美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

文字の大きさ
上 下
61 / 588

カナンクルの前夜 カテリーデンにて

しおりを挟む

「おはようメディさん」

『ああ、おはよう』

 いつも通り領主館の扉から来た芽依を見たメディトークは、可愛いワンピースにベールといったお出かけ装いをしていてニヤリと笑った。

『いいじゃねーか、似合ってる』

「ありがとう、メディさんにはこれ」

『あ?』

 実はセルジオに渡されたのはメディトーク用幻獣のネクタイだった。
 様々な形態をしている幻獣にもお洒落をと装飾品は普通に売っていて、その中から芽依のベールと同じ生地で作られた柔らかなネクタイ。
 ネクタイと言うよりも、スカーフのようなものだが、おいでおいでした芽依に素直に従い頭を下げたメディトーク。
 その太い首にしがみつき必死に回したスカーフを綺麗に結ぶと、巨大蟻に色が変わる可愛らしいスカーフという見た目になり芽依の口元がモニョリと動いた。

「に……似合うよ」

『笑ってんじゃねーか』





「今日は合同テーブルなんだよね」

『ああ』

 実は、露店の人が数人カテリーデンに移動してきて、さらにカナンクルの前夜の為売りに来る人が溢れかえっていた。
 その為、カテリーデンではカナンクルの前夜のみ限定で2組の売り子をひとつのテーブルで売るのだ。
 勿論同じテーブルとはいえ、売上は別である。

「今日、明日だけなんだよね」

『ああ、それくらい普段日を開けて売りに来る庭持ちがこの日を狙って売りに来るんだ。そりゃパンクするわな』

 カナンクルの前夜や当日、更には数日後に控える年末年始の買い付けに沢山の人が雪崩込む。
 領民は勿論貴族や、他領からも来る場合があり庭持ちはこの日の為に様々な物を準備する。
 いつもよりテーブルに物を乗せれないので、簡易棚を用意したりと様々な工夫をして少しでも多く、更に貴族など多量に買い付けてくれる相手に目を向けて貰うようにするのだ。
 冬篭りとはまた違う繁忙期であるカナンクル前夜や当日では、痩せ細ってしまった野菜を売るだけでは無く当日飲むお酒やケーキ、料理の材料等が飛ぶように売れるのだ。

『良し、いくぞ』  

「はーい」

 いつもよりも多めの参加料を払い会場入りした芽依は中を見て目を丸くした。
 綺麗に飾り付けられた会場はクリスマスのイルミネーションみたいにキラキラとしていた。
 ただの販売会場だったはずなのに、どうなってるのか。

「え!?なにこれ!?外!?雪!?」

 キョロキョロと周りを見る芽依わ振り返りメディトークがあの黒い足を差し出してきた。
 ん?とメディトークを見ると、腰にぐるりと巻き付き隣に引き寄せられた。

「メディさん?」

『年に何度かその時の祝祭に合わせた模様替えがあるんだ。今回はカナンクルに合わせたもんだな。見てみろ、お前だけじゃなく他のヤツらも着飾ってんだろ』

「……本当だ」

 売り子もお客さんも皆可愛らしく、カッコ良く着飾り楽しそうにしている。
 売っている物も何時もよりもキラキラしくワインが並んでいるテーブルが多かった。

「凄いねぇ凄いねぇ!」

 ぺちぺちとメディトークを叩きながら周りを見ていると、腰に回されている足の力が入った。

『今日はあんまよそ見すんな』

「よそ見?」

『カナンクルの前夜や当日はいらんヤツを集めやすい日でもあんだよ』

「……わかった」

『わかってねぇな』

 意味がわからないけど、とりあえずメディトークから離れなければいいと解釈した芽依はぺちぺちを再開し離れないぜ!とアピールしたのだがメディトークは呆れたように息を吐き出していた。

「まだ昼前なのに凄いね、夜みたい」

『ああ、色んな年のカナンクルの夜の一部を切り取って再現してんだよ。その年にどのカナンクルの夜にするか決めて魔術の陣を敷いて再現してんだ』

「んなっ!なにそれ魔術すご!」

『他も色々あんぞ』

「どんなのどんなの」

『その時になってから知る方が楽しいんじゃねぇの』

「くぅ!気になる!けど楽しみにしとく!」

 むぅー!と両手を握り締めて悶えているのを鼻で笑われながらもブースに向かった。

「おー、レースのテーブルクロスに、真っ白な天蓋……なにこの乙女度満載」

『……いずれぇな』

「ふっ!……に、似合う、よ」

『デカい蟻にレースのテーブルクロスが似合うって、お前頭沸いてんぞ』

「ぶふっ!湧いてないよ!」

 ケラケラと笑いながら売り物を出していく芽依の腰には相変わらず足が巻きついていたのだが、何かに警戒している様子のメディトークに何も言わないでおいた。

「……そういえば朝セルジオさんも腰に絡みついてたな」

『なんか言ったか?』

「なぁーんも……ねえメディさん、私も人の事言えないかもだけど、ここの世界の人……人外者ってスキンシップ激しいよね」

『………………………………はぁ?』

「あれ?」

『お前は移民の民だろうが。普通は伴侶以外との触れ合いはねーよ』

「…………はっ!そうだった」

『いや、忘れんなよ』

 忘れてた!と目を丸くする芽依の腰に回している足の力がさらに加わりグエッ!と息が一瞬詰まった。




「ここいいっすかー」

 急に声を掛けられ顔を上げると金髪に近い黄色い髪の男性がヒラヒラと手を振った。
 同じブースを使うもう1人みたいだ。

「あ、やっぱりケーキは鉄板っすよねー!でも地味なケーキっすね」
  
 ジロジロと芽依のキャロットケーキを見るその男性はニヤッと笑って俺の一人勝ちになりそうっすねー、とニヒヒ!と笑った。

『……なんだこいつ』

「さぁ」

 芽依が出す売り物をニヤニヤと見ていたが、野菜を出し始めた時から口をポカンと開けだした。
 プリプリジューシーな大きい野菜が豊富に置かれていて、常連客らしき人たちが芽依とメディトークを見つけて目の色を変えた。

「んまっ!!メイちゃんじゃないの!久しぶりね!やっと会えたわ!冬篭りの準備で合えなかったから買い物がもう大変で大変で!!あらあらあらあら!カナンクル用のケーキ!?不思議な色合いだけどなんのケーキなの?キャロットケーキ!?まあ!今高騰している野菜をケーキに使うなんて!!」
 
「こんにちはおばさん。食の細い子とかあまりご飯自体食べれない人向けに野菜たっぷりのケーキにしてみた。人参以外もすりおろして入ってるから野菜エキスたっぷりで優しい甘さだよ。砂糖不使用だから体にもいいよー」

 パコンとケースの蓋を開けて1口サイズに切り分けたケーキの試食品をおばさんに向けた。
 爪楊枝を一緒に渡し、それを使って食べるとおばさんの表情が穏やかになる。

「……美味しいわ、素朴なのに心が温まるというか。見た目はシンプルだけど贅沢な気分が味わえちゃう……3つちょうだい」  

「よかった!初めて売り出しだから心配だったの」  

「あら!なんの心配があるのよ!ほら、皆ケーキに釘付けよ!」  

 ウィンクして笑うおばさんが試食に群がる客に気付き雷を落としてくれる。
 このおばさんだけじゃなく、高頻度で現れる芽依達の食材や料理に虜になる人達は試食食べ過ぎ注意を自発的にしてくれる人が多い。
 沢山の人に食べてもらい客層を増やそうとする客が水面下で動いているのだ。
 これも食糧難からくる領民達のネットワークで今では同じ領民だが違う街に住む人達にまで話が広まっているらしい。

「………………こんな地味なヤツなのに」

 美味いー!と涙すら流す人を見ながらも男性は歯ぎしりしながら商品を並べていった。

「そういえば、今日はワインを売り出す人多いですね」 
 
「ああ、あれはワインじゃないよ」

「…………ワインじゃない?」

「ああ、カナンクルの日に飲む定番の酒さね。リーグレアって名前で度数が弱くて誰でも飲めるように作られていてね、甘さなんかも造り手が色々変えれるから皆味が違うんだよ」

「そ!そんな素晴らしいものがあるんですか!?」

『……買わねぇからな』

「そんな!そんなぁ!!勘弁してください!お酒ですよ!しかも味が違うらしいじゃない!いくらでも飲める!カナンクルの夜に飲むんでしょ!?ねぇぇぇぇ」

 泣き崩れる芽依に、客達はあらあらと見ている。既に芽依の酒好きは知られているようだ。

『セルジオ達が買ってくるだろう』  

「違うの!私のコレクションにしたいの!しかも色んな味があるなら飲み比べしたいじゃないかぁぁぁ」

『テーブルを叩くんじゃねぇ、卵が割れる』

「あ、卵3パック頂戴」

『まいど』

 芽依の振り切れたお酒愛は最初こそ驚かれたが、今となってはこれこそが芽依だよね、といった眼差しすら集めている。まさしく残念な女だ。

 そんな客とワイワイ話しながら泣き崩れる芽依を同じブースの男性は呆然と見ていた。
 確かに笑顔で対応して仲良くなる売り子は多いがこんなに振り切って話す子は珍しいようだ。

「ありがとうねメイちゃん、また来るわ!」 

「ありがとうございました、またねー」

 ふわりと笑って手を振る芽依にさらに目を見開いた。
 続々と来る客に笑って対応する芽依の今日の装いも可愛らしい為周りを楽しませ、薄いベールの為にいつもよりも顔が良く見えてクルクル変わる表情を初めて見た客も多いのだ。

「お、なんだメイって可愛かったんだな」

「あら、なんですか、惚れたんですかぁ?奥さんに怒られますよぉ」

「ばっか言え!鬼嫁怒らせるなんて天変地異が起きて世界滅亡だぜ!」

「そんな事言って、奥さん大好きなくせに」

 ニヤニヤとふざけて話しかけてくる相手にも同じく笑って返事をする。
 芽依の客から隣の男の売り物を見る人もいて、たまにケーキやリーグレアを買っていく人に慌てて対応しているようだ。

『1回自動販売機見てみろ』

「あ、はーい…………ふふ」

『どうだ?』

「凄い売れてる、補充しとくよ」
  
『そうしてやれ』

 ピッピッ!と補充しているのを男はまた目を見開いて見ていた。小さく箱庭……と呟いている。

「お!なんだなんだ!自動販売機あるのか?どこだよ、何売ってんだぁ?」

「色々ですよー」

 惣菜を売っていることは言わない芽依。
 メディトークの惣菜はかなり美味しく鶏肉や豚肉、野菜の試食でたまに出す料理に皆目の色を変え、最近では販売してくれと強請る人や人外者が増えてきた。
 メディトークは一人しかいないので難しい。
 工場待ちである。
 しかし、芽依の思惑通り惣菜が売れそうでニヤニヤが止まら芽依なのだった。

 






 
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

処理中です...