美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

文字の大きさ
上 下
122 / 588

降り積もる雪のように胸に冷たくのしかかる

しおりを挟む

 暫くしたらフェンネルはいつもと同じ穏やかな笑みを称えて、ごめんねと謝った。
 首を振って笑うしかない芽依は、引かれるまま餅つき会場に戻ることにする。

 元の世界の芽依達の寿命でさえ嫌な事や悲しい事は沢山あって、それを乗り越え生き続けなくてはいけなくて。
 それでも終わりはやってくるのだ。
 85年か90年か、はたまたそれ以上か。
 それは芽依にもわからないが、それ以上にこの世界の人間含め人外者たちの生の時間は果てしなく長い。
 フェンネルみたいにどうしようもない悲しみや後悔があったとしても、終わりは中々やってこなくて地獄のような長い時間を過ごす事はまだ芽依には想像が出来ない。
 その絶望に、救いはあるのだろうか。

 前を歩く綺麗な三つ編みの白い髪を見つめながら、芽依はそんな事を考えた。
 そして、この果てしない寿命の中にある死という遠い存在を改めてどう捉えるべきかと悩む。

 今いるアリステアやセルジオ達領主館の人達や、庭にいるメディトークやハストゥーレ。
 フェンネルやニアにしても、いつか居なくなる可能性があるのだ。
 それを想像して、芽依はゾクリと嫌な汗をかいた。

 芽依にとっては特殊でいて過ごしやすくなったこの世界の中で、誰かが欠けたら芽依は立っていられるのだろうか。
 分からない事が溢れ、運良く聞くことが出来る環境があり、守ってくれる人も助けてくれる人もいるこの暖かな世界を失って、また1から優しい世界を作ることをきっと芽依良しとしないだろう。

 努力家次第で似た環境を作る事は出来ても、やはり一番大切な人がいない。
 芽依はきっと新しい場所と比べてしまう。
 皆がいないと落胆するだろう。

(…………そうか、それがきっと今のフェンネルさんなんだ)

 長い人生の中で沢山の人に出会い、親交を深め同じ時間を過ごす中で、ふと思い出し比べるのだろう。
 生まれてから当然のように隣にいた幼なじみが居ないことに、いたら今きっとこんな表情をしてこう話すのだろうと。

 それは、とても物悲しいものだ。
 思い出話で悲しさを感じるのだから。


「ついたよー」

 振り返ったフェンネルは笑っていて、その後ろで繰り広げられる暑苦しい餅つき大会(年配者のみ)の掛け声は未だに止まることは無い。
 
 もう何個目の餅をついているのだろう、金塊のようなつきたての餅が一つ一つ丁寧に透明の袋に入れられ長テーブル3つ分に高く積まれていてジェンガみたいになっている。
 柔らかい筈なのに、とこもへにゃりとしておらず積み上がっているのだが、今まさに食べている餅は柔らかく伸びがいい。

「何味にする?きな粉とか……あんこもあるし」
 
「えーっと……あれだ!」
 
 様々な味を用意していて、中には先程考えていたお雑煮もある。
 まだ指先の冷えているフェンネルを引っ張り連れていくと、おばあさんが何も言わずにずずいと渡してきた。
 フェンネルが預かり芽依を見る。

「はい」

「うん…………あったかいねぇ」

「………………えーっと……メイちゃん?」

 カップを両手で持つフェンネルの手の上から包み込むように重ねると、困惑し眉を下げて笑うフェンネル。

「手がね、指先が冷たくて気になっていたの。だからお雑煮があったら食べさせたかったんだよね」

「メイ……?」

「私ね、今日はとってもフェンネルさんを大事にしたい気分なんだよ」
  
 じんわりと温まってきた手を見ながら指先で撫でると目を見開き芽依をまじまじと見つめてくる。
 見つめてくるフェンネルを見上げて笑った芽依は手を離して椅子を指さして手から腕に持ち替え軽く引っ張った。

「向こうに座ろう」

 フェンネルの分だけを貰い椅子に座らせた芽依は食べるように促し、困惑気味なフェンネルがぎこちなく食べ出すのを見ていた。

 (あらやだ、青春ねぇぇぇ)

 そんな2人を年配者の皆さんはチラチラチラチラと見つめている。
 若い人が極端に少ないシャリダンでは2人がただ話しているだけでもほんわかと見守られ、手を繋いだら秘密の逢引を見てしまった乙女のようにキャッ!となっていた。

「温まった?」

「……………………うん」

 ぽわんと目元を染めて笑うフェンネルは今幸せそうに笑っていて芽依は伸び上がり頭をよしよしする。

「ん?なに?」

「良かった、元気になったね。心が冷たくなったら美味しい温かい物を食べてお腹から暖まるといいよ」

「…………うん、今は暖かいよ……メイはあったかいねぇ」

 空になったお雑煮のカップを膝に置いて、ぽて……と肩に頭を乗せてくるフェンネル。
 目を細めて笑っているフェンネルからお雑煮のカップを取り上げると、視線でフェンネルがその手を見ていた。

「もう少し、このままでいてもいいかな」

「いいよ、好きなだけ」

 いつも笑って側にいて、困ったことがあったら助けてくれるフェンネルなんだから、弱ってる時くらい芽依はいくらでも胸を貸す。
 いくらでも寄りかかって弱音を吐いても良いじゃないか。

 それでまた、フェンネルが前を見ていつものように笑っていればそれが一番良いんだから。
 

 
 
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

(完結)相談女とお幸せに!(なれるものならの話ですけども。)

ちゃむふー
恋愛
「私は真実の愛に目覚めたんだ!ミレイユ。君は強いから1人で大丈夫だろう?リリアンはミレイユと違って私がいないとダメなんだ。婚約破棄してもらう!!」 完全に自分に酔いしれながらヒーロー気分なこの方は、ヨーデリア侯爵令息のガスパル。私の婚約者だ。 私はミレイユ・ハーブス。伯爵令嬢だ。 この国では、15才から18才まで貴族の令息令嬢は貴族の学園に通う。 あろう事かもうすぐ卒業のこの時期にこんな事を言ってきた。 できればもう少し早く言って欲しかったけれど…。 婚約破棄?大歓迎ですわ。 その真実の愛とやらを貫いてくださいね? でも、ガスパル様。 そのリリアンとやらは、俗に言う相談女らしいですわよ? 果たして本当に幸せになれるのかしら…?? 伯爵令嬢ミレイユ、伯爵令嬢エミール2人の主人公設定です。 学園物を書いた事があまり無いので、 設定が甘い事があるかもしれません…。 ご都合主義とやらでお願いします!!

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

処理中です...