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しおりを挟む「シエラが死んだのはね、捕まってから7年がたった頃だったよ。最後は痩せ細り痣だらけで、でも髪だけは綺麗に整えていたシエラは最後までラキアを心配して、そして会いたがってた……会わせてあげられなかった」
あまりにも壮絶な話に、同じ母である雅子は顔を覆い涙を流していた。
亜梨子は顔をクシャクシャにして流れる涙をそのままにしている。
気持ちがぐしゃぐしゃになる。
「…………魔女の魅了は凄くて、カールだけじゃなかったんだ。他にも魔女を囲っている人の半数は狂う人が多い。そして、その魔女も長くは生きられなかったよ、シエラのように」
「でも、貴方は違ったんですよね」
「………………ううん、俺も狂ってたんだよ」
首を緩く振るミラージュは、亜梨子の頬に手を伸ばして優しく撫でた。
「初めて会ったあの5歳の小さな君に、俺は狂わされたんだよ。捕まって動けないシエラに君の話を聞くために何度も何度も通った。その後カールに酷い目にあうと分かっていても。あの時逃がした君を俺はどうしても捕まえたかったんだよね」
「…………柳君」
「ね?言ったでしょ?捕まえて閉じ込めていたいって。近くで触れていたいって。もうあの時の激情までは無いけど、俺の魂が亜梨子を求めるんだ………………ごめんね、亜梨子」
亜梨子を愛おしく思うと同じくらいに罪悪感がある。
母シエラの事だけじゃない、この後の事が亜梨子の……ラキアの命を奪うから。
「あれから3年だ、ミラ……俺のシエラはいなくなったのに憎い娘がいるなんておかしいよね?」
2人1組に動く為、ミラはまだカールと行動を共にしている。
手にしたくてどうしようもないミラと、殺したくて仕方ないカール。
どちらもラキアを求め、しかしミラは会いたくないとも強く思っている。
シエラが捕まり子供が魔力を使うと知ってから10年、ラキアは15歳になっている。
早くに捕まえ調教していたら、強力な魔女が手の内に入ったことだろうが、既に魔女として成熟している今のラキアは危険だと教会は判断していた。
発見したら捕縛し、魔女裁判をすること無く死刑が決められている。
そう、火刑である。
だからこそ、ミラはラキアに強く会いたいと願いつつも会いたくなかったのだ。
そんなミラたちの元に入る連絡に絶望する事となる。
「…………15歳位の黒髪の、魔女」
告発された少女は見た目が幼く痩せ細っているらしい。
しかし、満月の夜切った髪に月の光を当てながらゆっくりと空を飛んでいたらしい。
「(なんで、そんな目立つ真似をするっ!)」
「………………ラキア」
それは森にある小さな一軒家だった。
家の裏手にある花畑に座って髪を櫛でとかしている。
あのぷくぷくと膨らんでいた頬は痩せこけ見る影も無くなっているが、大きな瞳は昔見たまま変わっていなかった。
あの時と同じくカールや騎士と共に今度はラキアの前に立つ。
「………………教会の人?」
「……ああ」
「お母さんを連れて行って、次はわたし?」
「……………………」
「お母さんはどうしたの?」
「シエラは!シエラは死んだよ!お前なんか心配してるから!!」
カールが叫び言うと、ラキアは手を止めてカールを見た。
「…………あなた、見覚えがある。お母さんを連れて行った人………………あなたも………………これ以上何を奪うというの!!」
立ち上がり叫ぶラキアは、後ろに隠れていた騎士に気づいていなかった。
走ってきた騎士により髪を掴まれ剣でざっくりと切られる。
目を見開いたラキアはよろりとふらつき騎士から離れながらも注意深く見る。
「なんでか知らないが魔女の弱点は髪なんだろ?なら、髪を切っちまえばいい」
「…………………………」
ジリッと下がる。
魔女にとって髪は魔力を貯める貯蔵庫のようなもの。
それが切られたら力は半減どころではない。
しかもタイミングが悪く3日前の満月の日ラキアは髪を切っていた。
処分の為に自分で髪を切るのは魔女にとってリスクが伴う。
ラキアにとっては数日間浮遊が出来ない。
切られた髪を掴み両手に乗せるとラキアは口を開いた。
「ここに私はいない、捕まらない」
「!?どこに行った!ラキアァ!!」
フッと忽然と姿を消したラキアにカールは叫んだ。
血液中から溢れる魔力を必死に溜めながらラキアは走っていた。
あまり遠くに移動出来なかったラキアは浮遊して逃げれない為必死に走っている。
足や手が森のあちこちにぶつかり、よろけた反動で転びながらも何とか逃げている。
しかし、バラバラに探している騎士に見つかり切られた。
泣け無しの魔力を使い目眩しをして逃げてはいたが、真正面に人がいるのに気付かずポスンとぶつかってしまう。
「あ…………」
「やっと来たか、ラキア」
ニヤリと歪んだ笑みを向けるカールにビクリと震えるラキアの腕をひねりあげた。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「うるさいな」
「ぐぅ…………」
腕が折られ、叫んだ事により殴られたラキアは呆然とした。
こんな仕打ち受けたことない。
カタカタと震えるラキアを鼻で笑いカールは走ってくるミラを見た。
「ほら、捕まえたよ」
「………………ラキア」
「さぁ、これであんたの死罪は確定。シエラに泣いて謝んなよ、あの世でさ!…………いや、死んでシエラに合うなんてそれも許せないよね」
「ぎゃぁぁ……ぐっ…………うぅ」
剣で脇腹を刺され呻くラキアはすぐに回復の処置をするが、それに気付いていないカールは高笑いをしていた。
「はぁ、いい気味……ほら、行くぞ歩け」
「あぅ!!」
蹴り飛ばされ地面に倒れるラキアは体を起こして泣きながら周りを見た。
囲まれてる、逃げる場所がない。
今は飛べない、髪が短いからあまり大きな魔法は使えない。
でも、隙なら作れる
「砂嵐、ふいて……」
小さく呟いた声に反応するように風が吹き荒れミラやカール、騎士達の視界を遮った。
ラキアは走っていた。
ボロボロの服装で脚を引きずり、折れた腕はブランとしている。
それでもラキアは逃げ続けた。
「っ…………助けて、死にたくない……お母さん」
泣きながら走るラキアの後ろから足音が聞こえ始める。走っているのだろうスピードが早かった。
呼吸が早まり恐怖に心臓がバクバクとしながらも必死に逃げていると、後ろからナイフが飛んでくる。
微かにかすめた頬に驚き脚を止めると、今度は折れた腕にナイフがかすめた。
「あぅ!」
後ろから飛んできたナイフが腕を掠めた、出血量はそれ程ないのに急に体が痺れてくる。
ナイフには毒が塗られていたのだろう、体が痺れどさぁ……と倒れ込んだ。
ビクリと震えた身体を引き摺るようになんとか動く、そんな少女の背中に片足を軽く乗せ動きを封じた白に近い銀髪の男性が少女を見下すように見つめる。
「っ!私は!私は何もしてない!悪いことなんて何もしてない!!」
「……君の存在自体が悪なんだよ」
地面に散らばるバラバラの長さの漆黒の髪を小枝の様に細い腕を動かしギュッと握る。
プルプルと痺れて震える手は直ぐに髪を離してしまったが、その指には数本の髪の毛が絡まっていた。
土や泥で汚れたその髪は、元々は艶やかでサラサラだったのだろう。
今では汚れ絡まった髪を見せつけるように男性に向けて差し出す様にしたそれは、急に炎に包まれた。
眉を強く寄せて身体を無理やり捻り振り向いていた少女を強く踏みまた地面に縫い付ける。
「これから!生まれ変わる度、貴方は不幸になる!貴方を幸せになんてしてあげない!!」
「!…………まさか、まだ力が残っていたのか……」
苦々しく少女を見た男性は、持ち上げた足をまた強く少女に叩き込みその衝撃と痛みに唸った細い少女はあっという間に意識を手放した。
眉に力を入れシワを寄せるミラは、ゆっくりとしゃがみこみ小枝のような肢体を持つラキアをゆっくりと抱き上げた。
思っていた以上の軽さに少しだけ目を見開いたミラは小さく息を吐き出す。
「…………お前は、生まれが魔女であっただけで、何もしていない。たぶん、それはあっているのだろうな」
小さな、折れそうなその少女の顔にかかる短い髪を手で寄せた。
土で汚れてしまった頬を指先で拭うと痩せ細って入るが美しい少女が現れる。
これからこの少女は死んでしまうのか……と唇を噛み締めた。
しかし、ミラは与えられている身分のせいで少女を見逃す事すら出来ないし、あってはならない。
逃がしたらカールに捕まるだろう。
同じ死刑台に運ぶなら、それは俺がやってあげたい。
ただのわがままで、ラキアにしてみればとんだ迷惑以外の何物でもないだろう。
この小さな少女に魅せられた。
触れてほしくない、誰にも渡したくない、そう思うのに守れない。
ならばいっその事、彼女に足を上げ踏み潰し毒の着いたナイフを向けようとも最後の瞬間だけは誰にも譲らない。
「……次……次に生まれたら……」
ぐっ……と言葉を詰まらせたミラはラキアを抱えたまま歩き出した。
ギュット抱きしめた温もりを忘れないようにこの身に噛み締めて。
「生まれ変わったらなんて……そんな俺にとって都合のいい話、お前は許さないだろうな……ラキア」
あれからカール達と合流したミラは、カールの怒号を受けながらも決してラキアを離すことはなかった。
すでに教会に伝えられているラキア捕縛は、魔女裁判をせずともすぐに死刑台に乗るように準備が整えられているという。
馬車に揺られあと幾ばくかの時間、眠るラキアを抱えたミラは震える体を必死に押さえつけていたのだった。
そろからはあまり覚えていない。
大罪人だと言われたラキアを連れて教会に入ったあと、すぐに死刑台に行くとラキアを運んだ。
その途中、ラキアは目を覚ました。
まだ痺れがあるのかボーッとミラを見ている。
「……………………ありがとう、あの時助けてくれて」
「!」
「伝えたかったの、お母さんが居なくなってから優しかったのは逃がしてくれたあなただけだった………………ありがとう」
「ラキア…………」
「…………無理だろうけど、お願いして、いいかしら」
静かな階段をラキアを抱いて歩く。
もう暴れることも叫ぶことも無いラキアはただミラを見つめていた。
「…………………………………悪い事してないから、助けて……私を殺さないで…………お願い…………本当よ、魔法は使ってないの……誰にも嫌なことはしてないわ…………ねぇ、お願い…………ねぇ、魔女が全部悪いわけじゃないのよ……良い魔女もいるのよ…………だから……だめ?やっぱり、私も死ぬのかしら……」
か細く懇願するラキアに、今から死ぬんだなどミラには言えない。
だからといって、ラキアを連れて逃げることも出来ない。
それは戒律に違反してしまうから。
ミラは足を止めてラキアを強く抱きしめた。
「っ………………ごめん、ごめ…………」
「…………そうよね、無理言ってごめんなさい……」
ミラの暖かさを感じていたラキアは胸に顔を擦り付けた。
「嬉しいよ、人の温もりにまた触れれたから」
それが、ラキアがミラに話し掛けた最後だった。
階段を登りきり開けた場所は朝方4時だというのに群衆が周りを囲っていた。
その前には磔場と沢山の藁。
ラキアは息を飲み体が震える。
そっとミラを見上げたラキアは恐怖に顔を強ばらせていたが、もうミラには何も言わなかった。
倒された磔の上に寝かされたラキアはガクガクと震えながらミラに手足を縛られている。
そんな様子を民衆は野次を飛ばして見ていた。
魔女は死刑だ!!
魔女は悪いやつだ!!
「…………ラキア………………」
名前を呼ぶがラキアから返事は無い。
数人がかりで持ち上げられ、その下に藁を置かれ火がつけられる。
熱い、助けて!!
魔力の残っていない魔女のラキアにはそう叫ぶほかに出来ることはなかった。
こうして、歴代の名だたる魔女の1人となったラキアは火に包まれる。
ミラはその最後の姿を目をそらすことなく見つめ続けた。
涙が溢れ強く手を握り血が滴っていても、それでも顔を背けることはなかった。
結局、伝えることが出来なかった。
魔女裁判によって道は二分されること。
一般的に火刑にされると思われているが、教会内の派閥によって囲われる魔女もいること。
ラキアは母と同じように死ぬんだと思っているが、母であるシエラは囲われ残忍な死に方をしたと。
でも、言わなくて良かったのだろう。
15歳の少女がこれから火刑に処されるのだから。
もし。もしラキアを囲えるならミラは何を置いてもラキアを選んでいただろう。
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