美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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ニアの定期訪問

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 相変わらず雪はしんしんと振り、寒さに身体を震わせた。
 しっかりと着込み、保温しながら庭の手入れをしている芽依。
 今日は備蓄部屋の庭に来ている。

 こちらは土に影響を与えられて居ないから依然のように毎日わさわさと成長して収穫を行っている。
 メディトーク達には内緒でさらに苺のハウスを用意したりと色々画作していて、上手に出来たらにんまりと笑ってしまうが、最初の目的だったさつまいもは相変わらず出来なくてため息の日々を送っている。

 隔離された場所だが、立地的にはそれ程変わらない為こちらにも雪が降る。
 空を見上げると、今日は比較的天気がいい。

『おい、なんか手伝って欲しい事ないか?』

「あ、メディさん…………ううん、今は大丈夫かな」

『………………なんでごぼう持ってやがる』

「なんか、また見たことないモグラ出てきたからごぼうでシバキ倒してた」

『俺たちを呼べ!!』

 ちなみに、隣には輝く大根もあるのだが、今回はノータッチらしい。
 どんな理由なのかはわからないが、大根にも好みがあるのだろうか。
 クルクルと回りながらも、たまに雪を降らせる気紛れな野菜だが、なぜだか最近は最初の時より言うことを聞いてくれる。
 ごぼうはまだまだ傍若無人だが。

 芽依に捕まれしなり暴れるごぼうは、解放してくれと騒いでいて、芽依はそれを容赦なく真っ二つに折った。
 折られたごぼうはもう動けず地面に落とされ、シクシクと涙を流している。

『……………………お前』

「最近大根様と一緒にお世話になってるんだけど、暴れん坊のごぼうはこれで無効化するのが分かったよ。あとで豚汁作ろうよ」

『…………もう少し大事にしてやれよ』

 折られたごぼうは豚汁?!とカタカタ震えていたが、大根は喜んでいるようで左右に揺れている。
 前回のごぼうはきんぴらになったが、喜んでいた。個体差があるのだろうか。

『…………なんつーかよ、お前……』

「なぁに?」
  
 折れたごぼうを鷲掴むと、大根が寄り添う。
 そうとう豚汁が嬉しいのだろう、まるまる1本使ってあげるね、と言うとビヨンと飛び上がっていた。

『………………野菜が可笑しいのか、それともメイが可笑しいのか……作り手がメイだから、メイか……』





 泣くごぼうと、喜ぶ大根を抱えて庭に戻ってきた芽依。
 土の状態がだいぶ良くなってきていて、7割の庭が野菜を育てる事が可能になったが、その野菜は小ぶりであまり艶がない。
 まだまだ完全復活には遠そうだな……とピーマンに似た野菜を見ていたら、大根が凄いスピードで飛んで行った。

「………………ん?」

 カキーーーン!!
 キシャーーーー!

「…………なんだ、また枝豆妖精か」

『一応出現率の低い妖精だからな……』

 既に日常となっている枝豆妖精の場外ホームランを驚きもせず見てから、収穫できそうな野菜の見回りかな……と思って立ち上がる。

「………………あれ、2人はどこ?」

 いつもにこやかな可愛い奴隷達が居ないことに気付き周りを見ると、どうやらお客さんだろうか。
 庭の入口に2人が居て、誰かと話をしているようだ。

「………………あれ、誰か来てる?」

『なんだ、性懲りも無く野菜の催促か?』

「その割にはフェンネルさんイライラしてないね……行ってみようよ」

 メディトークを見上げて言うと、軽く頷き芽依を背中に乗せてノシノシと歩いて行った。
 2人に隠れて訪問者の姿が見えず首を傾げていると、ひょっこり顔を出したその人を見て芽依はメディトークの背中に爪を立てた。

『…………おい、刺さってる』
  
「少年がいる!!」

『あれじゃねぇの?フェンネルの監視』

「監視…………」

 ニアの可愛さに忘れそうだが、彼は長い時間を生きる粛清屋さんという役割を持つ子だ。
 この子はまだまだ秘密があって、フワフワの羽があり人外者に変わりは無いが、妖精か精霊かすらわからない。
 メディトークに聞いても歯切れの悪い言葉が帰ってきて、メディトーク本人もいまいちわからないようだ。

 そんな可愛さに極ぶりした少年、ニアは現在狂った妖精であるフェンネルの観察員として近くに留まってくれていた。
 狂い、周りに被害が出るならすぐさま抹殺処分になるフェンネルは、今も穏やかに芽依と暮らしているので観察対象から外れることは無いようだ。
 そんなフェンネルを確認する為様子を定期的に見に来なくてはいけないのだが、実はニアの訪問は今回が初めてだった。

