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呼び出しの対価

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 居ない筈の人物を強制的に呼び寄せるにはそれなりの対価とリスクが発生する。
 なんの予兆もなく、願われる事もなく、強制的に引き寄せられるのは人外者にしてみれば十分な人災だ。
 眠っていようが、入浴していようか、食事中だろうか、ちょっと人には言えない秘密な事をしていたとしても、強制的に呼ばれた場合は魔術の重なりから逃れられず呼び落とされる。

 その呼び寄せられる人外者の位によっては、その命を差し出すだけでは足りない程の対価が発生するのだが、それを緩和する方法ももちろんある。
 今回その条件が全て揃っているのがニアだったのだ。

 呼ぶ側と呼ばれる側の強い繋がりと、結ばれる為の媒体となるアイテム。
 そしてマナを呼び、一言放つのだ。
 その場に合う、呼ぶ理由を。
 それが今回偶然にも全てが絡み合いニアが呼ばれた。

 ニアに言ったからだ、たすけて、と。

 同じ条件下でも、それが結び呼び落とす事ができない場合もある。
 戻り呪が起きている時は2人同時の途中参加となる為、魔術がニアを弾き呼び落とされないのだが、全てが終わった後に呼ばれた事も、今回のポイントだった。

「ニアくん、ありがとう」

「ううん、お姉さんが無事でよかった」

 首を振ったニアが芽依を見る。
 シャルドネの静かな怒りを全身に浴びたニアは、シャルドネ怖いね……と呟いていたが、怒られても芽依の無事が優先だからと笑った天使はいつか大天使に昇格すると本気で思っている。

「…………お姉さん、羽根。持っていてね。これがあるとまた僕を呼べるから」

 そう言われてまた渡されたニアの羽根。
 受け取り頷くと、大事に箱庭にしまった。

「ねえニア君。これは誰でも呼べるの?」

「誰でもは無理だよ。お姉さん沢山の対価を渡さないといけなくなるから。お姉さんが呼べるのは…………僕とフェンネルとハストゥーレかな。2人からアイテムを貰ったら僕みたいに呼べるよ」

「なんで2人だけ?……メディさんとかは違うの? 」

「うん、呼べるのはそれだけ」

 大広間ある料理や飲み物を持ってきて、端にあるテーブル席に座る2人。
 1口サイズの料理やお酒等を友人たちと立って穏やかに話す事も出来るが、しっかりと食事するように用意されたテーブルあって。
 そちらも人気で、優雅に料理を楽しみながら、中央ではじまっているダンスを眺める紳士淑女もいる。

 美しい音楽に、あでやかに広がるドレスのスカートが花咲くように美しい。
 それを見てから、芽依はニアを見た。
 少し離れた場所で、しっかりと話をするために話が外部に漏れないように空間を遮断している。
 だからこそ、ニアの名を呼べるのだ。

「呼ぶ為にはね、色々な条件があるんだ。呼ぶ側と呼ばれる側の強い繋がりが必要なの。それは、友情とか、出会った時の長さとかじゃなくて魂に近いその人自身との繋がりなの」

「…………その人自身? 」

「うん。フェンネルやハストゥーレは奴隷契約があるから、2人とは魂に契約が刻まれているの。だから、あの二人についてはお姉さんがアイテムを渡しなさいって言えばそれで呼び出す準備ができるよ」

 芽依はひとつ頷き納得する。
 確かにそれは、魂で結ばれているだろう。
 奴隷契約をしている全ての人が、呼び落とすためにアイテムを渡してもらっている訳では無い。
 そもそも奴隷が全て強い訳では無いからだ。
 反抗的な態度の奴隷を呼び寄せると、かえって危険な目にあう場合もあるから、主人は見極めてアイテムを貰うか決める。
 これについては、フェンネルもハストゥーレも問題はないだろう。

「じゃあ、どうしてニア君は呼べたの?」

「皆と僕の違いって分かる?……お姉さんの事で」

「……え、なんだろう」

 丸テーブルの対面に座るニアが立ち上がり、テーブルに片手をついて前のめりになった。
 ふわふわの髪が揺れて芽依の前に現れ、指先で芽依の腕を触る。
 そこは以前、ニアに切られた場所だった。

「…………ニア君?」

「お姉さんの血だよ。あの時流した血を僕は時間をかけて全部飲んだから、お姉さんの血が僕の体を底上げしたの。お姉さんの身体中を巡る血液はお姉さんを作り上げているものだから、お姉さんを僕が取り込んだことになるんだよ。少しずつ時間をかけて僕はお姉さんの血液を定着させたの」

 それが、ニアとそれ以外の人外者の違いで何よりも重いもの。
 セルジオにも1度飲まれたが、それは一過性のもので既に体から抜けている。
 だからこそ、セルジオとシャルドネは怒ったのだ。
 芽依を喰ったのか、と。

「そう、なんだね」 

「勝手に飲んじゃったのは悪かったけど、少しの対価で何かがある時に僕を呼べる方がいいと思う……ただ、今からそれを増やすのはあまり……」

 ニアが言うには、人外者の血液は麻薬のように体に巡る。
 次が欲しくてたまらなくなる。
 だから、芽依を傷付ける行為だからして欲しくないとニアは眉を下げて言った。
 ニア自身も、芽依の血液が無くなった時の葛藤は苦痛でしかなく、紛らわせる為のぶどうを貪る時期がずっと続いていたらしい。
 今こそその衝動は落ち着いたが、芽依の作るぶどうはどうしても手放せないのだとか。

「ニア君……」

「僕はお姉さんが大好きだから、嫌な思いはして欲しくないの……でも、いざと言う時呼べる手札は多い方が良いから……悩むね」  

 首を傾げて言うニアの可愛らしさにくらりときつつ、芽依はそれなら以前にしたようにワインに血を混ぜてメディトークに飲ませ続けるかな……と乱暴な考えを巡らせているのを、可愛い天使は気付かなかった。

 後日、襲いかかったフェンネルとハストゥーレからアイテムを強奪して、怯える2人が手を取り合いプルプルとしている様子が庭の片隅で起きていたのをメディトークが青筋を立てて見ていた。
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