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奴隷の証

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「まずは何を買う?」

 賑わう市場通り、いつもとは違う衣服や装飾品の類が売っている場所に来た芽依達。
 普段食べ物に囲まれる区にしかいないカテリーデンだが、勿論それだけではない。
 カテリーデンは巨大な建物で、即売会の会場は数箇所に分けられている。
 その中で、衣服や装飾品のブースには子供から紳士淑女まで楽しそうに商品を見ている。
 ピンキリで、小さな子供が買えるものから高級品まで多種多様に揃えられていて、今回芽依の目的であるハストゥーレへの装飾も此処で買えるらしい。
 よく見たらハストゥーレ以外にも奴隷は居て、主人の半歩後ろを歩いていた。
 荷物持ちなのだろうか、沢山の荷物を持っているのが見受けられる。
 その殆どが人間で、逆に人外者の奴隷は肉体的よりもその力を行使する事に使われているようだ。

「どうする?……おい?」

 連れて歩いている奴隷の服装は様々で、綺麗に着飾っている人もいれば着の身着のままの人もいる。
 チラリと隣にいるハストゥーレを見ると、その見た目は最高傑作で美しい。
 こんな美しい人外者にぼろ布を着せる事だけはしないと意気込んだ。

「…………まあ、あなたの奴隷は白なの?素晴らしいわね、一体いくらつぎ込んだのかしら」

「……はい?」

 急に声をかけられた芽依は振り返った。
 宝石をふんだんに使ったワインレッドの帽子に、同じ色のコートを着たふくよかな女性。
 後ろには5人の奴隷がいて、そのうち1人は灰色の奴隷紋が入っていた。白の一個下だ。

「白なんて滅多にお目にかかれない代物よ、貴方運がいいわ。でも、貴方に白は勿体ないんじゃないかしら」

 ジロジロとハストゥーレを見るその眼差しは値踏みしていて、唇をペロリと舐める。

「…………だれ?」

『知らねぇ』

 メディトークにコソッと聞くが、欠片も興味が無いように適当に返された。

「ねえ、私の奴隷全員と、貴方の白交換しない?私の奴隷、悪くないわよ」

『おいおい、灰と白はまったくの別モンだぞ。灰を50人集めても白との交換なんざ有り得ねぇ』

「まあ、その価値は所有者が決めればいいわよ。ねぇ、貴方まだ白を持つには早すぎるわよ?私に譲りなさいな」

 カテリーデンでは問題ばかり起きるのか、と芽依は息を吐き出す。最近絡まれてばかりなのだ。
 しかも今回は初めての場所である、なんだこのエンカウントの高さは。

「さあ、早くその白を……」

「うちの子ですから!手を出さないで頂きたい!」

 ハストゥーレを芽依の後ろにグイッと下げて言うと、マダムは眉を寄せる。
 灰色を掴み芽依の前に立たせる、その人外者もとても美しい人ではあるけれどうちの子はハストゥーレなのだ。

「まったくもう!ハス君は物じゃないんだから、下さい、どうぞじゃないんだよ」

 プリプリとしながらハストゥーレを引っ張り歩き出す芽依を、マダムは顔を真っ赤にして後を追いかけてくる。

「あなたね!私が譲歩して差し上げてるのよ!なのに失礼じゃなくて!?ええ、ええ、失礼ったらないわ!!」

「譲歩ぉぉぉー?私はハス君をあげるつもりも交換するつもりもないよ。貴方も簡単に自分の子を交換なんて酷い事しない方がいい」

「まあ、自分の子!?奴隷を自分の子ですって!?なんて事をいうの!?」

 正しく金切り声とはこの事を言うのだろう。
 マダムの声が響き買い物客の視線を集める。

「ねえ貴方、その、変えた方が良いかもしれないわよ。その方貴族よ」

 カテリーデンに出店中の人がコソッと話し掛けると、芽依は立ち止まりその人の出品を見た。
 丁度奴隷の証と呼ばれる装飾品が売られている。

「お!!メディさん見て、どう?」

『お?……………………いいな、品質もなかなかだ』

「ハス君は綺麗な緑だから、何色が似合うかな。髪飾りを取っちゃったから、1個は髪飾り欲しいよね。ハス君はどんなのが好み?」

 赤い宝石が着いたベルベット生地の滑らかなリボンを取りハストゥーレの髪に当ててみると、美しい宝石がキラリと光った。

「バッチンって留めるタイプのが楽かな」

『両方買えばいいんじゃねーの。ほら、これなんかお前好みじゃね?』

「ああぁぁぁぁ、可愛い蝶々だ!これは買おうピンブローチ……使い所がわからないけど」
 
『ローブに付けるなり色々あんだろ』 

 2人の両手には沢山の奴隷の証。
 その全てをハストゥーレに合わせてあーでもない、こーでもない、と話しては決めてを繰り返すと売り子はどんどん笑顔になっていく。

「これ全てお買い上げで!?」

「ご、ご主人様……あの……買いすぎでは……」

「買いすぎ!?いや、足りない!足りないよ!?見てこれかーわーいーいー」

 飾り付きの紙紐は色が豊富でケースに沢山はいっている。
 それを三本掴み、ハストゥーレの髪に合わせてみるとこれまた可愛らしいのだ。

「………………まよう」

『他も見に行ってみようぜぇ』

「うん、とりあえずこれ買います」

 蝶々のピンブローチに紙紐2本を差し出した芽依に、売り子は頷き袋に入れてくれる。
 ピンブローチは今使うとそのまま貰い、その場でハストゥーレのローブにピンブローチを付けた。

「…………うん、いいね。森の妖精さんだからとっても蝶々が似合う」

「……………………ありがとうございます」

「い……いい加減!私にその白を渡しなさい!!」

 完全無視を貫いていたマダムが怒り狂い芽依を思いっきり引っ張った。
 パサ……と落ちる外套のフードから見えた顔は、最近カナンクルのミサで白いドレスを着ていた芽依。
 その顔を覚えていたのか、マダムは外套のフードから手を離した。

「…………花嫁だ」

「花嫁が奴隷を?珍しい」

「………………美味そうだ」

 ざわりと喋り出す人外者に芽依は息を吐き出すと、いつの間にか隣に人が立ち、芽依の手を握っている。

「……………………ん!?」
  
「………………お姉さん奴隷を買ったの?」

「んん!少年じゃないかぁぁぁ!!違うんだよ、ギルベルト様?領主様?に頼まれて食材を年に1回提供する対価にハス君をくれたの。量が必要らしいから」

「……ああ、見た事あると思ったらガイウスの領主の所の奴隷」

「うん、ハス君です。売り子でも連れていくから仲良くしてね、少年」

「わかった」

 うん、と頷く少年は、あっちにいいの売ってるよと教えてくれてから離れて行った。

「…………ああぁぁぁぁ、可愛い少年堪らない」

「ご主人様……?」

「おっといけない。メディさん、向こう行こう」

『あいよ』


「…………ガイウス領主からの対価?あの子が花嫁だったなんて……あんな綺麗な白を見つけたのに!」

 マダムはハンカチを噛み締めながら、ドンドンと足音を立てて離れていった。
 その後ろを慌てて5人の奴隷が追いかけるのだが、マダムは待つことも無く怒りに任せ周りの人にぶつかり怒鳴り散らしながら歩いていった。


「奴隷の証って何個必要なの?」

『1個ありゃ十分だな』

「1個!!」

 既に3つの奴隷の証を購入しているが、芽依の性格的にこれじゃ足りないと言うだろう。

「よし、じゃああと追加で5~6個買おう」

「え!?」

『だよな、言うと思ったわ』

「普段使い用と、式典とか?祝祭用?に何個か。あと、畑仕事中に使える髪紐は日用品だから特に個数制限は無いでしょ?」

「い、いえ!もう十分です!」

「十分じゃないよ、足りない」

「しかし、お金もかかりますし!」

「金ならある!むしろ足りなかったら稼ぐから大丈夫!!」

『その手付きやめろ』

 親指と人差し指をくっつけ輪を作り金ジェスチャーをする品のない芽依。

「うちの子にお金を使わずいつ使うの!!」

『お前、好きな物に散財するタイプだろう』

「お酒とおつまみさえ買えれば後は我慢出来るよ!」

『やめとけ』

 そんな会話を周りの人達は聞いている。
 カテリーデン食品の方の常連達は驚きと共に、ああ、メイちゃんか……と納得している。

「メイ!メイ!!」

「ん?」

「メイ!見てって!いつもお世話になってるから安くするよ!」

「あ!!まさかこっちで出店してるとは!」

 芽依の常連さんが手を振りこっち来い来いしている。
 ハストゥーレを連れて笑顔で向かうと、その後ろをノシノシとついて行くメディトーク。
 今日も素晴らしい保護者ぶりである。

「まさかメイが奴隷を買うとはなぁ……うっわ!しかも白かよ!!やばっ!!」

「綺麗でしょ!可愛いウチの子のハス君です、よろしくね!」

「ウチの子?相変わらずメイは変なヤツだな」

 ハッハッハッと笑う常連客、今日の立場は逆だ。
 芽依は長テーブルに所狭しと並ぶ様々な生地を見た。

「おー、綺麗」
  
『中々質がいいぞ』
  
「そりゃ、うちは上流階級の貴族にも生地売ってるからな!」
  
「既製品はないの?」

「店には置いてるけど、ここには生地だけだな。既製品が欲しいなら用意するぞ?」

「本当?いやぁ、ハス君来たの昨日だから日用品が無くてね。とりあえず着替え用に数着欲しいな、あと…………し、下着とかも」

「なるほどな、カテリーデンの時間が終わったら準備するから店に来てくれるか?下着はどんなのがいいとかあるか?メイの好みにする?」
 
「ハス君の好み!私の好みにしてどうする!」
 
「そりゃ、色々あるだろ。見て楽しむヤツらも多いしな」

「そんな変質者じゃない……」

「別にそんな恥ずかしがる事じゃねーじゃん。結構色んな趣味のヤツいるぞ?まあ、続きは店で話そうぜ」

 太客だな!と嬉しそうな芽依の常連客は、今後芽依がお世話になりそうだ。
 バイバイと手を振ってその場を離れた芽依は、ハストゥーレに似合いそうな装飾品などを見て行くと、琥珀色をした綺麗な男性用の手袋を見つけた。
 

「…………これ、綺麗ですね」

「精霊の糸で織った丈夫な手袋だよ。まだ魔術を何も敷いていないから好きな魔術を掛けられる」

 まだまっさらな手袋は手首の位置が浅い柔らかな手袋で、手首のボタンは漆黒の艶めきが美しい。
 お揃いのアームバンドもあるらしく、そちらも一緒に購入した。

『……ハストゥーレにいるか?それ』

「いや、これはセルジオさんのお土産」

『………………大丈夫かぁ?』

「え?なにが?」

『いや、いいわ』

「え?なにが?ねぇ、なにが?」


 
 
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