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鳥籠の中のもの

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「領主殿は承知していると思いますが、私には小さな娘がいましてね、野菜の好きな子でしたが今は食べることが出来ず体調も崩し気味です」

「…………そうか、だがそれは皆もそうであろう」

 天井を見上げていた芽依達の気を引く為に話し出したカトラージャは、紅茶を1口飲んでから立ち上がった。

「ええ、その通りですね。だがね、野菜以外食べられない子もいるんですよ」

 仕切りのように掛けられたカーテンは2箇所あり、そのうちの一つ、壁全体に掛けられているカーテンを勢いよく開けた。
 そこには壁1面の歯車が無数にあり、レバーがある。

「…………カトラージャ伯、それは一体……」

「この部屋はですね、可愛い可愛い私の小鳥達のために用意した部屋なんですよ。その小鳥は野菜しか食べない。わかるかな、移民の民の方……野菜しか食べない小鳥たちはいま、かなり弱っているのだよ」

 ガチャリと音を鳴らしてレバーを下げると、天井いっぱいに吊るされている鳥籠の中の1つが物凄いスピードで落ちてきた。
 メディトークが芽依の前に出て、ハストゥーレが隣に立つ。
 立ち上がったオルフェーヴルも、アリステアを守るように立ち、どこからとも無く剣を出していた。

 きぃえぇぇぇぇぇぇええ!!!

 落下する衝撃に響く鳥の声だろうか、甲高い声が響いていた。
 芽依は青ざめていると、手をそっとハストゥーレに握られる。

『…………ありゃ……まさか』

 ガコン!と音を鳴らし、壁1面にあった歯車が止まる。
 地面に着くギリギリで止まった鳥籠を見て、芽依は極限まで目を見開いた。
 そこに居たのは、芽依の知る鳥の姿では無かったからだ。


「………………え、え……?!なに?!なんで!!」

 走り出して鳥籠を触ると、中で力無く座り込んでいる鳥は顔を上げて芽依の手に指先を当て、クルクルと鳴いた。
 細く、しかし引き締まった体に繊細なのだろう目を細めている端正な顔。
 髪や腕には無数の羽があり、美しいコバルトブルーの色彩が鮮やかだ。

「…………鳥……?いや……人間じゃない!」

『……ちげぇよ、そいつは鳥だ。ファランカンっていう唄い鳥のオス……なるほどな、上の鳥籠は全部そうか?』

「そう、美しいだろう?私が気に入り丹精込めて育てているコレクションだ。なのに、シロアリなんぞが現れ餌を用意できなくなるなど!!見ろこのやつれた姿を!髪も肌もツヤやハリが減った!」

「…………随分と悪趣味な事をするな」

「オスばかりを集めたのか……?」

「勿論だとも。美しく歌ってこそ観賞用に匹敵するコレクションとなるからな」

『だから野菜か……』

「ああ、既に数匹は死んでしまったからな。これ以上コレクションを破棄したくない」

「なんと酷いことをする……」

「酷い?小鳥達の一生を知っているでしょう?ここにいて穏やかに暮らす事の何が悪いと?」

 口端をくにぃ……と上げて笑ったカトラージャを見てから鳥籠に手を入れると、頭を擦り寄せてくる。
 そして、口を開けて指を咥えようとしてきた鳥からメディトークは芽依を引き剥がす。

「………………くるるるる」

 悲しそうに鳴く鳥を見てからメディトークを見ると、触るな、とキツイ眼差しで言われる。

『歌うのと同じく、それも求婚の1種だ』

「求婚?!」

『ああ、その鳥は生涯を繁殖の為に生きるんだよ』

「…………えぇ」

 美しいコバルトブルーの羽を持つ鳥と呼ばれた人型の何か。
 その見た目は極上の宝石の様に輝き美しさを際立ててるが、空腹なのだろう肋が浮いていて、その姿が庇護欲を駆り立てる。
 野菜が主食の鳥は既に数羽亡くなっていると言っていたが、芽依は上を見る。
 無数にある鳥籠にはそれぞれ中に空腹の鳥達がいるのだろう。

