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ミチルの体調不良
しおりを挟む控え室の美しさを見ながら待つこと数十分、早めに来ている為、芽依以外の移民の民が教会に着いたのは少し時間がたってからだった。
案内された移民の民達は続々とこの控え室に案内されて内装の美しさに目を細めて周りを見渡していた。
小さなオージンの幻影が魔術によって浮かび上がり、薄暗い部屋の中をキラキラと輝かせている。
同じく幻影の飾りがオージンをより輝かせているのに、もわりと周りに纏わりつく白い煙のようなものがオージンを薄らと隠していて風情があるのだ。
広がる白い煙は、室内の半分程まで少しずつ広がっていて、メディトークはその煙に当たらない1番遠い場所を選び芽依を座らせた。
出来たら近くで見たいなと言ったのだが、メディトークは何故か頷いてはくれなかったのだ。
「うーん、煙だからねぇ」
「煙?」
「うん、火の気が混じりやすい煙は闘争心を呼びやすいんだ。そして、煙は真実を覆い隠す魔術が浸透しやすいからね、耐性の低いメイちゃんはあの白い煙には近付かない方がいいよ」
「…………真実を覆い隠す魔術」
『教会主導のカナンクルのミサじゃなけりゃ、そこまで警戒しなくて良いんだがな』
例えば庭でメディトークが料理を作り、そこに芽依やフェンネル達が居たとしても、隠される真実など微塵もない為、安全を脅かすものは何もない。
だが、不特定多数のそれも室内であれば煙を外に逃がす事も出来ず、何かの呪いを受けたとしても煙に隠蔽の魔術を隠して、呪いを受けた事自体を覆い隠してしまう事も出来るので意外と厄介なものなのだ。
カテリーデンでの実演販売が禁止されているのもそういった理由も含まれていて、その場で作り販売するのは屋外のみ許可されている場合が多い。
「………………うん、よくわからない」
『すぐに理解する方が難しいだろう。今は煙は危険って覚えておけ』
「わかった」
素直に頷き、モワモワしている煙を眺めてから目を逸らした。
部屋の飾りはあの場所だけではなく、至る所に飾られた装飾が美しい。
その大半は同じく魔術による幻影だというのだから驚きだ。
実際に触れてみても本物と遜色なく、芽依には本物か幻影かの区別がつかない。
「凄いよね、こんなに綺麗で鮮やかなのに、存在していないなんて」
「これも魔術による虚栄だからね。教会は見栄を気にするからこういった事にも定評があるよ」
同じく室内を眺めていたフェンネルも微笑んで教えてくれる。
周りからの指示を得るために外装を艶やかにするのも手のひとつとして捉えるシーフォルムだからこそ、大々的なミサ等の行事に手を抜くことなく素晴らしい祝福を与えてくれる。
それは、アリステア達も領民からも感謝する事なのだそうだ。
「…………それは、素敵な事だね」
頷いて答える芽依を3人は優しく見ていると、ゆっくりとこちらに来る2人の姿を捉えた。
顔を青白くしたミチルを軽く引っ張り手助けしながら真っ直ぐこちらに向かってくるレニアス。
綺麗にセットされた水色の髪が崩れるのも気にせず眉を下げ不安そうな顔を見せている。
「…………ミチルさん?……顔色悪い、大丈夫?どうしたの?」
慌てて立ち上がり、しかし不安にさせないように声を落として話しかけながら芽依は椅子を譲ってミチルに座らせた。
口元を手で覆いながら俯くミチルを見てからレニアスを見ると、大きな丸い目を眇めて眉を下げる。
「………………実は、半月前くらいからミチルの体調が良くないんだ。調べても原因がわからなくて、移民の民は体に変化が出る何かがあるの?」
「ええ……普通に考えたら病気だろうけど……どんな感じなんですか?」
「日に日に体調が悪くなっていくのはそうなんだけど、野菜不足のせいかな、栄養が体に行き渡ってないみたいで痩せていくし……それで移民の民特有の何かがあるのか聞きたいんだ」
『…………栄養が回らず痩せていく?』
「う、うん…………」
メディトークがピクリと反応してミチルを見ると、メロディアとユキヒラも近付いてきてミチルの顔色に目を丸くする。
「あら……どうしたの、具合悪いのかしら」
ふわりとスカートを払って床にしゃがんだメロディアがミチルの顔を覗き見ると眉を寄せる。
青白い顔でギュッと目を瞑り眉を寄せているミチルは、返事をする余裕がないようだ。
メロディアが立ち上がりメディトークを見ると、フェンネルが首を傾げた。
「………………呪いじゃないの?」
あっさりと答えたフェンネルに芽依はギョッとすると、メディトークもハストゥーレも同様に頷ている。
ユキヒラはメロディアに変わってミチルを見ていたのだが、フェンネルの言葉に顔を上げて不安そうに眉を寄せた。
彼女は芽依と同様に、日本から来た仲間だからやはり心配してしまうのだ。
「………………呪い?」
「ミチルが?!呪いを?!」
3人はミチルを見てすぐに分かったようだが、中位のメロディアは確証がなかったようだ。
呪いだろうか、とミチルを見ていた時にフェンネルが答えて、やっぱり……と呟くが、更に位の低いレニアスは分からなかったようだ。
まさかの呪いに目を見開き、でも……と言い募る。
「最近は誰とも接触していなかったのに……どうして……」
「何処からか貰ってきてしまったのかしら……」
絶望して青ざめるレニアスが、座るミチルの手を握ると、メディトークはその横に軽くしゃがみミチルの顎に足を当て顔を上げさせる。
今にも倒れそうなミチルがメディトークを見ると、無感動な眼差しが見つめ返してきた。
『…………………………シロアリだな』
「え?!」
「この子、呪いで苗床にされてるよ。あの土の吸収みたいに体から栄養抜き取られてる…………うん、ここかな卵があるね」
「ふぐぅ…………うぅ……」
腹部の一点を指差して軽く押すと、ミチルが苦しそうに喘ぐ。
そんなミチルを信じられないとレニアスが見ていたら、芽依は卵……?と呟いた。
苦しそうに顔を歪ませるミチルの体型は前と変わらず、腹部に卵を植え付けられているようには見えない。
だが、ピンポイントで押された場所に呻き声を上げたくらいだ、やはり何かあるのだろう。
『幻獣の中には、数を減らすと存続の危機を感じて卵を産むヤツらがいる。シロアリもそうだったようだな……多分、シロアリに囲まれた時にでも植え付けられたんだろう……このままだとシロアリがコイツの体で育ち、孵化したらぶち破って出てくるぞ』
「な……な……そんな…………どうして…………だって、シロアリからもう何ヶ月も……」
動揺して言葉が上手く紡げないようで、泣きそうなレニアスをミチルがそっと目を開けて見る。
そんなレニアスを見ること無く、ハストゥーレがじっとミチルを見てから芽依を見た。
「ご主人様、腹部に触れても宜しいでしょうか」
「あ……えと、レニアスさん、触れてもいい?」
「……………………わかった、いいよ」
眉をひそめて返事をするレニアス。
メディトークもフェンネルも無遠慮に触れたが、人外者の花嫁に触れるのはまだハードルが高い。
その皮膚に触れただけで、その人の旨みを感じ取ってしまうからなおさらである。
しかも人間の腹部は子が宿る場所、人外者の子を宿す事は出来ないが、その能力がある場所を人外者は大切にする。
もし、自分の子を宿すことが出来るのならば、それは此処に入るのだという漠然とした感覚からである。
だから、特に他人に腹部を触れさせたくは無いのだ。
「………………失礼いたします」
ふわりと手のひらを、卵があると指さした場所に押し当てる。
表情を確認してから手の感覚に集中すると、芽依はすぐ隣にいるフェンネルを見上げた。
「うん、あれはね卵の成長具合いを見ているんだよ。体調を崩して半月だからね、早かったら孵化してもおかしくないんだ……流石に細かい卵の状態は僕にも確認が出来ないから、ハス君が居て良かったんじゃないかな」
「……孵化」
眉を寄せて目を瞑るミチルを心配そうにみる。
体に卵があるだなんて……と、そんな信じられない状態に芽依も青ざめてしまう。
ハストゥーレは森の眷属で、五感に優れた妖精である。
本来は森の中で静かに周りを見渡し、全ての感覚を研ぎ澄ませて狩りをする種族の為、他よりもそのセンスは高いのだ。
手から伝わる2つの鼓動と繊細な揺れを感じ、ハストゥーレはゆっくりと瞳を開いた。
「…………ご主人様、あまり時間はないようです」
それは、あまりにも残酷な言葉で、あの大群が押し寄せたシロアリの子供達がミチルを食い破るのは時間の問題だと、ピクピクと動く卵がそれを証明していた。
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