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豆泥棒

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 しんしんと雪がつもり出し、庭は1面銀世界となった。 
 陽の光に反射して、まだ踏み込まれていない積雪が輝いているのだが、その下には逞しく育つ野菜たちが雪の重みに耐えていた。
 
 完全に雪に隠れた野菜たちを見て、芽依は思わず苦笑する。

「フェンネルさんの雪山じゃないんだから、これじゃ野菜が駄目になっちゃわないかなぁ」

 広大な敷地の庭だからこそ、こういう積雪の場合は雪に埋まってしまう。
 いつもは積雪用テントを使い野菜を守るのだが、いきなりのドカ雪に起床して外を見た芽依は口をポカンと空け、すぐさま庭に走ったのだった。

「…………今日雪だったかなぁ、予報」

「曇りだよ」

「フェンネルさん、おはよう」

「おはようメイちゃん。それにしても、また随分と降ったねぇ」

 うーん、と首を傾げるフェンネルの服装は浴衣に半纏という、まさに今起きましたな格好で外にいる。
 寒さはあまり感じていないのだろう、普通に佇み白い息を吐き出していた。

 1面に広がる銀世界をフェンネルは欠伸ひとつしてから手を挙げてパチン!と指を鳴らすと深く重なっていた雪はサラサラと溶けだし、雪で出来た雪うさぎに変わった。

「ん?!」

「メイちゃんこんなのは好き?この形でいいかな?」

 積雪で作ったらしい雪うさぎ。
 赤い目に葉っぱで出来た耳が付いていて、庭の間をズラリと雪うさぎが並んでいる。

「………………可愛いけど、大量の整列雪うさぎを見るのは……なんというか……」

「なんというか?」

「………………きもちわる…………」

「すぐ消すね!」 

「消さなくていい!いい!ごめん!」

 見事雪が無くなり、野菜が太陽の下に顔を出した。
 うるうると目を潤ませるフェンネルを慰めながら、助かったと話すと、やっと安心したように笑ったのだが、ある場所を見てピタリと止まる。

「フェンネルさん?」

「…………メイちゃん、まって、下がって……変なのいる」

「え?変なの?」

 グイッとフェンネルの背後に入れられ少しずつ下がるフェンネルに押されて芽依も、1歩1歩慎重に下がる。

「…………ご主人様、フェンネル様、何をなさっているのですか?」

「ハス君……」

「ハス君も下がって……ゆっくりね、ゆっくり……」

 なに?と覗き込もうとするハストゥーレの頭を掴んで下がろうとするフェンネル。
 逆の手を後ろに回して芽依を庇うように支えてにじり寄るように下がるフェンネルに、芽依とハストゥーレはお互い顔を見合わせた。

「…………あれ、枝豆の所のやつ……なんだろう、僕見たことない。どうやって庭に入ってきたのかな」

 この世界の枝豆は、同じく鈴なりに実るのだが、それは背丈の低い樹木となり葉の部分に実が着くのだ。
 後にピンクの花を咲かせるのだが、それがまるで桜のように美しいらしい。
 まだ芽依は見ていないから今からワクワクしているのだが、そんな枝豆の木に怪しい物体がいるのだとフェンネルは警戒している。

「…………見ていい?」

「だめ、危ない」

 回されている手をギュッと強めてきたが、ハストゥーレに目配せすると、頷く可愛い森の妖精。
 芽依に意識が行ってハストゥーレを疎かにした瞬間、フェンネルの腕に手を掛けてヒョイ!と顔を出した。

「あっ…………」

「………………あれは、なんでしょうか」

 少し顔色を悪くしたハストゥーレも、守るように芽依の手を握る。
 少し震えている様で、心配そうにハストゥーレを見た時だった。

「キシャーーーー!!」

「「わぁ!!」」

「なに?なに?」

 何かの鳴き声が聞こえてきてビクリと身体を震わせる2人。
 強い2人のこの様子は……と、芽依は眉を寄せてフェンネルの腕を掴みそのまま横に飛び出た。

「メイちゃん!危ない!!」

 すぐに抱え込まれ、ハストゥーレが前に来るのだが、その姿はしっかりと確認出来た。

「……………………あれ、なんだ」

 頭は犬に似ているが、身体は羊に似ている。
 耳の部分は、まるで貝殻が着いているようにグルグルとしていてたまに木にぶつかってカツーンと音がなっていた。
 キシャー!キシャー!鳴いているのは警戒かなんなのか、目を釣りあげてギザギザの歯をむき出しにしている。
 そんなよく分からない物体は、黄色のお洒落なベストを来ていてそれが絶妙に似合わないのだ。

「…………キメラ?キメラなの?」

 可愛らしい容姿からかけ離れたその物体を、フェンネル達は見たことがないらしい。
 沢山いるこの世界の生き物を全員認識している訳では無いので、こうやって未確認生物に出会うと警戒してしまうのだとか。
 小さく弱々しい物体が、高位精霊や妖精を食い破る事もあるからだ。

 この世界の生き物らしく、怪しげな姿だったりは可笑しくないらしいのだが、芽依からしたらその姿自体がもう不気味なものだ。
 チラリと2人を見て、芽依は眉を寄せて頷く。

「………………私のものが2人で良かった」

 この世界に染まってきた芽依。
 今までの人生に奴隷など居なかったのに、今ではそれを受け入れて当然のように2人を芽依の大切な家族であり自分のものとして認識している。
 そんな2人が見目麗しく、芽依の好みな2人で良かったと心の底から感じたのだった。

「………………で、どうするかな、あれ」

「無闇に手を出してご主人様が危険に晒されるのだけは避けなくてはなりません」

「それは絶対条件だよ…………えぇ?!」

 2人で対策を考えていた時、実っている枝豆を食べていたその物体は、キシャーーーー!と鳴きながら飛び掛ってきた。
 フェンネルとハストゥーレは驚きながらも魔術を展開しようとした時、フェンネルに抱えられていた芽依は両手を出した。
 ふわりと手のひらから雪が風に乗って芽依を中心に吹き肩まで切り揃えた髪がふわりと揺らぐ。
 少し遅れてフェンネルやハストゥーレの長い髪も揺蕩い、服がバサバサと揺れだした。

 寒さに物体の動きが鈍くなった時、芽依の手には、あの、紳士な、大根様が、握られていた。

 輝く大根様は雪を降らしながら形を少しだけ変える。
 細い方をより細くして握りやすい形状に変わった大根様は芽依によって握り込まれている。
 鈍くなったとはいえ、キシャーキシャーと煩く騒ぐ物体はこちらに向かってきていることに変わらないのだ。

「離して……こんなやつは大根様の敵じゃない!」

 フェンネルの腕を離してから大根を振り抜いた芽依は、走りよる物体を思いっきりフルスイングした。
 顔がひしゃげて体が氷が付きながら、物体は凄まじい勢いで庭から吹き飛ばされる。

 その時、庭に掛けられている複数の魔術に障りがあったのがパリィンと音が響き、エプロンを付けてお玉を持ったメディトークが慌てて出てきた。
 お玉には卵が少し付着していて、今まさに使っている最中だったのだろう。

『…………なんだ?何があった?』

 大根を握りしめ振りきった姿で立ち、その後ろには膝を着いている美しい奴隷達にメディトークは首を傾げる。

「僕達のご主人様が…………格好良すぎてどうしよう……」
 
『…………あ?』
 
 両手で顔を覆うフェンネルと、その隣で何度も頷くハストゥーレの様子に、メディトークは何とも言えない顔で、やり切ったと腰に手を当て大根を片手でぶん回している芽依を見た。

『…………おまえら、大丈夫か?』



 あれから庭の事はセイシルリードにと話を聞きに行った芽依達。
 どうやら、美味さ絶品の枝豆に現れる枝豆の妖精らしく、ほぼ食い尽くされてしまう為あまり市場に出ない幻の逸品になるのだとか。
 枝豆を作っていなかったフェンネルも知らなかったようで、あまりの美味しい枝豆に現れる枝豆妖精はかなりのレア物らしい。
 良かったですね、保証付きですよ、と微笑むセイシルリードに苦笑する事になる。
 だって、あれから枝豆の妖精はかなりの頻度で現れ大根様の餌食になるのだから。

 大根様の出現と討伐は正確で、幻の逸品とされる枝豆が芽依の定番となるのはもう少し後の事である。


 
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