「…………この数の野菜を提供して欲しいということですか?」

「ああ、その通りだ。まさか、1羽分だなんて言わんだろう?」

 椅子に座りなおして腕を組み笑うカトラージャに芽依は困ったように眉を寄せてアリステアを見る。
 かなり険しい表情をしていて、首を横に振った。

「すまないが許可できない。今は領民すら食事を切り詰めている状態だ。なによりも優先すべきは領民であって、ペットとして買う幻獣ではないのだ」

「…………では領主殿、唄い鳥に死ねと?」

『そもそもよ、不測の事態になったとしても自分の意思で買ったものの責任はお前にあるのであって、その尻拭いをアリステアや、ましては移民の民であるメイが背負うものじゃねぇ』

「………………この鳥を前にしても言うのか?同じ幻獣だろう?」

『同じ幻獣?位も違えばその在り方が根本的に違う物をお前は同じと言うのか』

「…………幻獣としては変わりは無いだろう」

『……中には人外者への理解度が低いやつが居るが、お前もか』

 険しい表情で言い、顔を逸らしたメディトークの不機嫌さが前面に出ているが、カトラージャは苦笑するに留めた。
 そして、アリステアを見る。

「希望は叶わないか」

「無理な相談だ」

「………………そうか」

 はぁ、と腕を組み目を瞑ったカトラージャは小さく微笑んだ後、芽依を見た。
 笑っているのに目は笑っていない。

「そうか、では君からの提供が無いからこの鳥達は死ぬな」

「メイを惑わすような事は言わないように」

「ああ、悪気は無いよ……まあ、道は封鎖されているから領民は暫く生活がしずらいかもしれないが……まあ、仕方がないな」

 ふふ、と笑ってから立ち上がり手を差し出した。

「御足労お掛けした。」

『………………もう一度聞くが、メスは居ねぇんだな?』

「………………ええ、勿論」

 最後にメディトークが念押しして聞いてから芽依達は屋敷を後にした。
 何度も頼み込まれた割にはあっさり手を引いたな、という印象に芽依はスッキリしなかったが、アリステアの安堵のため息を見て、とりあえず終わったのだな、と芽依も息を吐き出した。
 しかし、メディトークはまだ何度も振り向いては屋敷を見る。
 どうしたのかと聞くが、歯切れの悪い返事を返すだけだった。


 こうして、野菜提供をしないと決めた事で道の封鎖の解除がされない事になった。
 これについては、道の開通までに魔術の道を作り領民には不便をかけないよう取り計らうから芽依は心配しなくていいと、アリステアは微笑んだ。
 その言葉の通りに数日の間に道を魔術で作ったセルジオが設置をしに行き、領民は助かったと喜んでいたそうだ。
 これでカトラージャ伯の事も落ち着いたと芽依は息を吐き出した。







「……………………メス、か。ああ、勿論……勿論いるさ。居ないわけがないだろう」

 カトラージャは、2度にわたり聞かれた事に、今更ながら正解を口にした。
 カーテンの仕切りのもうひとつ、それを少しだけ引くと、そこには豪華な鳥籠が床に置かれていた。
 銀色の飾りが沢山ついた鳥籠の中にはターコイズブルーのクッションが敷き詰められ、そこにいたのた女性形の鳥。
 しかしその鳥は、全身灰色をしていて羽も細く小さい。
 オスから見たら随分とみすぼらしい姿だが、そのメスを大事にしているのは周りの物を見れば一目瞭然だった。

「………………野菜が手に入らなかったよ、すまないな。だが大丈夫だ。お前の分は必ず確保するからな」  

 鳥籠を開けて中に入る。
 優しく頭を撫でてから、労わるように背中を摩るカトラージャだったが、そのメスの足には拘束用の鎖が繋がっていた。
 鳴くことも無いメスの鳥は、ただ黙ってカトラージャを見つめていた。


 
 








 
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