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果てしなきリーグレアの瓶詰め地獄
しおりを挟むアリステアからの呼び出しを受けてギルベルトと対話をした芽依。
結果的には期間限定で追加提供をする事になり、ギルベルトは安心したようにため息をついた。
そんな呼び出しを受けた日から数日、とうとうこの日がやってきた。
沢山の樽を前に仁王立ちする芽依。
その横には決死の表情をしたメディトークとフェンネル、ハストゥーレが並んでいた。
カナンクルまでに瓶詰めをして売りに出せる状態にしなくては荒ぶり出すカナンクル限定のお酒。
売り出さなくても、瓶に詰めて何時でも売れるスタイルにしなくては破裂する、中々に激しいお酒である。
アルコール数が低い、物によってはジュースの様な味わいをする癖に、気品に満ちているのだろうか。
『…………よし、やるぞ』
そう言ったメディトークは勿論、芽依たちもエプロンをして漏斗を持っている。
そして、ズラリと並ぶ細身の瓶が箱に行儀良く並んでいる。
まさかの手作業である。
「…………………………魔術で入れたらだめなの?」
『リーグレアにも祝福が宿るんだがな、魔術で詰めたらリーグレアは怒って祝福を渡さないんだ』
「………………酒ぇぇ」
「たまーに、徳大プレミア級の祝福をくれるから、皆頑張って瓶に詰めているんだよねぇ」
買って飲まないと貰えないから、これを詰めても僕たちは何にも貰えないんだけどね、と、苦笑して話すフェンネル。
それでも誰かのリーグレアを買って飲んだら何らかの祝福は貰えるから、同じように誰かの為にリーグレアを作る人は、どんなに手間でも1瓶1瓶手作業で入れるのだ。
「………………そっかぁ、それを知ってたら、もっと減らしてたなぁ……」
『お前が意地汚く飲みたいからって多く作るからだろ』
1種類につき20樽、3種類60樽あるこのリーグレアをカナンクルまでに手作業で入れるなんていう馬鹿げた事をこれからしなくてはいけない。
ハハ……と乾いた笑いを出しながら、よーし、頑張るぞー……と動き出した芽依を筆頭に皆が瓶詰めを始めた。
話もせず、ただ黙々と漏斗を使ってリーグレアを詰めていく。
零しそうになることも無く、みんなが淡々と入れていくがひと樽でかなりの量が入っているのだ。
瓶に入れても入れても量が変わっている気がしない。
そんなリーグレア瓶詰め地獄が今まさに開催中なのである。
「んおぉぉぉ……腰が死ぬ」
何度も中腰になったりする為、腰に負担がかかり、伸びをしたりして体を解しながら詰め替え作業を繰り返す。
しかし、リーグレアは嘲笑うかのように、余裕でチャプンと水面が跳ねている。
「ぐぬぅ……終わらん」
「作りすぎちゃったね」
「私も美味しく飲みたかっただけなのに……」
「ご主人様に飲んで頂けて、このリーグレアは幸せでございます」
「私はハス君がここに居るだけで幸せ……」
「………………僕は?」
「勿論フェンネルさんもだよ、美味しいお餅にはんぺん」
女神のように微笑みフェンネルに言ったが、半分は食料として見ているのではないか。
芽依の視線がススス……と腹部に移り、フェンネルは手で隠した。
「た……食べないでね?」
「……………………ゴクン」
『やめろ馬鹿共』
黙々と詰め替えをしているメディトークからお叱りを受けて、3人で顔を突き合せて笑った。
ピンポーンピンポーン
庭に響く音に4人は顔を上げる。
豊潤な香りが充満しているこの場所ではあるが、匂いで酒酔いはしていないようだ。
チャプン……とリーグレアが樽の中で揺れて音を立てる。
3種類の樽のうち、今3人が瓶に詰めているのはぶどうのリーグレアである。
樽を開けっ放しには出来ないので、1つを皆で作業中なのだ。
「………………来たかなぁ、僕迎えに行ってくるね」
フェンネルが立ち上がり手を振ると、残り3人は頷く。
今回、ガイウス領に提供する食材の増量の対価、それはリーグレアの瓶詰め作業のお手伝いとなったので、芽依の庭に来る事になったのだ。
しかも、白の奴隷の女性マイヤだけでなくギルベルトも参加である。
この5人で、数日後に迎えるカナンクル用のリーグレアを完成させるのだが、フェンネルからある提案を受けていた。
それは、庭を見られないようにその数日間だけ隠蔽の魔術を庭に掛け、更に範囲を狭く見せる縮小魔術も試行する。
これによって、庭の状態を縮小した状態でワサワサと育つ野菜達の目眩しをするのだ。
特殊な眼を持つ人物以外は、これである程度隠せるようだ。
「………………なるほど、凄い量だ」
ズラリと並ぶ樽の量に顔を引き攣らせるギルベルト。
しかし、これも対価だと始まった瓶詰めだったが、領主が普段からする仕事では無い為、早くも飽き始めているようだ。
ゆっくりながらも瓶詰めを続けるギルベルトは並々と入った樽を眺めた。
「………………毎年飲むリーグレアはこんなにも大変だったのだな」
『…………まあ、普通は多くて3~4樽、もっとサイズも少ないだろうがな』
「メイちゃん、途中で数増やしたんだって?」
「だってフェンネルさん、リーグレアいろんな瓶あったけどうちで売るのは細身だけどそれなりの大きいサイズじゃない。売る分も考えたら私の分無くなっちゃう」
「もうなんか、メイちゃんなんだよねぇ」
「メイちゃんですがなにか?」
「…………………………」
「ん?どうしたの?」
「…………………………ご主人様はいつも素晴らしいです」
「…………………………どうしよう、なんか、齧る?」
「どうして僕に言うの?!」
ふわりと優しく笑うハストゥーレに芽依は数秒止まってからフェンネルに言うと、相変わらずの返事が返ってきた。
ずっと傍にいた成果が出てきたのか、またハストゥーレに笑顔が浮かんできた。
それは、今までよりも自然でふわりと笑うのだ。
フェンネルと話す時は笑いかけていたのだが、芽依と話す時は少しぎこちなかったハストゥーレの変化に芽依も喜ぶ。
そんな3人を、ギルベルトとマイヤは見ていたのだった。
こうして6人での瓶詰作業も進み、残り1種類、栗のリーグレアだけとなった時、思わぬ問題に遭遇した。
中身の確認は入れ替え時期まで蓋を開けられないため見れないので、今初めて栗のリーグレアを見たのだが、ご法度とされているまだ詰め替えしない他の樽の蓋をメディトークは開けた。
『……………………………………おい、メイ。お前なにしやがった』
「な!なんもしてないよ!言われた通りに入れたよ!」
『じゃあ、なんでこんなにモッタリしてんだよ』
「なにこれ、見たことないんだけどリーグレアだよね?匂いはちゃんとお酒だし」
樽に顔を近づけて匂いを嗅ぐフェンネル。
隣に居るハストゥーレも、真似して匂いを確認すると、ツン……と広がる酒の香りに顔を離した。
「……………………なんだこれは」
ギルベルトも呆然とその樽を見る。
液体が出来ているはずのリーグレアが、何故かマッシュポテトみたいにペースト状にモッタリしているのだ。
「………………とりあえず、味見してみる?」
フェンネルが振り向きメディトークに聞くと頷かれたので、家に走って行き食器を取りに行った。
フットワークの軽い花雪である。
『…………これ、全部ペースト状か?』
未開封の樽を見つめて言うメディトークに芽依が悪いわけではないのに、サッと顔を背けるのは今までの仕出かした数々を思い出して、自分じゃないと言いきれなくなったようだ。
「おまたせー」
そこに戻ってきたフェンネル。
人数分の小皿とスプーンに、お玉を持っていて樽から小皿に取り分ける。
そして最初に芽依に渡した。
「……………………ありがとう」
スプーンを入れるとぽってりとしていて重みがある。
じっと見てから口に入れると目を見開き口の中にある栗のリーグレアを舌で潰した。
粒感の全くない滑らかな舌触りに、濃い栗の旨みとほのかに香るお酒の香り。
リーグレア自体がアルコール度が低いからか、お菓子に使われる栗ペーストのような感じだった。
モンブランにあいそうだ。
「…………………………モンブラァァァァン……栗タルト……」
『…………なんだ、すげぇうめぇぞ』
「うっわ!なにこれ美味しい!」
「……………………美味しいです」
「………………もっとよこせ」
「売りものなんですけど?」
ギルベルトがお玉を奪おうとすると、芽依は声を低くして言った。
自分の売りもの、とくに酒に関するものには厳しい芽依に、ギルベルトはギリィ……と歯噛みしていた。
「………………これ、売る?」
『売るようの小さなカップがあるから、それに入れるか』
「新種のリーグレア、これ売れそうだよ」
カナンクル専用のカップを買っていたメディトーク。
透明のケースには当日の街並みを連想させるようなオージンがグルリとあり、リボンやオーガンジーの飾りも丁寧に描かれている。
そこに、キラキラと光る魔術が掛かっていて、カップ一つ一つに小さな煌めきがあった。
時間によって雪を振らせてオージンに雪が積もり目で見ても楽しいのだ。
「こんなオシャレカップに栗ペースト」
不釣り合いでは無いだろうか……と思った芽依だったが、そこにホクホクとした茹で栗を入れて優しく栗ペーストを入れ、砕いた栗とチョコをパラパラと掛けるフェンネル。
「………………どうかな?見た目はまだ地味だけど、カップが可愛いからこんな感じでもいいんじゃない?」
「やだ可愛い……」
「ペーストは甘さも控えめだから、しつこくなく食べれそうです」
フェンネルがハストゥーレの口に作ったばかりの食べるリーグレアを入れた。
栗も口に入り、滑らかなペーストとホクホク柔らかな栗の感触がまた楽しいらしい。
すぐに芽依にも食べさせられフェンネルは、芽依の良い反応にニコリとする。
素直なハストゥーレの意見に目を輝かせ、実際に食べた芽依美味しさに震える。
そして、用意したテーブルにカップを並べて丸々とした栗を順番に入れだした。
芽依をフェンネル達が見てからそれぞれ手分けしてペーストを入れたり、チョコや栗を砕いたり、飾り付けしたりと忙しなくカップに全てを入れる作業は、液体を入れるよりもかなり早く終わったのだった。
「………………なぁ、100個くらいくれないか?」
「…………………………はぁ?」
あまりの美味しさにギルベルトは芽依に頼み込む事になり、それはカテリーデン販売日ギリギリまで続いたのだった。
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