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アシュリニア
しおりを挟むシャリン……シャリン……と錫杖が地面を打ち音を鳴らす。
足音を立てずにゆっくりと黒い衣装を着たアリステアを先頭に領主館からカシュベルへと向かうのだ。
そこには芽依やメディトーク、フェンネルにハストゥーレもいる。
芽依の庭に居た関係者を含む領主館関係者がずらりと並んでいのだ。
転移を使わずしずしずと歩きカシュベルに向かうのだが、そこには巨大な祭壇が用意されていた。
アシュリニア
それは、この世界の追悼式典である。
大きな災害や人災等で、人や物に長期的な被害が起きた時に行う行事の1つである。
亡くなった方への追悼は勿論、今後確実に来るだろう大飢饉に対して必要な式典なのだ。
これを行うことで、国や領地に蔓延している負の感情や呪いを払う効果がある。
芽依も今日は朝から追悼に似合う精進料理に似た食事を頂き、黒いレースをふんだんに使ったマーメイドラインの黒いワンピースを身にまとっている。
顔が隠れるような黒のベールに、真っ黒な花飾りを付けて目を伏せている。
隣にはフェンネルとハストゥーレがいて、両側から手を握られ静かに歩く。
後ろにはメディトークもいて、いつも朗らかに話す4人だが、この時ばかりは口を閉ざした。
距離はそれなりにあり、ローヒールの靴が負担になるかと思いきや、セルジオの選んだ靴は今日も芽依の足を柔らかく保護してくれる。
無地の黒。飾り気ないローヒールの靴だが、この日に飾りの着いた豪華なものは必要ないだろう。
砂利道が続き、途中から舗装された道路に変わる。
チリン……と音がなり顔を上げると、両端にある街路樹には黒いレースと鈴が付いていて、風に揺れて鈴が大合唱をした。
生き物の気配は薄く、数匹いるスメラギがぴょこぴょこと木を伝って移動していた。
カシュベルに着いた。
街の入口から、色彩は全て黒で統一されていて物悲しい街の風景に芽依は眉を下げる。
ファーリア全体が喪に服して、その影響で街路樹から街並みまで黒で統一されているらしい。
賑やかな街並みは一切なく、祭壇へ行かない人達は自宅前等で目を閉じ、軽く頭を下げている。
その中央の道を、錫杖を鳴らしながら歩くアリステア。
まっすぐ表情を変えることなく前を向き、祭壇がある中央広場へと目指した。
誰も話さないし、誰も泣いていない。
数人、小さな子供が泣き出したが、直ぐに両親に抱き上げられ家に入っていった。
「…………………………」
その様子を見てから振り返りメディトークを見るが、小さく首を振られたので前を向く。
祭壇まで、あと少し。
広々とした祭壇には、沢山の花や宝石等が置いてある。
通常、食料も置いてあるのだが今は無い、これからの大飢饉の対策の為、用意できなかったのだった。
アシュリニアは言葉を発する事のない、静かなもので、唯一死者の安楽を願い、また、呪い等対策のために発動する魔術の際に数人で祝詞を唱える。
まるで歌のように旋律にのるそれは、ミサなどで聞く豊かな歌ではなく、鎮魂を願った歌だ。
物悲しく、虚しく、しかし心に響く。
錫杖を強く鳴らし、アリステアの隣に4人の人間が並ぶ。
お年を召した方が大半なのだが、皆優しそうな顔つきをしているのが印象的だった。
列の真ん中辺りにいた芽依は、花や宝石に頭を下げているアリステア達を見た。
いつもの穏やかさが無い、真剣な表情。
そんなアリステアを見た領民たちも静かに頭を下げて、聞こえ始める祝詞に耳を傾ける。
悲しい悲しい、祝詞だった。
アシュリニアはそう時間は掛からなかった。
悲しみにくれる領民達をアシュリニアで時間を使いすぎないように、泣けるように配慮されているのだ。
「…………泣いてはいけないのですか?」
「ああ、アシュリニアは泣くことを禁じている」
「…………どうしてですか?」
夕食の席で、誰1人泣く人は居なかった事に芽依は不思議に思っていた。
シロアリが芽依の庭から出ていって今日で3日がたつ。
芽依の庭から出たシロアリは、カシュベルと同じ規模の広さがあるペントランに行き、疲弊し傷付いた女王が庭の栄養を奪い多少回復しているのを確認していた。
その際にも、保護されていない移民の民がその場にいて被害が出ている報告もされていた。
少なからず死者は出ていて、騎士も殉職されている。
それに悲しむご家族や友人、知り合いも沢山居るだろうと思っていたのだ。
しかし、シロアリ撃退からまだ3日、悲しみが薄れる事の無い数日後のアシュリニアでの領民の様子に芽依は胸が苦しくなる。
「災害によって起きるのは死者が増えるだけではなく、土地の汚染や呪いを撒く。その時に涙を流すのは負の感情やエネルギーをその地に蓄える事になる。アシュリニアでせっかく魔術を練り上げ土地の守りを強める時に、そのエネルギーが含まれてしまったら逆効果になるからだ」
「かといって、全ての悲しみや涙を抑えれる訳がないから、魔術に合わせて私達の祝詞を重ね、その余分となるエネルギーを飛散させる役割もあるのだ」
「…………そうなのですね」
頷いて、夕食に出されたパンをちぎり口に入れる。
ふかふかの柔らかなパンのバターの風味が口いっぱいに広がった。
簡単なサラダとスープ、それに果物の盛り合わせ。
アシュリニアが始まったら、このような食事が1週間続くのだ。
「でも……それじゃ、皆の悲しみは置いていかれちゃうんじゃないですか?」
「その為の祝詞でもあるのですよ」
悲しみを落としてはいけない反面、悲しみを洗い流す効果もアシュリニアの祝詞には含まれているのだ。悲しみを受け入れ飛散させる。
涙は出してはいけない、しかし祝詞によって悲しみは増幅して死者への追悼となるのだ。
「その悲しみや無念を祝詞によって飛散させ、大気中で溶かすのだ。大地に落とすこと無く悲しみや無念……そして死者への感謝を祈るのがアシュリニアなのだ」
それを聞き目を伏せる。
初めて災害……というか、人災というか。
それを目の当たりにした。
芽依を心配する人達が居るからこそ頑張って今も地に足をつけて居られるが、アシュリニアで今の状況を再確認する。
「………………芽依、これからは大飢饉になる。芽依の庭の状態がこのドラムスト……いや、シロアリ進行の道に入った場所全てが同じような状況なのだ。ドラムストだけでなく、全国的な食料難となる……死者が、出るだろう」
「……はい」
「メイさん、申し訳ありませんが協力をお願い致します」
あの緊急会議の時の芽依の様子をやはり気にしているアリステア達。
どうにか助けて欲しいと頭を下げるアリステアに、芽依は立ち上がった。
「や、やめてください!私はあの時フェンネルさんへの対応に怒ったのであってアリステア様達に怒ったのではありません…………不快な思いをさせてすみませんでした」
ぺこりと頭を下げて謝った芽依に、アリステアはホッと息を吐き出した。
アリステアが気にしていた大飢饉、それは数週間後から様々な影響を及ぼすようになる。
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