美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

文字の大きさ
上 下
286 / 588

対価の提供

しおりを挟む

 その日、何故か凄く作らないとと思った肉まん。
 何故かは分からないのだが、庭を箱庭任せで手入れした芽依はキッチンに立て篭もり無心で沢山の肉まんを作った。
 肉まん、あんまん、角煮マン、チョコマン……沢山包んで蒸していった。
 角煮はメディトークお手製だが、生地はものによって作り分けてふかふかの肉まんが完成した。
 よしよし……と頷いた芽依の頭に突如響く鈴の音にビクンと体を揺らした。

「………………あ、なるほど? 」

 この不思議なほどの肉まんを作らないといけない理由がなんとなくわかった。

「これは催促だ……………………わぁぁぁぁぁ!! 」

 いつもは部屋に戻り、就寝している間に落とされる芽依。
 だから出来た肉まんたちを全て箱庭に戻した後に落とされるなんて思ってもみなかった。
 急激に来た一瞬の浮遊感からの落下に芽依は悲鳴をあげたのだった。








「……………………ふん」

 地下にある部屋で置いてある沢山の物品。
 普段目にするものから希少なものまで様々な物が綺麗に整頓されている。
 新しく入荷した物を指先で遊びながら冷たい目でそれを見るシュミットはピクリと反応して上を見た。

「…………またか」

 ブワン……と空間が揺らぎシュミットは呆れるように真上を見た。
 そして棚に持っていた物を戻してから両手を出すと、どさりと芽依がそこに落ちる。
 カタカタと恐怖に震えた芽依は、じとりと見るシュミットを見上げて安心からか力を抜いた。

「シュミットさぁぁぁん…………落下こわぁぁぁ……しぬ」

 コテンとシュミットの胸に寄りかかる芽依を眉をひそめて見てから、部屋にあるソファにどさりと落とす。
 わっ! と声を上げて座った芽依は、腕を組み立つシュミットを見上げた。

「…………今度は昼か。お前はなんで俺の所に落ちてくるんだ」

「私もわからない……また鈴が聞こえました」

「だろうな」

 はぁぁぁぁぁ……と深く息を吐き出してから、芽依から離れテーブルに置いてあるコーヒーを1口飲む。
 苦味の強いコーヒーを好むシュミットは無表情で口をつけていると、芽依はポカンとその様子を見ていた。

「…………なんだ」

「コーヒー……」

「好きなのか? 」

「うん……こっちでは初めて見た」

 無言で飲みかけのコーヒーを差し出され、なんの疑問も違和感も無く受け取り口にする。

「っ! にっが!! えぇ?  シュミットさんこんな苦いの飲むの?! 」

「くっ……そうだな、甘ったるいのは飲まん」

「うえぇぇ……大人すぎる……」

「……飲むか? 豆も粉もあるぞ」

「飲むっ!! 」

 即決。
 芽依はキラキラどころかギラギラとした眼差しをシュミットに向けると、芽依からカップを取り簡易キッチンへと向かう。
 棚には様々な豆や粉がありシュミットもコーヒー好きかと頷くと、チラリと見たシュミットは沢山ある中から1つの瓶を取り出した。

「…………濃い味か、薄い味か。どんなのが好みだ」

「中間」

「中間、か」

 1度持った瓶を戻し、新しい袋を棚から取って丁寧に鋏で切る。
 7割程豆が入っていて、専用のミルに入れてゴリゴリと豆を挽くとふわりと香りが漂いだす。
 芽依は立ち上がりシュミットの隣に行くと、チラリと見られたが注意はされないようだ。

「豆からなんて、贅沢……」

「粉より美味いからな」

「間違いないですね」

 ゴリゴリしたシュミットは直ぐにコーヒーを落とし始める。
 ゆっくりポタポタと抽出していくコーヒーのいい香りが部屋中に広がり芽依は目を瞑って深呼吸するように吸い込む。

