229 / 588
元主人との久々のコミュニケーション
しおりを挟むあれだけ食べたのに、中央に置かれたサンドイッチの山に手をつけるギルベルト。
彼の体から見てサンドイッチは1口サイズのビスケットのようなものなのだろうか、ぽいぽいと口に放り込まれていく。
芽依は、マジか……と思わず見ていたが、何か悩んでいるギルベルトはたまにハストゥーレを見ていた。
「……………………うちの子なんで、返しませんよ」
「…………ん?いや……そうだな、今のハストゥーレを傍に置くのも良さそうだが」
「駄目ですよ!」
「対価だから今更変えろとは言わん!」
「……………………対価、かぁ」
そう言ってハストゥーレを見ると、三つ編みを揺らしながら芽依を見て首を傾げた。
この仕草はよくフェンネルがしていて、移ったのだろうか。
「………………うん、可愛らしい」
「可愛い、か。そんなこと思った事も言ったこともないな」
「こんなに可愛いのにですか?」
「お前くらいだろう、そんなに大袈裟に可愛がるのは」
「可愛いは正義ですから、そりゃ全力で可愛がりますよ」
ぐいっ!とハストゥーレの頭を引き寄せて、いいこいいこすると、顔を赤らめたハストゥーレが目を細める。
そんな様子をギルベルトと白の奴隷の女性が見ていた。
ハストゥーレを離した芽依は、今度はフェンネルだと頭を撫でる。
「え?僕もなの?」
「そりゃ、可愛がるよ。いいこいいこ」
「わぁ、照れちゃう」
あはっと笑って言うフェンネルも幸せそうで、こんなに安心して笑う奴隷は見たことが無いとギルベルトは目を瞬いた。
存分に可愛がった芽依は、満足そうに息を吐き出してから残っているサンドイッチを食べる。
勿論、1口ではなく数口にわけてであるが。
「………………ハストゥーレ」
「はい」
「随分と、その……楽しそうに話をするようになったな」
命令だ、ドラムストでは話しをする許可を与える。
いいか、決してブランシェットの不興を買うなよ。
急に思い出した、ドラムストに来る度に言われていた言葉。
それに一瞬目線を下げると、フェンネルは目ざとくその変化に気付く。
ハストゥーレは、その命令に毎回返事を返すが、理解はできなかった。
ブランシェットがわからない。
何を思い、どんな言葉がブランシェットの不興を買うのかハストゥーレにはわからないのだ。
だから、何かを発する時には常に緊張して、一言一言を何度も反芻してから口にした。
その為に高揚のない話し方になる。
だが、今は何を話しても皆が耳を傾けて笑ってくれる。
少しの提案だったとしても、真剣に話を聞いて、そこからより良い内容に皆で案を出してくれる。
そんな時間が大好きで、楽しいと感じているハストゥーレは気付いたら彼らしい話し方に変わっていった。
「………………話すことは、楽しい事……です」
「楽しい……?お前が、楽しい?」
楽しいと言ったハストゥーレに驚くギルベルト、そのすぐ近くにいる白の女性は楽しい……と頭の中で反芻する。
当時のハストゥーレもこの白の女性も、無垢な感情の中で恐怖や緊張といった本質的な感情は気薄ながらあった。
だが、嬉しいや楽しいとった幸せに繋がる感情の成長は日常生活の中では育まれなかったのだ。
そんな3人を見ているアリステアは、本当に芽依の傍にいることによってハストゥーレが変わった事を改めて思う。
何度も危険な目にあった芽依に後悔して絶望して涙を流した事も、ハストゥーレの感情が育まれたからこそ起きた変化だ。
「………………やるなぁ、メディさん」
「ね、本当に。絶対ハス君を考えてのだよね、だって私達の分ないんだよ?」
クスクスと笑う芽依とフェンネルに気付いたアリステアが視線を向ける。
それはギルベルトや白の女性、そしてハストゥーレもで。
「…………どうしたのだ?」
「アリステア様、メディさんの依怙贔屓ですよ」
うふふ、と笑って可愛らしい花柄のワックスペーパーに包まれたクロワッサンサンドを取り出し見せる。
中にはホタテとサーモンのオープンサンドが入っている。
たった一つ、特別に作られたサンドイッチだ。
「はい」
ハストゥーレに渡すと、首を傾げて中を見る。
あの日、シチューに入れたいとお強請りしたホタテに、サーモンも入った海鮮系の贅沢サンド。
「これは……ご主人様のでは……」
「ううん、ハス君のだよ」
「実はメディさんがハス君の為に闇市にホタテ買いに行ってたの、僕知ってるんだよね。サーモンまで買ってたのかぁ」
「やるなぁ、あのイケてる蟻めー」
クスクスと2人で笑っている芽依とフェンネルを見て、ハストゥーレは黙ってサンドイッチを見る。
そして、ナイフを出したハストゥーレは綺麗に3等分した。
小さくなったクロワッサンサンドは芽依とフェンネルに手渡される。
「「ん?」」
「一緒に……美味しい味を……」
「うっわ、僕ちょっとやられた」
「私も、やばいたまんねぇ……酒飲みたい。そしてフェンネルさん齧りたい」
「かじ……齧ったらだめだからね?!」
3人で賑やかに話しているのをギルベルト、そして白の女性は見ている。
「何も言われずに、食事を分けた……しかも、相手は主人だ…………なぜ、そんな事をするんだ」
ハストゥーレはその質問に答えていいのか芽依を確認すると、クロワッサンサンドをウマウマと食べていた。
視線に気付き、にっこり笑う。
「ご主人様が……フェンネル様やメディトーク様が美味しいものは分けて食べましょうと言って下さるのです。私に、自分の食事を分け与えて下さるのです。一緒に食べた方が美味しいし、楽しいと。同じ味を分かち合える方が良い、と。」
「今日だってハス君が分けてくれたサンドイッチが美味しかったねって、また話が出来るもの。その方が楽しいでしょ?」
「あ、美味しいこれ。また作って欲しいなぁ、メディさんに頼まないといけないよねぇ。ハス君食べなよー」
「あ、はい!………………んん!!ぷりぷり……」
「あなたのほっぺがぷりぷりぃぃぃ」
「帰ってきて!メイちゃん!!」
手をワキワキする芽依を後ろから抑えるフェンネル。
そんな騒がしい3人をギルベルトは目を見開いて見ている。
そして、女性の光のない瞳にはこの景色がどのように映っているのだろうか。
71
お気に入りに追加
490
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。
木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。
しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。
さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。
聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。
しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。
それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。
だがその後、王国は大きく傾くことになった。
フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。
さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。
これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。
しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる