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ミチルのお見舞い

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 今日は珍しく雪の降らない日だった。
 じんわりと温かさすら感じるほど気候は温暖。
 冬ではあるが、少し記事の薄い美しい刺繍の施されたサーモンピンクのワンピースを着てキャメル色のコートを着た芽依は、メディトークを見上げた。

「…………暖かいね?」

『そうだな』

 靴を履かないメディトークは、庭の土を踏みしめながら頷く。
 やはり、地面から熱が上がってきているのか、じんわりと暖かいのだ。
 それは芽依の庭だけでなくドラムスト全域どころか、その周辺の地域にすら広がっているようだ。
 今の所、何処が中心部でどこまでこの熱が広がっているのかはわかっていない。
 それをセルジオ達が今必死に探している。
 じんわりと温度が上がり、今は地面を触ってもまだそれ程変化はないが、いずれ芽依が受けた呪いのようになってもおかしくない状況だからだ。
 この熱が、衣服や靴すら焼くような高温になったら危険だ。

「あれ、メイちゃん行くんだよね? そろそろ時間じゃない? 」

「あれ? ゆっくりしすぎたかな」

 話しかけてきたフェンネルを振り返ると、ちょうど庭にぴぃぃぃんぽぉぉぉぉんと音が響いた。

「あ、来ちゃったね」

『乗れ』

「はぁい」

 芽依は少しかがんだメディトークの背に乗り一気に視界が上がる。
 そしてのしのしと庭の出口に向かっていった。


「こんにちは、ユキヒラさんメロディアさん」

「こんにちは」

「来たわよー」

 2人はにこやかに笑い、インターホンを聞いて駆けつけたハストゥーレも集合する。
 今日はユキヒラとメロディアと共にミチルのお見舞いに向かうのだ。

「だいぶ毒素は抜けてるようよ。卵を取り出した体の負荷も落ち着いたようだから、あとは体力の回復かしらね」

「良かった、一時はどうなるかと」

「心配だったよね」

 うんうん、と頷くユキヒラ、お馴染みの帽子型の匂い消しをしている。
 小さめのハットに赤いリボンがついているお洒落なものだ。
 茶色の帽子のリボンの近くには、同色のレースが帽子を飾っていた。
 可愛い帽子だな、とちらりと見てからハストゥーレを見る。
 ハストゥーレにも、今度帽子を買おうか、きっわ

 をと似合う。

「ご主人様? 」

「なんでもないよ」

 不自然に見つめすぎていたのか不思議そうに芽依を見るハストゥーレにデレッと顔を緩ませた。
 最近の芽依の大切な家族達の可愛さは突き抜けていると思う。

「さ、じゃあ行きましょう」

 メロディアに促されてミチルの家に向かう。 
 場所はガヤで、最近あちらによく行くなぁとしみじみ思ってしまう。





「…………なんか、随分暑くない?」

 転移して到着したガヤだったが、何故か異様な暑さだった。
 雪は一切積もってなく、外出している人達は薄いコートを羽織っているくらいである。
 そろそろ2月というまだ真冬な今でこの暖かさは異常だ。
 芽依は眉を下げて地面を見る。
 そして、素足な状態のメディトークを見ると、特に問題はないだ。苦悶な表情はない。


 ミチルとレニアスの家はガヤの街の中心部から然程離れていない場所にある青い屋根の家だった。
 庭などは無い周りの家と同じ家で建売だろうか、立派なご自宅のようだ。

「……はい」

 インターホンを押すと、だいぶ回復しているミチルが顔を出す。
 淡い青の薄いネグリジェで、ロングカーディガンを羽織って、ホワホワのスリッパを履いたミチルが芽依たちを見て笑った。

「久しぶりですミチルさん、お加減いかがですか」

「わざわざ家まで来てくれてありがとう。だいぶ回復してそろそろお仕事もしなくてはと思っていた所なの」

 どうぞ、と中に促されてゾロゾロとリビングへと向かうと、来客準備をしていたレニアスが顔を上げた。
 そして、以前よりも落ち着いた雰囲気のレニアスが笑う。
 ミチルが回復して落ち着いたのだろう。

「あ、いらっしゃい。遠くなのにありがとう」

「おじゃまします。レニアスさんミチルさんが回復してきて良かったね、心配してたもんね」

「うん……その節は本当にありがとう」

 ペコリと頭を下げたレニアス。
 初めて会った時の怯えが混ざりミチルを守らなくてはという気迫も、あの卵を植え付けられた時の動揺もない穏やかなレニアス。
 きっと、これが本来のレニアスの姿なのだろう。

「身体の毒は完全に抜けたのかしら」

「はい、時間は掛かりましたが抜けました。どうやら後遺症等もなく良かったです」

「それは良かったわ! 私もねちょっと心配だったのよ。寄生先に選ばれた体への負荷はかなりのものだと聞くから」

 別に、ユキヒラが心配してるからちょっと気になっただけよ!
 と、慌てて言い直したメロディアに小さく笑った芽依達移民の民3人。
 しかし、それを聞いたレニアスは目を見開いていた。
 基本的に他人の移民の民は良くて食料認定をしがちな人外者たち。
 そんなメロディアが心配したと言ってレニアスは驚いたのだ。
 思わずメディトークたちを見るが、こちらは通常と変わらない。
 だが、今感情豊かな芽依のそばに居る3人は、この一緒に過ごす中で多少なりとも他の移民の民にも目を向けるようになってきたのであまり違和感はない。

「………………なんか、皆変わりましたね」

「え? 」

「メロディアさんも、他人を気にけるようなイメージは無かったし、メディトークさんやフェンネル様達も……その、最初のイメージと違います」

 恐る恐る話すレニアス。
 相手は高位の人外者の為萎縮しながらもしっかり話をできている。
 彼も多少なりとも影響を受けているのだ。

「……まぁ、僕たちはご主人様の影響が大きいかなぁ。ね、ハス君」

「はい、素晴らしいご主人様ですから」

「あれ、なんでか私が褒められる流れに…」

 あれぇ? と首を傾げつつも、箱庭を出した芽依はスイスイと動かして中から大きなケースを取り出した。

「ミチルさん、これお土産……というかお見舞い品。良かったら食べて。お正月用に用意していたお節とこっちはおにぎり」

「「おにぎり?! お米?! 」」

 これに食いつく日本人。
 ドラムストではお米が流通していなく、芽依より早くにこちらの世界に来た2人は一切お米を口にしてはいないのだ。
 むしろ存在しているのすら知らなかった。
 極たまに、芽依が販売するお弁当に入っているが、2人は知らなかったようだ。

「他国の一部にお米を主食にしている場所があると聞いて、苗を取り寄せてみたよ」

 キラリと星が飛びそうないい笑顔でウィンクすると、2人はガバリと芽依に抱き着いた。

「ちょっ……」

「ご主人様っ!! 」

『……………………』

「ミチル……?! 」

「ユキヒラ……ちょっとそれはいくらメイでも許せないわ」

 人外者の驚きとムカムカにも気にせず2人は芽依に抱き着いてキャイキャイと飛び跳ねる。
 嬉しさが弾けすぎて、もう何を言っているのかすらわからない。

「苗を手に入れたので、お米作り放題になったから安心だよー! モリモリ作るからいっぱい食べて!! 」

「どうしよう、こんな嬉しいことはないわ!! 」

「信じられない!! 諦めたくなくても諦めるしかないと思っていた米がまた食べれるなんて!! 」

「ミチルさん用のお粥もあるよ」

「食べるぅぅ!! あぁ! 卵がゆぅぅぅ」

「頼む!! 苗を俺にも!! 」
 
「いいよー!! 」

 暖かな日差しが差し込む午後、ミチルのお見舞いに来た芽依たちは、思いがけないおにぎりの登場に困惑する人外者そっちのけでおにぎりパーティを始める。
 後に、アリステア達にもおにぎりを大量に作りピクニックに無理やり連れて行くメイなのだった。


「天国はここにあったんだわー!!! 」

 散々な目にあったミチルは、手に入れたおにぎりというお米の塊をまるで大切な宝物かのように掲げて喜びを爆発したのだった。
 



 
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