れているので、箱庭の自動販売機を見る度にニヤニヤしている。
そろそろ2台目の自動販売機を購入しようか検討中だ。
ずらりと並ぶ商品。
相変わらず目敏いおばさんが先陣切って買い物をして、声高々に周りに商品を知らせている。
なんて素晴らしい客引きだ。
おにぎりは飛ぶように売れていき、30食も販売開始30分には残り5個である。
販売の波に乗ったドライフルーツもゆっくりではあるが売れ行きは良好だ。
疫病が流行る中、何故か安全安心と思われている芽依の商品はなんの疑問も無く売れていったのだった。
「あ、ハス君お腹すかない?」
「あ……少し空いています」
カテリーデンの販売時間は2時間。
今回は午後からの開始とはいえ、3時からだったので、少し空腹になってきた頃だろう。
恥らい赤らめた頬で言うハストゥーレに、よしよしと頷いた芽依は、箱庭からホコホコに温まった出来たてのチーズまんを出した。
「はい、おやつ」
「!ご主人様の肉まん……」
目をトロンとして笑うハストゥーレにクスリと笑って手渡す。
熱いチーズまんがハストゥーレの手をじんわりと温めていく。
そのじんわりも、次第に熱さを増していき、あつ……と小声を出す。
「い…………いただきます」
お客様対応中のフェンネルがちらりとハストゥーレを見て、卵がなくなり補充中のメディトークも振り返った。
「あ………あっつ……はふ…………んー!! 」
齧り付くハストゥーレ。
その熱さに、はふ……と息を吐き出しながら、口を離すと、にょーん!と伸びるチーズに目を丸くする。
「ん!……んん? んーー?! 」
伸びるチーズは中々切れなく、はふはふ……と口を開けながらチーズを舌で巻き取る。
なかなか切れずにょーんとまた伸びて、へにゃりと眉を下げたハストゥーレはチーズと格闘中である。
そんな困惑と、チーズの旨みでほにゃりと笑ったりと忙しいハストゥーレは必死で、自分のご主人様が口を手で覆いプルプルしている事に気付いていない。
口いっぱいに頬張って頑張る可愛さは無敵……とハストゥーレの尊さにワナワナと震えながら、メディトークのツルピカ黒光りボディに体当たりしたのだった。
『何食わせたんだ? 』
「チーズまん……4種類のチーズをブレンドして蒸したの。あれ、マジ最強過ぎない? ハス君可愛すぎるんだけど」
今も必死のハストゥーレは、焦りながらも美味しいチーズまんを満喫している。かなり気に入ったようだ。
「え……美味しそう……メイちゃん僕も! 」
しがみつく芽依の腕を掴んでチーズまんを指差す。こちらも可愛らしい花雪に、芽依は勿論だとも! とチーズまんを差し出した。
「ん!! …………んん……」
可愛らしいハストゥーレとは違い、こちらは何故か艶めかしい。
とても艶っぽく伸びるチーズに指先を触れて何とか口に含んでいる。
「ん…………おいひい……どうしよう、溢れて……」
「よーし、1回落ち着こう! 」
チーズまんを持つ手にも熱々のチーズが流れて手を汚している。
手に触れるチーズは、即座に冷やされ火傷はしていなく、程よい温かさを保っているようだ。
チーズのようにトロン……と目を蕩けさせるフェンネルが芽依を見ると、一目散にフェンネルをメディトークの腹部の中に避難させた。
このままは、目に毒過ぎる。
一緒に入ってチーズまん攻略の手助けをしているのだが、この2人の滅多に見ない姿に客達はジリジリと近付いてくる。
チーズまんも気になるが、2人に目が釘付けなのだろう。
『…………カテリーデンでそんなの食わすな』
「だってー! ハス君肉まん系好きだから、更なる好きを探求したくてー! 今日作ったから食べて欲しかったのー。ちょうどおやつに良いかと思って」
そんな芽依に、ハストゥーレは自分の為に……? と頬を染めている。
「そ……それ、買えるの? 」
『非売品だ』
「そんなぁ……」
2人の食べる姿を見てゴクリ……と見ていた客達の落胆は凄まじい。
そんな中でもブレない2人が現れる。
「………………お姉さん……ずるいよ」
「少年! さあ……さあ、こっちに……ね? 良い子だからおいで……」
テーブル越しに現れたニアの手を握りしめておいでおいでする。
可愛らしいニアがチーズまんを食べる。
何それ、可愛いしかない。
すぐさまブース内に連れ込んだニアにチーズまんを渡してメディトークの腹部に収納する。
フェンネルと並んで可愛くにょーんとしていて、鼻血確認。
なにこれ。可愛い。なにこれ。
「くっ…………」
「とりあえず、6つ」
「非売品で…………あ、はい」
2人の可愛さに鼻を押さえていると、急に掛かる甘やかな声に反応して顔を上げる。
非売品だと謝る為に相手を見た瞬間、深く暗い青の髪が揺れて目を奪われた。
「肉まん系、好きですねぇシュミットさん」
「…………まぁな」
「カテリーデンにも来るんですね」
「ああ……お前の商品は相変わらず品質がいいな」
長テーブルにズラリと並ぶ商品を顎に手を当てて眺めているシュミットに、急いでチーズまんを食べたフェンネルが出てきて芽依を庇うように立つ。
「君、なんでそんなに出没するのさ」
「俺の勝手だろう? 」
「メイちゃんに近付かないでよね」
「メイちゃん……ね」
ちらりと芽依を見るシュミットに、にへら……と笑い返す。
フェンネルが芽依を名前で呼ぶ事に反応しているのだ。
移民の民を名前で呼ぶのは好意からだ。
フェンネルだけでなく、セルジオもシャルドネもここに居るメディトークも芽依を名前で呼ぶ。
そんなに惹き付けるのか……と楽しそうに口端を持ち上げた。
移民の民とは思えない好意の寄せられ方。
他にいる移民の民の伴侶であるメロディアが好意を寄せ名前で呼ぶ事も今までにない事だ。
「商談だ」
「商談? 」
「コーヒーの定期購入をするか? 欲しいなら用意するが」
「なんと!! シュミットさんが用意してくれるとか美味しい以外にない!! 」
「どうだ? 」
「いります!! 」
「メイちゃん?! 」
急に始まった商談に飛び付く芽依に、フェンネルは勿論メディトークもハストゥーレも驚くと、シュミットはニヤリと笑う。
「対価は、わかってるな? 」
「んふふ、本当に肉まん好きですねぇ」
箱庭から取り出したのはいつかのお重。
そこにはチーズまんを含んだ沢山の肉まんやあんまんが入っている。
明らかに高位の精霊の出現に客達が静まり返り一切言葉を発しない異様な空間の中、シュミットは場違いな高級のスリーピースのポケットに指を掛けて満足そうに笑みを浮かべる。
コツ……と革靴を鳴らして1歩近づき、お重を受け取ったあと、ワインやチーズを購入した。
帽子を直し、悪戯な笑みを浮かべたシュミットは受け取った時にくしゃりと芽依の頭を撫でてから、またな、と手を軽く振って離れていったのだった。
『…………後で説教』
「え?! 」
まさかの説教案件が増えて、驚き振り返った時には仕事に戻ったメディトークがいるだけだった。
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