271 / 588
呼び出しの対価
しおりを挟む居ない筈の人物を強制的に呼び寄せるにはそれなりの対価とリスクが発生する。
なんの予兆もなく、願われる事もなく、強制的に引き寄せられるのは人外者にしてみれば十分な人災だ。
眠っていようが、入浴していようか、食事中だろうか、ちょっと人には言えない秘密な事をしていたとしても、強制的に呼ばれた場合は魔術の重なりから逃れられず呼び落とされる。
その呼び寄せられる人外者の位によっては、その命を差し出すだけでは足りない程の対価が発生するのだが、それを緩和する方法ももちろんある。
今回その条件が全て揃っているのがニアだったのだ。
呼ぶ側と呼ばれる側の強い繋がりと、結ばれる為の媒体となるアイテム。
そしてマナを呼び、一言放つのだ。
その場に合う、呼ぶ理由を。
それが今回偶然にも全てが絡み合いニアが呼ばれた。
ニアに言ったからだ、たすけて、と。
同じ条件下でも、それが結び呼び落とす事ができない場合もある。
戻り呪が起きている時は2人同時の途中参加となる為、魔術がニアを弾き呼び落とされないのだが、全てが終わった後に呼ばれた事も、今回のポイントだった。
「ニアくん、ありがとう」
「ううん、お姉さんが無事でよかった」
首を振ったニアが芽依を見る。
シャルドネの静かな怒りを全身に浴びたニアは、シャルドネ怖いね……と呟いていたが、怒られても芽依の無事が優先だからと笑った天使はいつか大天使に昇格すると本気で思っている。
「…………お姉さん、羽根。持っていてね。これがあるとまた僕を呼べるから」
そう言われてまた渡されたニアの羽根。
受け取り頷くと、大事に箱庭にしまった。
「ねえニア君。これは誰でも呼べるの?」
「誰でもは無理だよ。お姉さん沢山の対価を渡さないといけなくなるから。お姉さんが呼べるのは…………僕とフェンネルとハストゥーレかな。2人からアイテムを貰ったら僕みたいに呼べるよ」
「なんで2人だけ?……メディさんとかは違うの? 」
「うん、呼べるのはそれだけ」
大広間ある料理や飲み物を持ってきて、端にあるテーブル席に座る2人。
1口サイズの料理やお酒等を友人たちと立って穏やかに話す事も出来るが、しっかりと食事するように用意されたテーブルあって。
そちらも人気で、優雅に料理を楽しみながら、中央ではじまっているダンスを眺める紳士淑女もいる。
美しい音楽に、あでやかに広がるドレスのスカートが花咲くように美しい。
それを見てから、芽依はニアを見た。
少し離れた場所で、しっかりと話をするために話が外部に漏れないように空間を遮断している。
だからこそ、ニアの名を呼べるのだ。
「呼ぶ為にはね、色々な条件があるんだ。呼ぶ側と呼ばれる側の強い繋がりが必要なの。それは、友情とか、出会った時の長さとかじゃなくて魂に近いその人自身との繋がりなの」
「…………その人自身? 」
「うん。フェンネルやハストゥーレは奴隷契約があるから、2人とは魂に契約が刻まれているの。だから、あの二人についてはお姉さんがアイテムを渡しなさいって言えばそれで呼び出す準備ができるよ」
芽依はひとつ頷き納得する。
確かにそれは、魂で結ばれているだろう。
奴隷契約をしている全ての人が、呼び落とすためにアイテムを渡してもらっている訳では無い。
そもそも奴隷が全て強い訳では無いからだ。
反抗的な態度の奴隷を呼び寄せると、かえって危険な目にあう場合もあるから、主人は見極めてアイテムを貰うか決める。
これについては、フェンネルもハストゥーレも問題はないだろう。
「じゃあ、どうしてニア君は呼べたの?」
「皆と僕の違いって分かる?……お姉さんの事で」
「……え、なんだろう」
丸テーブルの対面に座るニアが立ち上がり、テーブルに片手をついて前のめりになった。
ふわふわの髪が揺れて芽依の前に現れ、指先で芽依の腕を触る。
そこは以前、ニアに切られた場所だった。
「…………ニア君?」
「お姉さんの血だよ。あの時流した血を僕は時間をかけて全部飲んだから、お姉さんの血が僕の体を底上げしたの。お姉さんの身体中を巡る血液はお姉さんを作り上げているものだから、お姉さんを僕が取り込んだことになるんだよ。少しずつ時間をかけて僕はお姉さんの血液を定着させたの」
それが、ニアとそれ以外の人外者の違いで何よりも重いもの。
セルジオにも1度飲まれたが、それは一過性のもので既に体から抜けている。
だからこそ、セルジオとシャルドネは怒ったのだ。
芽依を喰ったのか、と。
「そう、なんだね」
「勝手に飲んじゃったのは悪かったけど、少しの対価で何かがある時に僕を呼べる方がいいと思う……ただ、今からそれを増やすのはあまり……」
ニアが言うには、人外者の血液は麻薬のように体に巡る。
次が欲しくてたまらなくなる。
だから、芽依を傷付ける行為だからして欲しくないとニアは眉を下げて言った。
ニア自身も、芽依の血液が無くなった時の葛藤は苦痛でしかなく、紛らわせる為のぶどうを貪る時期がずっと続いていたらしい。
今こそその衝動は落ち着いたが、芽依の作るぶどうはどうしても手放せないのだとか。
「ニア君……」
「僕はお姉さんが大好きだから、嫌な思いはして欲しくないの……でも、いざと言う時呼べる手札は多い方が良いから……悩むね」
首を傾げて言うニアの可愛らしさにくらりときつつ、芽依はそれなら以前にしたようにワインに血を混ぜてメディトークに飲ませ続けるかな……と乱暴な考えを巡らせているのを、可愛い天使は気付かなかった。
後日、襲いかかったフェンネルとハストゥーレからアイテムを強奪して、怯える2人が手を取り合いプルプルとしている様子が庭の片隅で起きていたのをメディトークが青筋を立てて見ていた。
101
お気に入りに追加
477
あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?
しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。
そんな小説みたいなことが本当に起こった。
婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。
婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。
仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。
これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。
辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!

召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる