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芽依の戻り呪と助ける手

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 自分の負の感情が戻り呪となると言われているが、負の感情が野菜攻撃なのか、殺傷能力が高いな……と息を吐きだす。
 守られている場合なら良いかもしれないが、サンドバッグになる側は勘弁して欲しいと思わざるを得ない。

 芽依は、野菜がまた飛んで来ると思い簡単に手紙の封を開けた。
 大根を構え身構えるが、待っても待っても野菜は飛んでこない。

 あれ? と首を傾げた時だった。
 手紙がカサカサと動き、ギクッと体を強ばらせた芽依は握り締めていた手紙を投げ捨てた。
 その手紙から一瞬で色が広がりコバルトブルー一色に変わる。

「…………は、なに? 」

 周りをぐるりて見渡すと、遠くに女性の影が見えた。
 何かを抱えているのか胸元にしっかと持っていて、その女性の後ろに倒れながら手を伸ばす別の影が見える。
 身動きしない女性はふっ……と掻き消えるとぶわりと芽依に向かって風が吹き荒れ、慌てて腕で顔を覆う。
 恐る恐る目を開けると、空に広く覆いかぶさったような影の中で、くぼんだ目だけがギョロリギョロリと周りを見渡していた。

「ぎゃ!! 」

 その目を見て思わず叫ぶと、ギョロリとした目がギュインと動き芽依を捕える。
 ビクッと体を硬直すると、数秒目が合ったままだったが、ふっ……とその視線が外れた。
 すると、影は薄まりコバルトブルーの色彩は一瞬に掻き消え重苦しい闇が広がる部屋に戻ったのだった。

 詰めていた息を吐き出し、ドキドキと響く心臓に手を置く。
 あの目と目が合っただけなのに、体の中にある何かが奪い取られるような、そんな違和感を感じた。

「……もう野菜でいいよ。野菜でいいから」

 最後の1枚に願いを掛け、祈るように目を閉じた。
 そしてゆっくりと手紙の封を開けると、芽依願いは聞き届けられないのだと絶望する。

 開いた瞬間に、真っ赤な線が手紙から四方八方に広がり地面を這う。
 ゆらりと蜃気楼のように揺らめく沢山の真っ赤な線は揺らぎを強くしていき次第に部屋全体を熱し始める。
 汗がダラダラと流れていき、芽依はその暑さに悲鳴をあげた。

「あつ……い……あつい…………メディさん……」

 熱湯に入るのとは違う、感じたことも無い熱に苛まれて芽依は無意識にメディトークを呼ぶ。
 ペタリと座り込むと、靴の保護がされていないスカートがジュッ……と焦げ付き素肌を焼いた。

「うあっ!! 」

 熱さを強く感じ、ヨロヨロと立ち上がる。
 その際床に手をついた両手にも同じく熱を感じ、叫ぶ。
 しかし直ぐに痛みは感じなくなり、溶けたスカートから見える足や手のひらが火傷でケロイドのようになっていたり、既に黒くなっていたりとグロテスクな見た目になっていた。

「ぐ…………う…………」

 眉を寄せて、まるで鉄板のように暑くなっている床を見る。
 赤い線だけが放射線状に広がる様子があるだけだ。
 しかし、手足は床の熱に溶かされ、靴の底も溶けてきているのだろう、ジワリジワリと熱を感じる。

「どこか……避難できる場所は……」

 周りを見ても、何も無い空間で芽依が逃げれる場所はない。
 ジュッ……と足から音がして、片足を上げるとふらりと揺れる。

「どうすればいい……どうすればいい? 」

 パニックになりながら周りを見るが、芽依を助けてくれるものは何も無い。
 手に持っていた大根は、座りこんだ時に落とし見事な焼き大根に変わっている。
 それを見て、慌てて新しく出した大根を輪切りにして床に置きそこに乗ると、大根がジュッ! と音を立てた。

「………………どうなってるの、炭になるまで燃やし尽くす気なの……?」

 既に痛覚が無くっている芽依の手足。
 グロテスクな見た目さえ気にしなければ今すぐ叫ぶようなことは無くなったが、じくじくとした不気味な感覚と熱は感じる。
 自分の肉が燃えた臭いにグッ……と吐き気が込み上げるがそれよりも、この部屋の熱さに頭がクラクラする。
 熱中症になったような感覚に芽依はまたクラリと頭が揺れた。
 そして、バランスを崩して床にドサァァ……と倒れ込み、ひっ……と小さく声を上げる。

「うぅ………………熱く……ない? 」

 目をつぶり、ギュッ……と体を強ばらせたが、考えていた熱は感じなく冷たい床があるだけだった。
 恐る恐る手を伸ばしたが、赤い放射線状に伸びる線も無くなり戻り呪が終わった事がわかる。

「……ふっ…………うぅぅぅ…………ふぐぅ……うぇぇ……」

 ボロボロと涙を流した芽依は、床に額を押し当てて声を上げて泣き出した。
 怖かった、熱かった、死ぬと思った。
 その熱は確かにあって、手足や足の裏を焼いている。
 この状況がショック過ぎて、怖くて怖くてどうしようもなかった。
 
 部屋と完全に遮断されたこの隔離部屋には芽依しかいない。
 物凄い孤独が胸に広がり、年甲斐もなく声を上げて泣く芽依を優しく抱きしめてくれる手は居ないのだ。
 あまりにも遅いのならば外から押し入ることも出来るだろうが、今セルジオ達がいる広場では芽依が隔離部屋に入ってから2~3秒ほどしか経ってないのだ。
 今誰かが入ってくる事などないだろう。

「うぅ……メディさん……フェンネルさん……ハスくぅん……アリステアさま……セルジオさん……シャルドネさん…………二アくん…………誰か助けてぇ……」

 ボロボロと涙が流れる。
 えぐえぐと声を上げて、この世界に来て初めて人の名前を呼び心底助けを求めた。
 それくらいに、芽依の心は疲弊したのだ。




「………………お姉さん」

「……………………二ア、君? 」

「うん」

「どう……して? 」

「呼んだでしょ、僕を」

 ぶわりと羽を広げている二アは珍しくにっこりと笑って膝を着いた。
 横たわる芽依に手を差し伸べる暗闇に光る二アは、本当に天使のよう。

「……呼んだ……呼んだよ二ア君!! 」

 その手を掴んで、なんとか体を起こした芽依は二アの膝に上半身を乗り上げて、自分よりも小さな二アに手を回して抱きつく。
 そしてまた、ボロボロと泣きながら怖かった、熱かった、痛かったと必死に訴える。

 もうボロボロな装いになってしまった芽依の痛ましい姿に目を細めながら、二アは頭をゆっくりと撫でてくれた。

「…………お姉さん怖かったね……もう大丈夫だよ」

 包み込むような優しさに抱かれて、芽依はやっと安堵の息を吐き出したのだった。
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