「………………いいなぁ、シュミットさんの家」

「居つくなよ」

 このなんともいえない居心地の良さに芽依はまったりとした気分で呟くが、シュミットの辛辣な言葉が返ってくる。
 初めて来た時から、この家の中のごちゃっとしているようで整頓されている部屋や、入り込んでしまった寝室の心地良さに心が奪われている。
 領主館の広く美しく整えられた室内も勿論いいのだが、人の気配がある暖かな雰囲気の室内がものすごく好きだ。
 1人ではゴミ屋敷にしてしまうが。

「…………ほら」

「わぁ、ありがとうございます」

 一応と置かれた砂糖やミルクに手を出さず、まずは1口。
 芳醇な香りを楽しみながら口にしたコーヒーは先程の苦味をかき消しまろやかな苦みと甘みを舌に感じさせる。
 ふくよかな味わいに目を瞑り、息を吐き出す満足そうな芽依を見たシュミットは、口にカップを当てながら笑った。

「美味いか」

「とても」

「これならブラックも飲めるだろう」

「飲めます。美味しい」

 ゆっくり大切そうに飲む芽依を簡易キッチンに残したまま別の棚からまったく同じコーヒー豆の袋を持ったシュミットはピタリと止まった。

「…………豆を持ち帰って自分で飲めるか? 」

「無理です」

「……………………まあ、そうだな」

 袋を戻したシュミットは別の瓶を取る。

「それの粉、いるか? 」

「いります!! 」

 瓶を振ってみせると、食い気味に返事を返した芽依に喉の奥で笑う。

「対価は? 」

「あっ……」

「忘れてたのか? 」

「………………いえ」

 呆れたように芽依を見るシュミットだったが、幸せそうにコーヒーを飲む芽依に息を吐き出した。
 今回で3回目、芽依が急にシュミットの家に訪れた回数。
 何故だろうか、普段だったら自分のテリトリーである自宅には絶対に足を踏み込ませないし、迷い込んだら殺すだろうシュミット。
 なのに、寝室にまで来ていた芽依を当然のようにもてなしている。
 普通に対応しているようで、シュミットは内心首を傾げていた。

「(…………なんなんだ、この移民の民は)」

 壁に寄りかかりコーヒーを飲むシュミットは箱庭を触りだした芽依を見る。
 沢山の物をしまい込んでいる箱庭。
 それを無理やりにでも出させる事もシュミットには簡単に出来るだろう。
 中には希少な物も多いと推測できる。でも。

「あ! これ……前の対価」

 ドン!! と置いたお重の蓋をカパッと開けて中を見せる。
 ホカホカの出来たて肉まんをニコニコしながらシュミットの元に持っていくと、眉を跳ね上げた。
 1つ手に取り半分に分けると、中から肉汁たっぷりの餡が入っていて口端が持ち上がる。
 香りを確かめた後、1口食べると小さく目を開き満足そうな顔をしている。

「美味しいですか? 」

「美味い」

「よかったー! あんまんもありますよ」

 ぺろりと食べた肉まん1つ。
 結構大きめだが、あんまんにも手を伸ばす。
 まったりとした胡麻餡の舌触りを楽しむシュミットを見つめる芽依。
 しっかりと練り込んで滑らかな胡麻餡の甘すぎない味はかなり好みだったようで、そちらも満足のいくものだったようだ。

「…………いいな、コーヒーの対価はこれの追加」

 お重をコツコツと指先で叩くと、芽依はニンマリと笑う。

「じゃん!!  今日の出来たてです!! 」

 さらに増えた種類に満足そうなシュミットは指先で芽依の頭を緩やかに撫でてから出された肉まん達を消し去った。

「上出来だ」

 作った沢山の肉まん達は一瞬で消えたのだが、その労力も微笑むシュミットの顔を見て、まぁいいかと納得した芽依も同じく微笑みを返したのだった。

 無理やりにでも箱庭から取り出すことは可能だろうが、自分に好意的で笑顔を絶やさず、時にミスをして慌てる芽依をシュミットは思った以上に気に入っているようだ。
 その場の感情だけで芽依の心と体を壊す事をやめたシュミットは、今後の芽依の使い道を考えて楽しそうに艶やかに笑った。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

処理中です...