8 / 588
私の立ち位置 2
しおりを挟む「メイの存在は我が国ファーリアが守ると提携された。今後は私の統治する場所の一角で働きながらこの世界に溶け込めるように私も尽力を尽くす所存だ」
「…………帰れは、しないんですよね……やっぱり」
「それは……すまない」
「いえ、アリステア様のせいではないですし、なにより私のいる場所を作ってくれたんですよね?感謝する立場の私に謝ることなんてないですよ」
「ああ、そう言って貰えて助かる。今後はゆっくりこちらに馴染んでくれ、無理はしなくていいから。住む場所はメイの安全確保の為にこのまま領主館に住んでもらうことになるから、何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
「…………銀髪の綺麗な男性の微笑みは素晴らしいものでした」
ふわりと笑って言ったアリステアに芽依は合掌しながら言うと、微笑んだまま首を傾げられた。
こうして芽依の生活の安全は約束され、午前中に日替わりの世話役が教育し午後から仕事を始める生活を送るらしい。正直訳も分からない世界に来て不安がない訳では無い。
帰れないと言われて人前で叫び泣く歳でもないし、恥ずかしいと先に頭が考えてしまうので泣き言は言わないし、何となくそうなんだろうなと何処かで思っていたのだ。
幸い仕事は入社後からブラックを極めた職場で未練もなく両親も他界している。困ったことは特に無いのだが、あのゴミ屋敷と化した家だけが気がかりとも思えた。
誰があの部屋を見るのだろうと、もう帰れない部屋に思いを馳せたが意味も無いことだと切り替えるのだった。
「………………いいのか、あれはかなり厄介だぞ」
「伴侶のいない移民の民は災いになる、というやつだね」
「会ってみてわかったが、伴侶がいない移民の民は俺でさえ魅力的に感じる……あれは様々な意味を含めて奪い合いになりえるぞ。そんなものを抱えて守るのはお前でも楽なことじゃない」
「そうだが、王からも捨ておけとの話もあったけど……私には見放す事も出来そうにない」
「…………甘いな」
「セルジオから見たら、誰でも甘ったれになってしまう」
窓枠に腰掛け静寂に包まれる深夜の執務室に居座るセルジオは、まだ仕事をこなしているアリステアを見た。
苦笑しながら机に置いてある小さなランプ1つを頼りに書類を書く姿にセルジオ吐き出した。
相変わらずお人好しなこの領主は、自分の抱える荷物を増やそうとする。
それがアリステアにとって利益になり、同じ目線で同じ負荷を分け合える相手ならセルジオとて何も言わないだろう。
しかし、芽依は違う。
アリステアにとって負荷のかかり過ぎる荷物は時にアリステア自身をも這い上がれない沼地に落とし込んでしまうのをわかっているはずだ。
芽依はそれになりえる人物であり、今後どうなるかわからない未知の生物である。
それでもと、アリステアは芽依の何かに激しく突き動かされたのだ。
きっと、芽依という存在がアリステアの周囲を大きく変える、その確信めいた感覚を大事にする事に決めたのだ。
アリステアは困ったように手を止めてセルジオを見あげた。
「…………すまない、あなたの意見を全て無視した」
「お前は馬鹿だな、契約しているはずの伴侶が誰かわからないことが最重要問題だとわかって居るだろう?誰かに手を出された後、もし現れたら伴侶が最高位の人外者であれば、お前どころかここら一帯消し炭になるぞ」
「そうなんだが……」
芽依を庇い庇護する事は、思っている以上に問題が山積みであった。
その問題にセルジオは関わりたくないからこそ芽依の保護は辞めろと言及していたのだが、アリステアは首を縦には振らなかったのだ。
セルジオは闇精霊の中では最高位の精霊ではあるが、勿論違う種族の中にも最高位は存在する。
ただ、闇という属性は数少なくその特性から見ても勝負を挑みたくない性質の相手であるのだが。
そんなセルジオとて、誰かわからない相手に無闇矢鱈に戦いを挑むような馬鹿な真似はしたくないのだ。
少なからず契約しているアリステアに問題が生じた際、今回の件に関しては否応なしに表舞台に引きずり出されるのが目に見えている。
「しかし驚いた。セルジオがあんなにもメイに好意的に対応していていてまさかあんなに受け答えをするとは……しかも、私も知らない情報が出てきたなんて」
「対価を要求してもいいのだが?」
「メ、メイに答えていたのだな!?」
「……まぁ、今回はいいだろう」
口端を持ち上げてタバコを吸うセルジオに、アリステアはおや?と片眉を上げた。
いつにもない機嫌の良さをみせるセルジオに、実は一番メイを気遣っているのはセルジオなのではないか?と憶測したが、それを言ってせっかくの機嫌を急降下させる必要はない。
実際の所どう思っているのかセルジオから直接聞くことはないだろうが、最高位精霊が不快感なく芽依に対応しているだけでアリステアにして見れば僥倖であった。
「…………………………困ったな、なかなかにしんどいぞ」
既に真夜中、新しく用意された芽依専用の広々とした部屋の真ん中で困り果て息を吐き出していた。
アリステアやセルジオの生活空間から離れた場所にいる訳では無いのに全くと言っていいほど2人と会う機会がないのだ。
この生活が始まって1週間が経過したのだが、芽依は真剣に悩み弱っている事が数点あり、そのうちの一つは生命維持にも直結していた。
その為、頑張って馴染もうとしていた芽依だったがどうしても難しく、早々に見切りを付けアリステアかセルジオに会いたいと毎日日替わりな世話役に言っていたのだが、伝えますと言われるだけで進展は何もなかった。
「…………さすがに誰も伝えてないとは思いたくなかったけど、無理があるなあ」
はぁ……と息を吐き出しソファにパタリと倒れ込み1週間で明らかに減った腹部の肉を優しく撫でた。
あまりくびれのないストンとした体型の芽依は、これを日本人特有の体型だと言いはるくらいにはコンプレックスがあるのだが、そんな体に異変が起きているくらいに緊急事態なのである。
「………………お腹空いたよう……お米食べたいよう……誰か和食作ってぇぇ……」
気力体力が共に落ち込んでいる芽依は、何もする気になれず、毎日の勉強に簡単な作業の仕事をした後は動けずソファに沈む生活を過ごしていた。
「…………ここは地獄なのではなかろうか」
そして本日、仕事中に意識が無くなり倒れるという無様な姿を晒すことになり、深夜の時分に目が覚めたのだった。
そして、現在に至る。
「…………もぅ!アリステア様とセルジオ様は何処にいるの!庇護してくれるんじゃなかったのかね!生命の危機だよー!…………あ、ソファに横になってるのに立ちくらみみたいにグルグルする……」
パタリと頭をソファに乗せた時、扉がゆっくりと開いた。
月明かりのみで照らされていた室内に廊下の明かりが入り芽依は目を細めて相手を伺い見る。
「…………メイ?目が覚めたのか?大丈夫か?」
「……アリステア様?」
「ああ、夕飯時に来ないと聞いて部屋を確認させれば倒れていると聞いたのだ。大丈夫か、無理をしすぎたか?」
部屋の明かりを付けて入ってきたのはアリステアだけでは無くセルジオも隣にいた。
ベッドに寝かされていた芽依は部屋の中央に置いてある水差しから水を汲むために歩いたのだが、そこで力尽き倒れ込んだ後にアリステア達が来たのだ。
「…………お前、また痩せたな」
採寸をして仕立て直した事でフィットした簡易ワンピースを数着作って貰ったのだが、そのワンピースが些かあまっているのだ。
それをめざとく見つけたセルジオが訝しげに眉を寄せて言った。
その言葉に泣きそうになった芽衣が力の限り主張するのは仕方ない事だったのだろう。
「っ……お腹すいて死にそう!セルジオ様助けてぇぇぇ」
72
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?
しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。
そんな小説みたいなことが本当に起こった。
婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。
婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。
仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。
これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。
辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる