292 / 588
害獣 ガウステラ 2
しおりを挟むガウステラの被害はかなりのものだった。
侵入された部屋はカーテンや壁紙に家具、服や靴、装飾品。
仕事に必要な道具や書類にいたるまで齧り跡を沢山つけていてアリステア達は頭を抱えながら害獣駆除に奔走していた。
「アリステア! すぐに大広間に! 」
「セルジオ? メイも……どうしたんだ? 」
「一掃してから巣を探す」
「どうやって? …………まさか」
アリステア、そしてその場に居る領主館に滞在している職員や、泊まり込みで仕事をしていた社畜が一斉に芽依を見た。
……………………ですよね!!
「安全は確保する。大丈夫だ」
「その大丈夫の信頼度は如何程?! 」
ひぃん! と叫びながら言うと、丁度追いかけてきたシャノンが息を上げながら追いついてきた。
「ま……待ちなさいってばぁ……」
「シャノンさん!! 」
シャノン。
彼の姿は男性だが、柔らかな女性らしい言葉使いでフェンネルの奴隷紋を付けたあの方だ。
髭ズラのがっしりした体型で、動作もしっかりと男性なのだが、何故か言葉使いだけが淑やかだ。
壁に片手をつき息を吐き出したシャノンはセルジオを見る。
「遅い」
「随分な言い草ね?! 」
眉を跳ね上げて言うシャノンにふいっと顔を逸らしたセルジオはアリステアを見る。
「こいつを撒き餌に集めて一気に叩く。それから巣を探すぞ…………部屋の状態も見なくてはいけないな」
巣の場所は汚部屋がある場所だ。
ギリ……と手を握りしめて言うセルジオに全員が神妙に頷くが、芽依だけは撒き餌……と呟いていた。
大広間に来た芽依達は、シャルドネとシャノン2人がかりで一人で立つ芽依の周りに複雑な魔法陣を書く。
それを見ながら芽依はブツブツと呪いのような言葉を吐いていた。
「……なんで撒き餌……汚部屋にした人がやればいいのに。私関係ない、許すまじ……」
「メイさん……」
気遣わしげに芽依を見上げるシャルドネに視線を合わせる。
ぐっ……と眉を寄せると、部屋に続々と領主館にいる人たちが集まってきた。
そこには、あの新年の挨拶で初めて見た新しい移民の民もいる。
どうやら、外から移住したての人外者が呼び寄せた為、まだ居住区がなく芽依のように領主館に住んでいたようだ。
芽依の部屋から離れている為今まで知らたかった。挨拶もしていなかったからだ。
「…………いるじゃん、移民の民。私じゃなくてもいいじゃん」
「ほらほら、すぐ終わるから。ね? 」
「メディさんもいないのにぃぃぃ」
「だれか保護者呼んできてー」
シャノンがやる気無さそうに呟くと、よく見る3人が顔を見合せていた。
初めてギルベルトが来た時に芽依を片付け要因として引っ張ってきた3人だ。
アリステアから芽依の扉を通る許可を貰い、3人は駆け出していった。
「メディさーん。黒くつやつやの背中に乗りたいよぅ」
「はいはい、終わったらいくらでも乗りなさい」
「お酒飲みたい」
「終わったらね」
「ハス君撫で回したい」
「あの子は喜びそうね」
「モチモチのフェンネルさん噛んでもいいと思う? 」
「………………噛んでるのね」
「久しぶりにシャルドネさんもあむあむしたい」
「ふふ……では、夜にでもお部屋に伺いますね」
「えぇ、あんた達何してるのよ」
芽依の軽口に付き合うシャノンは、呆れながら芽依を見た。
「…………さ、いいわよ」
綺麗に書かれた魔術の陣は芽依を中心に広く書かれている。
半分をシャノンが、半分をシャルドネが書いていて、不可侵と範囲の魔術が施されている。
不可侵はシャルドネが、そして範囲の魔術はシャノンが。
奴隷紋は、その人物自体を範囲魔術で囲み主人と紐付けして奴隷紋を体に浸透させる。
普通の魔術よりも人を縛り付けるので、その魔術は繊細でいて強く、様々な制約を刻み付けている。
殊更、領主館で働く奴隷紋専属の職員は魔術に長けていて、その扱いが細やかだ。
相手を支配する魔術の為、守る事を支配する範囲を組むのはシャノンの十八番である。
「…………ガウステラなら、一匹すらあんたに触れさせたりしないから心配しなくていいわよ」
ふわりと頭を撫でたシャノンは心配そうなシャルドネと共に魔法陣から離れていく。
芽依はそんな二人を見送った後、アリステアとセルジオを見ると頷かれた。
「………………いきます」
芽依はため息を吐いた。
芽依自体が何かする訳では無い。
ただ、いつも顔半分を隠しているベールを外すだけ。
この世界で香りを垂れ流す芽依が寝る時すら外してはいけないベールを、最近やっと髪型のお陰で庭にいる時以外、外してはいけないベールを外すだけだ。
頭の周りでぐるりと止まっているベール、魔術によって外す意図がないと外れないようになっているそれに手を伸ばす。
様々な形の匂い消しがあるが、セルジオによって用意されている美しく刺繍されたベールをゆっくりと外した。
「………………」
普段顔を晒さない芽依の顔が、少人数とはいえ全員に晒された。
困ったように緩く眉尻を下げた芽依は顔を上げると、初めて見る芽依の顔を息を飲む人達が芽依を凝視している。
「…………そういえば」
この場にいる人達の中で芽依の顔を見た事があるのはアリステアとセルジオのみだ。
目を見開き凝視するシャルドネと目が合ってにこやかに笑うと、蕩けるような優しい笑みが返ってくる。
どうやら芽依の童顔な容姿は、シャルドネに好評だったらしい。
「あらまぁ……人外者の好きそうな顔をしてるわね」
「…………とても可愛らしいお顔です。それに……香りに酔いそうですね」
他にもいる人外者たちは生唾を飲み込み芽依を見ていると、呼ばれていた保護者が家族を連れて現れた。
サラサラと揺れる髪をそのままにベールを外した芽依を凶悪な顔で見ている。
「…………メイちゃん」
「ご主人様……」
『随分と、酷ぇ事をするじゃねーか』
「仕方ない、ガウステラが増殖してる」
小さな舌打ちを鳴らした時、ダカダカと大量の足音がなった。
ガウステラが芽依の香に惹かれて走ってきているのだ。
隠れていたのだろう、その足音は10や20ではなさそうだ。
「メ……メディさん……」
不安そうにメディトークを見る芽依をメディトークはジッと見ている。
『……大丈夫だ、すぐにそっちに行く』
魔術陣を見て、問題ないと理解してから芽依を見つめるメディトーク。
それはフェンネルとハストゥーレもだ。
心配そうに眉をしかめて、でも大丈夫だとわかっているから動きはしない。
ただ、芽依の不安が伝わりフェンネルの表情は険しいが。
「あっ……フェンネルさん……」
「大丈夫だから、メイちゃんはそこから出ては駄目だよ」
「…………うん」
少し心臓に痛みがあるのだろう。
芽依に安心させるように笑ったフェンネルに素直に頷いた。
「………………早く来い」
セルジオがゆっくりと地面に魔術を浸透させていく。
それはなんの魔術か芽依にはわからないが、それを見たアリステアが別の魔術を展開させていた。
そのスピードは凄まじく早く、一瞬で部屋全体を覆う。
そして、大広間に1つだけの扉から、丸くフワフワした色とりどりのガウステラが一斉に入ってきて芽依に向かい群がってきた。
芽依の周りにある不可侵の範囲魔術により芽依へ近付く事が出来ないガウステラは、きゅーきゅーと悲しそうに泣き、つぶらな瞳が芽依を見る。
潤んでいる目に震える体はとても可愛らしいのだが、忘れてはならない。
このガウステラは、芽依を食べに来ているのだ。
大広間の半分以上をガウステラがギチギチに覆った時、セルジオは一気にガウステラを焼き払った。
部屋はアリステアの魔術により保護されていて無事で、領主館にいるガウステラはこんなに簡単一掃されたのだ。
勿論、芽依が居る事と、芽依を守る為の強い範囲魔術と不可侵の魔術を他人同士で美しく綻びなく練り合わせ、ガウステラを一掃する程の高火力範囲魔術を使ったからこそではあるのだが。
あまりにも呆気なく終わった事に芽依はパチクリと瞬きをしたが、普通だったら数日かけての討伐になる事を後程聞いて芽依は驚愕する事になる。
『メイ』
ノシノシと魔術陣を踏んで近付いてくるメディトークに両手を伸ばすと、足を絡めて抱き締めてくれた。
「…………メディさーん……唐揚げ食べたい」
『まったく……好きなだけ作ってやる』
「僕、心労が……牛乳プリンがいい」
『お前な……』
「………………」
「ハス君? 」
「あの………………肉まんが食べたいです」
「いくらでも作るよ!! 」
抱きついたまま笑って言う芽依に嬉しそうに笑うハストゥーレ。
寝起きなのだろう、家族達は寝間着姿だ。
可愛らしい……と頷く芽依は、隣に来たフェンネルの頭を撫でて髪を梳いてあげる。
その手に擦り付くように顔を寄せるフェンネルに笑みを浮かべる。
「フェンネルさん、大丈夫? 痛い? 」
「ん、もう平気」
「そう……ごめんね」
「怖かったんでしょ? メイちゃんが謝ることなんて1つもないよ」
目を開けて芽依を見るフェンネルは笑っている。 美しい花雪。
そんな花雪は体の位置を変えて芽依を隠した。
まだ香りが垂れ流している芽依を周りの人外者が見ているからだ。
可愛らしい顔すらも晒している。
『見んじゃねぇ』
威嚇するように周りを見るメディトーク。
その間に、ハストゥーレは芽依が持っているベールを頭に付けていた。
パチン……と耳元で音が鳴ると、ベールは正常に稼働する。
「………………うん、いいね」
ベールに引っかかっている髪を直して頷くフェンネルは、後で一緒にプリンを食べようねと可愛らしいお強請りをするから、たっぷり果物と生クリームを乗せたプリンアラモードも作ってあげると言うと、それはそれは嬉しそうに笑った。
芽依を見る人外者の眼差しが変わった。
普段見ない芽依の素顔と、香。
それを見て感じた人外者は、芽依を欲しがりコクリと喉を鳴らしている。
勿論、表立って芽依に手を出す人はいない。
しかし、今後はそうもいかないかもしれないと、メディトークは周りを見ながら思っていた。
ガウステラの巣はそれからしばらくして発見された。
どうやら新しく来た移民の民の女性は1部屋を自室として利用し、もう1部屋を借りて仕事部屋としていたようだ。
とても頭が良いのか書類整理を手伝っていて、その部屋は居住区ではなく外部も出入りするアリステアの仕事の領域の場所にある。
その仕事部屋の書類が部屋中に積み上げられていてまともに片付けがされていなかった。
仕事の書類は、元々自分で置いた場所を触られたくない性分らしく場所はしっかりと把握しているからと誰にも触らせなかったのだ。
書類が積み上げられた部屋はお世辞にも綺麗では無い。
その書類の奥に、ガウステラの巣が出来ていて小さなガウステラがモクモクと成長していた。
次々に出てきていたのだろう、室内は荒れに荒れていて大切な書類は食い荒らされている。
「…………嘘」
女性は頭を抱えていた。
ガウステラの存在を知らなかった女性は、今回の騒動が自分のせいだと微塵も思ってはいなかったのだ。
知らなかったとはいえ……とアリステアに頭を下げた女性に詳しい話をしつ厳重注意となった女性は、後日撒き餌となった芽依にも丁重に頭を下げに来ていたのだった。
74
お気に入りに追加
476
あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる