美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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タイニーとリンデリントのこだわり

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「情報提供ありがとう、助かった」

「いえ、お役に立てたのなら……」

 そう答えた芽依は、やっと残ったサンドイッチに手を伸ばした。 
 緊張の糸を緩めたらしいアリステアは息を吐き出し今聞いた情報をシャルドネと話し合っていた時に新たな爆弾が放たれる。

「………………あの」

「ん?どうした?」

「えーっと」

「お嬢さん?何かあったら遠慮なくおっしゃって?」

「………………………………これ」

 箱庭から出したニアから貰ったミニチュアを出した芽依に、アリステアは目を見開き立ち上がった。
 その驚きはアリステアだけでなく、セルジオは拭いている最中の眼鏡を落とし、シャルドネは綺麗に2度見した。
 ブランシェットは淑女としてやってはいけない事だが紅茶を吹き出しそうになり、顔を伏せている。

「…………これは」

「実は、少年に村長のお家でお話した時大絶賛しまして……ミニチュアをくれたんです」

 村長の家がないと聞いて、芽依はあの話をした後何かあったのかとかなりドキドキしていた。
 しかしニアは特になにかを言う訳でも無く芽依が気に入ったからと、とわざわざ用意してくれたのだ。

「……これを、どうしたのだ」
 
「昨日帰って来てから少年に貰ったんです」

 震える手でそっとミニチュアを手に乗せたアリステアは、それから目を離すことが出来ず見ながら聞いてきた。 
 
 小さな小さなミニチュアはあの家とまったく同じ温かさがあって、今でもこの小さな扉を開いたらあの可愛らしい玩具のような室内に入れる気がするのだ。

「…………まさか、本物をまたこの目で見れるなんて夢にも思わなかった……しかも村長の家だなんて……」

 優しく撫でるアリステアの瞳は次第に潤みだし、しかし見たことも無い幸せそうな顔で笑うのだ。
 芽依は目を見開き今までのアリステアの笑みが一気にお客様用の笑みに感じた。
 初めて、じんわりと染み入る心からの笑みを見た気がするのだ。

「…………メイ、これは小さな工芸品ではないよ。これはね家なんだ。あのリンデリントが作る家はこうやってあるアイテムを使うと持ち運びが出来るようになる。他で住居を建てることは出来なくても、呼ばれ遠征にでる職人達は小さな家を建てて持ち運び現地で家具や家財なんかを作る職人がね、一定数いたんだよ……本当に懐かしい」

「……まさか、500年が経ちまた正式な使い方でタイニーを見ることが出来るなんて思いもしませんでしたわ」

「それも簡易式では無いリンデリントにある家屋だなんて、信じられませんね」

 タイニーとはなんだろう?とセルジオを見上げると、ニッと口端を上げる。

「タイニーとは家屋を閉じ込め持ち運ぶアイテムだ。今でも1部では使われいるがリンデリントが主に使っていたから家屋を運ぶという事については廃れているな。今は違う用途で使われる事が多い」

 元々人外者は転移を多用する為タイニーを使用する人は少ない。
 人間が長距離移動する場合はその可能性も無くはないが、金銭を払い公共の転移門を利用するか、強い傭兵を雇って数ヶ月掛け移動するのが普通だ。
 宿も取れるため、わざわざタイニーを使って家屋を持ち運ぶのはリンデリントの村人位だったのだ。
 
 そもそも、自分の作る物にこだわりが強いリンデリントの職人は移動中の宿ですら家具を観察し気に入らない物には落ち着いて泊まることを苦痛としていた。
 
 したがって、最初タイニーの開発販売を頼んだのはリンデリントの村長だった。
 頼まれた依頼を成功させるにしても、宿の不快感になかなか眠れず不眠不休の移動となりイライラが募るのだ。
 死にはしない程度だが、体と心は酷く疲弊する。

「しかしリンデリントが無くなった今、正規の使い方をする者はほぼ居なくなったと言って良いでしょう。今はこのように、気に入った物をミニチュアとして観賞用に購入する方が多いのですよ」

 素晴らしく精巧なミニチュアに見えるこのタイニーを購入し、実物を閉じ込めて眺める事に喜びを感じる愛好家は少なくない。
 
 しかし注意点がひとつ。
 これはある他の道具と掛け合わせる事で生き物も閉じ込める事も出来る。
 死ぬこと無く眠るミニチュアの妖精や、精霊を闇市で売る商人もいるのだ。

「じゃあ、このタイニーから出したら住めるんですか?」

「ああ勿論だ……ただ、このままの方がいいかもしれない。リンデリントの職人がいない今、家屋が破損されたら修復する方法がないのだ」

「保護とかしても駄目なんですか?」 

「駄目なのですよ、むしろ魔術をかけると家屋は弱ってしまうのです。ですからリンデリント以外での建築を諦めましたのよ」

「…………そうですか。とても好みの家だったから残念です」

「………………家具や家財をまた見たい気持ちも勿論あるが、国家財産にも匹敵するものだ……メイ、大切にしてやってくれ」

 暖かな眼差しでそう言うアリステアに芽依は頷いた。
 出来たら庭に出したかったのだが、脆く壊れやすい家屋を出す訳にもいかないし、修復が出来ないのならこのまま観賞用として大切にするしか無さそうだ。
 芽依は昨日、ニアと暖かな空間で話をしたあの室内を忘れないように返してもらったタイニーに入った家屋を大事に受け取った。





「良かったのですか?」

「何がだ?」

「あのタイニーの事ですよ。国で管理してもおかしくない代物ですよ。しかもあの家は……」

「ああ、わかっている。だが、多分高位の人外者が移民の民であるメイに渡したものを私が奪う訳にもいくまい」

「……………………難儀な人ですねぇ」
 
「私個人としては、這ってでも欲しいと手を伸ばしたい所だが、メイなら大切に保管してくれるだろう。それが分かるだけで私は満足だ」

 500年、それは長寿のアリステアにとっても決して短い時間では無い。
 リンデリントはアリステアにとっても意味のある大切な村だった。 
 だからこそ、この村の事を情報収集だけではない詳しい話を聞かせて欲しかったのだ。

 廃村になる前の空白の時間、全滅した村は一体どんな状況だったのだろうか。
 それがとても知りたかった。

 芽依に聞けたのは全てが終わった後のリンデリントの様子だけで、実際に殺戮現場を見た訳では無い。
 分からないのは残念だが、それは芽依が安全であったと喜ぶ所だ。
 
 移民狩りに巻き込まれずにすんで本当に良かった。
 そう、心から思う。

 リンデリント。
 現在リンデリントの作品は小さな物も含めて10万点程発見されていて、食器類に至っては美しく丈夫で今も愛好家が多い。
 家屋に至ってはほぼ全滅状態で比較的綺麗な状態で保っていた5件分だけ綺麗に掃除された状態でタイニーに保管されているが住める状態では無い。
 今回芽依が手に入れた家屋は破損箇所もなく当時のまま残された奇跡的なものだった。
 通常は国に差し出すべき物だが、アリステアは領主判断として黙認したのだった。
 
 どうやってニアが破損した箇所を直したのかは芽依も分からないし、特にアリステア達から破損状況も聞かれなかった為答えなかったのだが、これが後に思わぬ事に発展することになる。

 
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