美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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「………………ふーむ」

 広大な庭を腰に手を当てて眺めた。
 風が吹き、髪がぶわりと動くのを片手で抑えながら少しずつ育つ野菜たちを眺める。
 まだ土が慣れていないからか、作物の成長スピードが少し緩やかだ。
 しかしそれも、次第に元に戻ると言われて安心したのも束の間、また別の問題が浮上している。
 芽依は眉を下げて深く息を吐き出した。

 
 ことの始まりは収穫祭が終わって数週間がたった頃だった。
 収穫は相変わらず難しい状態で、芽依の庭は50パーセント以上回復してきたとは言っても、メロディアの庭はまだまだ作物を植える状態にはなっていない。
 何度かメディトークが見に行き土の状態を見てはいるが、やはりメディトークと芽依が常にいる庭と回復スピードは段違いなのだそうだ。
 やはり、シロアリの汚染が少なからずあったようだ。
 通常新しい土を混ぜこみ土を作る場合は1週間程で出来るはずなのだが、芽依の土を入れて1ヶ月経つのに土の復旧は4割程度しか回復していない。
 庭の1部にしか芽依の土は混ぜていないので、これだと復旧に時間が掛かると頭を抱えてしまいそうだ。

 メディトークも険しい顔をしつつ、メロディアと相談して土の浄化もしているが、あまり変化は無いらしく2人とも困惑しているのだとか。

 そんな時に、以前問題に上がってきていたペントランに住む貴族が動き出したのだ。
 在庫として抱えていた野菜は底を尽き、転移門を使用して他国まで行き野菜を買い付けに行っていたが、シロアリ被害は広範囲に及んでいた為、野菜価格は高騰、更に買い占めは禁止となっていて、貴族だろうが希望する量を買い付け出来ずイライラが募っていた。
 そんな中、収穫祭でのあの芽依のやりとりである。

 少なくても、芽依の庭には野菜があると判断したその貴族は、芽依の庭を無差別で探し突撃してきたのだ。

 しかも、運悪くメディトークはメロディアの庭訪問、ハストゥーレはお使いの為外出、そして体調不良中のフェンネルに、毎月の羊を受け取りに来ていたヘルキャットと言う芽依にはあまりにも都合の悪い時にその事件が起きたのだった。

「………………うん、数を確認したわ」

 通常より小さめな巨大猫、ヘルキャット。
 今日は人型をとらずに嬉しそうに尻尾をくねらせて、片手で5頭の羊の首を掴んで舌なめずりをした。

「いつも美味しいお肉をありがとう、とっても嬉しいわ!それに、この光景を見るだけで元気が出ちゃう」

 羊を掴んだまま見たのは、復旧途中の庭。、まだ丸裸な場所もあるが、青々と成長している野菜にも舌なめずりをする。
 しかし、決まり事を守るヘルキャットは野菜を欲しいや売って等は言わない。

「…………ねぇヘルキャット。例えば、場所を取らずに魔術を使わず……あるいは使って小さなスペースで野菜を保管出来たら嬉しい?」

「それは嬉しいわ!やっぱり置く場所にも限りがあるもの。私や他の高位人外者だったら別空間に保管とかは出来るけれど、私どこに置いたか分からなくなるし、人間なら余計嬉しいんじゃないかしら……そんな事ができるの?」

 キラキラと見てくるヘルキャットに、芽依は頷く。
 本心で気になっているのか尻尾がビタンビタンと地面を叩く。

「…………たぶん、予想と違う形状なんだけどね。メディさんと相談して今度加工してみる」

「まぁ!加工品なのね!楽しみにしているわ」

 にっこりと笑ったヘルキャットに芽依も笑う。
 この状態が続いて野菜不足が長期間続いている。前回も年単位でたくさんの人が亡くなったと聞いたが、同じ状況にならないように手を尽くしているがなかなか解決の目処がたたない。
 以前あったからと、対策をしていなかった訳では無く、シロアリ対抗の薬液などを用意はしたが尽く効かないし、土の汚染が当時も結局理由がわからず庭復旧が長い時間を費やした。
 今とあまり変わりがない。
 唯一違うのは、フェンネルと芽依の第2の庭が無事で辛うじて配給ができる野菜を確保出来ている事くらいだろう。
 それだけでも、今のドラムストには素晴らしい幸運である。
 収穫祭の祝福が今後力を発揮してくれる事を期待するばかりだ。

 毎月の羊の支払いは今の所順調に出来ている。
 契約だからこそ、どんな時でも支払いの期限を守る必要があるのは融通が効かなく、こういう時困るなぁ……と眉を寄せてしまう。
 魔術によって縛られた契約を違える場合は、また別の魔術を重ねる必要があるが、それには更に厳しい制約がなされるらしいのだ。
 販売は信用第一であるので、そんな事にはならないように気を付けてはいるが、状況は芽依の意志だけではどうにもならない時もあるのだ。 


 こうして予定通り羊の受け渡しを終わらせた芽依は、帰宅するヘルキャットを庭の外まで見送りに出た時だった。
 いつも穏やかな庭で常に誰かがいるからこそ、芽依は判断を誤った。
 傍に誰もいない状態で、安易に外から見える位置に出てしまった芽依を見付けた数人の人間たちが目を合わせてニヤリと笑った。

 その時は何も無かったのだが、しっかりと目を付けられた芽依はその日の夜、ある訪問者がくる。



 ぴーんぽーん

 もう夕食の時間も過ぎ、そろそろ終わろうかと考えていた時だ。
 あまり鳴らないインターホンが響き4人の動きがピタリと止まった。
 最近は庭に食料を欲しいと訪問者が増えてきた様で、庭持ちは皆警戒を始めていた。
 誰でもいいから誰か野菜を分けてくれ、と訪ねてくるのだ。
 とうとう芽依の庭にも来たかと、メディトークが歩いていった。

『メイは来るなよ』

「………………うん」

 振り向き言ってから扉を開けた。
 そこには2人の身なりの良い男性がいてメディトークは眉の有るであろう場所をピクリと動かす。

「………………誰だ」

「訪問連絡も無く失礼いたします。私たちはペントランに住む貴族、カトラージャ伯の使いです。不躾に申し訳ありませんが、野菜を融通して頂きたいのです」

 薄らと笑い言ったその人にメディトークは扉に足をかけた姿のまま、芽依を隠すように立ち話を続ける。

『アリステアから話しはいっていないか?個人での取引は今完全に禁止されているんだがな?』

「それはお聞きしております。ですが、我が主がどうしてもと」

『それで良いとはいかねぇだろ。アリステアから許可が出てからにするんだな。どっちにしろ、ここは個人契約はしてねぇ、他を当たれや』

「…………いえ、この庭ではくてはいけないのです。この庭ではもう野菜が出来ていますよね」

 チラリと男が見たのは成長スピードは緩やかだが、庭の半分が育ってきている野菜たち。
 それをしっかり確認した時、メディトークは足でそれを遮った。

『あんまり中をジロジロ見るな。躾がなってねぇぞ』

「これは失礼いたしました。庭も確認してこいと言われておりまして…………移民の民の方の庭を」

『………………ここがメイの庭だとわかって来たって事か?』

「……………………ふふ、また来ます。良い返事を期待していますよ」

 そう言って帰って行った男は、チラリと芽依を見てから離れていった。
 芽依は隣にいるフェンネルの服を握りしめ、眉を下げて見ていた。

「……メディさん、大丈夫?あの時の貴族よりもなんて言うか……」

『…………まぁ、大丈夫だろ』

 何か考えがあるのか、含み笑いをしていた男に嫌な予感を感じてしまった。


 




  







 
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