美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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飢えた男の言い分

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 アリステアの示した先には芽依がいて、更に高位の人外者がそれを囲っている。
 他の移民の民も居るし、奴隷2人のうち、1人は希少な白と、犯罪奴隷とはいえ有名な最高位の妖精。
 ファーリアの移民の民の現状は知らされていて、それに該当する庭持ちは1人しかいない。

 ハストゥーレを見て、フェンネルを見たその男はごクリと生唾を飲み込む。
 広大な庭を所持しているであろう、反論などしない大人しそうな外見に惑わされたのか、芽依を御せると思った男は舌なめずりをした。
 潤沢な野菜を生産する移民の民に、美しく強い希少な奴隷達。
 それを手に入れたら、領地の戦力向上は勿論様々な事に優遇してもらえるカードを手に入れる事になる。

 浅はかにもこの男は、芽依が自領に来ることを疑わなかった。 
 不満はあるかもしれないが、断ることはないと傲慢にも思っていたのだ。

 しかし、そんな男に見向きもしないドラムストの領民達は、ワッ!と沸いた。
 たまたま近くにいた事で聞こえていたのだろう。
 目をキラキラさせて芽依を見ている。

「メイちゃんの庭が復活したの?!」

「なんて素敵な知らせだい!!」

「まって、完全復活ならもうカテリーデンに来てるだろ?」

「アリステア様からの指示で個人販売はまだ禁止だから無理じゃないかい?」

「あ!じゃあ、この野菜はメイちゃんのところの?」

「……………………あぁなるほど」

 みんなが頷きキラキラした眼差しを向けられた芽依は、ビクリと肩を揺らした。

「どうしましたか?ご主人様」

「…………いや、大丈夫」

 なんだぁ?と首を傾げている芽依に、ずんずんと男が近付いてきた。
 その後ろをアリステアが追いかけ、ギルベルトやパーシヴァル、他の領地から祝福を受けに来た領主や庭持ち関係者もなんだ?と視線を向ける。

「おい、そこのお前」

 ここに居る移民の民は3人、芽依にユキヒラ、そしてミチルである。 
 3人はそれぞれ守護する伴侶や芽依の場合はメディトークが前に出て守る体制に入る。
 そんな姿に男は眉をひそめたが、相手は人外者。
 不敬を働けば、首が飛ぶのは男の方である。

「失礼、移民の民でしたね。私の領地もシロアリの被害がありまして、是非ともこれだけ素晴らしい野菜を作る庭の持ち主の力を借りたいんですよ。ドラムストも全ての庭が壊滅状態と聞いています。それでもこの野菜を作れる程に回復しているのでしょう?こちらにもその恩恵を頂きたいのです。是非とも色良い返事を頂きたいのですがね」

 男は顎を撫で猫なで声を出しながらも見下した話し方をする男に眉を寄せ、ユキヒラやミチルは心配そうに芽依を見ていた。
 それは、領民の皆もだが、男と同じ理由で芽依を見るドラムスト以外に住む人たちも居る。
 出来るなら、その恩恵を預かれるなら、こちらにもと望む人ばかりだ。
 願うのは、この男だけではないだろう。
 ここで押し負けるような移民の民ならば、あるいは……

 そういう邪な気持ちが滲み出ていたのだろうか。
 芽依は一瞬顔を真顔にしてからアリステアを見た。
 小さく頷く姿を見てから、芽依はにっこりと笑った。

「いやです」

「…………………………は?」

 今まで芽依が見てきた中で、この世界の人達は移民の民を低く見ていた傾向があると芽依は考える。
 伴侶意外と話してはならない。
 基本的な決定権は伴侶である人外者がもつ。
 国の保護下に入り対価を支払う。
 契約した人外者の力は決められた内容しか借りられないが、移民の民が受け取った力は交渉次第では自由に使うことが出来る。

 こうした制約の中で自我を押し殺し、YESしか答えられない無言の圧力が蔓延る世界で生きてきた移民の民は、後ろにいる伴侶を怒らせない為だけの理由で傷付けないよう、生ぬるい温度で対応された。
 どれだけの人が個として理解しているのだろうか。
 
 それはきっと誰も居なかったのだろう。
 
 芽依と言う移民の民が来て、自分の意思で動く様を見ていたドラムストの領主が芽依の異議申し立てを受け入れたからこそ、時間はかかったが初めてドラムストにいる移民の民が笑ったのだ。
 誰も気にかけてくれなければ移民の民の声は届かない。
 その声が届かなければ、いないも同じだろう。

 何かを願う時、決定権は人外者にあっても移民の民の願いは受け入れようとする伴侶だからこそ、人間は移民の民に高圧的に対応し恐怖を与えてYESを誘う。
 そうやって、歪な関係を利用する狡猾な人間も多くいるのだ。

 だがどうだろう、今目の前にいる御しやすいと思っていた移民の民である芽依は、自分の意思で拒否をした。
 自我を押し殺して生活する移民の民を普通と思うこの世界の男から見て、伴侶に聞くでもなく自分の意思で拒否をしたのは想定外の事なのだ。

「…………なん、だと……?」

 小さく開かれた唇がフルフルと震える。
 まさか自分の頼みが叶わないと言うのか、移民の民を相手にして……
 そう、ありありと見える様子に、芽依はいつの間にかテーブルに並んでいたメディトーク特製の牛乳プリンを片手に無表情で見ていた。

「…………お前、私の領地に行けるんだぞ……?ここよりもずっと広い領地の領民なれるんだ。望むなら奴隷も与えよう。好きなんだろう……?」

 人外者を怒らせないように口を痙攣させながら何とか笑って言ったが、逆効果である。
 ギリィ……と絹の手袋が握り込まれ、牛乳プリンをフェンネルの口に無理やり突っ込み食べさせると当事者のフェンネルも、男も目を丸くする。

「奴隷が好きなんて一言も言ってないです。私が好きなのは、家族のハス君とフェンネルさんであって誰でもいい訳じゃありません」

「…………熱烈すぎてどうしよう……あれ、ハス君?!」

「……ご主人様が私を……好きだと…………」

「あれぇ?!なんかメイちゃんの流れ玉に当たったよ?!」

「………………いいなぁ」

 そんな芽依曰く増殖した天使3人に鼻血がでそうだと鼻を確認する残念な女、芽依。

 
 相変わらずの芽依達にアリステアは苦笑する。
 しかし、これは想定内だった。

 貧困に喘ぐ国から来た人たちは、この素晴らしい料理の材料を作る人をどうにか探そう、上手く行けば移住、いかなくても復旧までの支援物資を取り付けようと考えている人達ばかりだ。

 アリステアに何度話を通しても許可されない為、本人を探し出して話に行こうと画策しているのは目に見えていた。
 断り続けても諦めず、芽依に話をしに来るだろうと考えたアリステアはここでキッパリと断る口実を作ろうとした。

 すなわち、人外者を従え芽依の安全を守った状態で芽依自身に断りを頼む。
 伴侶の持たない芽依だが、周りは芽依を好む人外者ばかりである。
 芽依の好まない話を無理やり通そうとしたら、周りが黙ってはいないのだ。

 勿論、芽依の意思で手を貸すならそれでも良い。
 全ては箱庭を持っている移民の民である芽依の意思が反映されるからだ。

 そんな芽依の答えは[いいえ]

 芽依が決めた答えは変わることは無いだろう。

「まったく、なんでもかんでも奴隷がいるからとか、それしか言えんのか」

 思わず口調が乱れ、シャルドネが小さく笑う。
 フェンネルは苦笑しながらも、あれから運ばれてくる牛乳プリンをもぐもぐし続けていた。

「庭はまだ復旧途中で他に支援をする余裕はないです。出来たとしても、自分が住んでいる場所の立て直しが終わってからだと思いますし、私の庭は私だけのものでは無いので私一人の返答ではお答え出来ません」

「………………だから!私の領地に来いと言っているんだ!庭はお前のものだろう!!それとも他人と土地を共有しているとでも言うのか!!」

「庭の名義は私ですけれど、今は共同経営と言えますし、メディさんが管理人として一緒にいてくれるので私の一存では移動など出来ません。まだまだ半分も土の回復は追い付いていないし、箱庭支援してくれたヘルキャットへの定期的な支払いもあります。ギルベルト様との契約も交わされているので、ハス君を手放さない為にも必ずしないといけない一定量の出荷業務もあります。私は決して暇な訳では無いしやる事は山積みで、それを理解してくれるアリステア様の領地にしか住めないと思います。なにより、自分が好ましく思う領主がいる場所に住みたいし、私を平気で見下してくるあなたの言う全てに頷けるほど、頭が弱いわけでもないです。」

「…………メイ、最後のは余計だ。そう思っても今は黙っているように」

「ごめんなさい、お母さん…………いたっ!」

 セルジオに軽く頭を叩かれ、天使達に慰められている芽依を驚いた様子で見る。
 こんなに真っ直ぐ目を見て断わってくるなんて思いもよらなかったのだ。
 
  皆が驚いていた。
 いや、正確に言えばドラムスト領民以外が驚いていたのだ。
 カテリーデンによく居る芽依の、人となりを理解している客も増えてきたので、芽依が断る事に少なからず安堵していたのは表情から見てもよく分かった。



 
 いずれ来るであろう芽依への無理やりな支援要請が、この場でされると予想していたアリステアは、事前にそれを伝えた上で芽依と対応を協議した。
 その結果、断ることは決まっていたが、相手の出方次第では対応を軟化させます、アリステア様の為になるなら、とまで譲歩していた芽依。
 そんな芽依にアリステアは笑みを浮かべたのだが、この男はよりにもよって芽依の嫌がることを口にした。
 見目美しい奴隷2人に邪推したのだろうが、怒らせる相手に芽依は慈悲などない。
 容赦ない言葉を浴びせて断ったのだった。

 争いたいわけでは無いのだが、男のあの奴隷に関する話が出た瞬間、アリステアは諦め、むしろいっそう清々しい笑みを浮かべたのだった。

 移民の民には人外者がいる。
 真に理解しているならば、移民の民を怒らせてはいけないと、芽依を見てアリステアは学んでいたのだ。



 
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