「お姉さん久しぶり……本当はもっと早く来ないといけなかったんだけど……」

「来てくれるだけで大歓迎だよ」

 メディトークから降りた芽依がニアの前まで行くと、普段無表情のニアが珍しく微笑んだ。

「うん……フェンネルの様子を見に来たんだけど、変わりは無いみたいだね」

 何故かげっそりしているフェンネルの背中に手を当てているハストゥーレ。
 珍しい2人の様子に首を傾げながらニアを中に促したのだった。



 庭の様子を見たり、フェンネルの働いている姿を見たりとフラフラ動くニア。
 監視のようにじっと見ているのかと思っていたが、思った以上にまったりとしている。
 復興途中の雪がチラつく芽依の庭に佇むニアは、その色も相まって絵画に描かれる少年のように儚く美しい。
 黙って庭を見ているニアは、葡萄棚でピタリと止まった。
 フェンネルを見て、葡萄棚を見て、またフェンネルを見て。
 明らかに行きたそうにしているのだが、仕事中だからと我慢している姿がいじらしく可愛らしい。

 芽依は手を強く握りしめて自分の中の素直な欲望が表に出ないように必死である。

「ご主人様…………」

「ハス君」

「……あの、私ではいけませんか?代わりに……あの…………」

 おずおずと両手を出すハストゥーレに鼻を抑えて確認。
 ニアを抱き締めて頬ずりしたい煩悩がハストゥーレにバレていたようだ。
 別の可愛いの出現に、芽依の薄く繋がる理性はトイレットペーパーのように溶けて消えた。

「私のハス君可愛い……可愛い……」

「あ…………」

 ニアはその瞬間を見ていて、丸々とした頬を膨らませていた。
 フェンネルを見ているはずのニアが近付いてきて、芽依に飛び付く。

「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"」

「僕……お姉さんにギュッてされるの、嫌じゃないよ」

「…………可愛い可愛い可愛い可愛い、私、頭パァンってなってない?なってない?」

「ご主人様…………」

『……………………お前ら、今だけで良いからフェンネル見てやれよ』

 後ろから呆れたように話すメディトークに芽依は、はっ!として口に手を当てて声を張った。

「フェンネルさん!忘れてないよ!見てるよ!」

「うそだぁ!めいちゃん今僕の事忘れてたでしょ!!」

「………………見てた」

「もぅ!君が1番見てないといけないんじゃないの?!」

「…………見てるもん」

 フェンネルの異常が無いか、今後狂う可能性はないかをじっくり見るニア。
 ニアの金色の瞳が薄らと白みがかり、またフェンネルを黙って見つめる。
 眉を寄せながらも、庭から玉ねぎを取り出し籠に入れるフェンネルはいつもと変わらず穏やかだ。

「………………うん、体内を見ても渦巻く負の感情も無さそうだし、狂う予兆はなさそう…………あのね、長く来なかったのは、僕別の仕事もしてたんだけど、庭の復興なんかの話をよく聞いたり、動き回るフェンネルを遠くから見てたからなんだ。お姉さんにとても従順だし、穏やかだから大丈夫そうだなって」

 優しい眼差しでフェンネルを見るニア。
 その外見に似つかわしくない長い年月を過ごしているニアはもしかしたらフェンネルよりも年上なのかもしれない。

「こんなに綺麗に狂気を抑え込めるなんて、本当に稀なケースなんだよ。以前にもね、いたんだけど、どうしてもその身にある狂気に飲まれちゃうんだ」

「…………その人外者さんは」  

「死んじゃったよ…………最後にはまた狂った精霊になったから。僕は担当じゃないから詳しくは知らないけど、担当の粛清屋は悲しそうにしてたかな……一時的にでも自我が戻って観察対象になったら情も抱いてしまうし」

「…………そうかぁ」

「だからね、僕びっくりしてるんだ。狂って、しかも大量殺戮をした後の妖精が、あんなに穏やかになってるのが…………やっぱり、お姉さんが凄いのかな」

 フェンネルを見ていた黄色い瞳が芽依を見る。
 逸らすことのない、丸く大きな瞳に困惑している芽依が映り込んでいた。
 
「………………わからない、私は何もしていないよ。ただ、フェンネルさんが今穏やかだって言うのは自信持って言える」

「………………うん、だからね。今はまだ殺したりしない…………安心して」

「………………うん」

 どんなに可愛くても、この小さな少年は粛清屋さんとしてフェンネルがまた狂ったら、迷うことなくその首を刎ねるのだろう。
 だから、今回の芽依は大丈夫だろうと思いながらも不安から緊張していたのをニアは気付いていたようだ。

 まっすぐに見てきたニアの瞳がゆっくりと目尻を下げ微笑んだ事で、芽依はやっと安堵して笑った。

「……………………ふぅ」

 その緊張は芽依だけでなくハストゥーレもだったらしく、小さく息を漏らした。
 今では仲良く同じ服を着て芽依を喜ばせる大切な家族で仲間なフェンネルが今更いなくなるなんて、そんな日常はハストゥーレだって嫌だったのだ。

 芽依は、いつもよりも緊張していたハストゥーレの安心した顔を見て思わず笑い、メディトークを見上げると、あの真っ黒な足で撫でられたのだった。

「ねーえぇー!僕放置ー?!」

 少し離れた場所で、人参を握りしめた手を高々に上げてブンブンと振るフェンネルに、思わずニアが笑っていたのを見た芽依達3人は、それぞれ顔を見合せてから笑った。


 
 


 

 
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