[完結]古の呪いと祝福を送る魔女の口付け

くみたろう

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 インターホンから聞こえてきたのは、嫌々ながらほぼ毎日聞いている声ではなかろうか。
 顔を盛大に歪めながらも、この顔で玄関を開ける人物に会うのは流石に失礼だと無表情になる。
 数秒たち解錠する音がやけに廊下に響いていたように感じるのは気のせいだったのだろうか。

「……おまたせしましたー」

「…………………………」

 にっこにこで出てきたのは毎日のように教室で顔を合わせ、むしろ月曜日の今日もおしかけられて共に昼食をとった憎いあいつではないか。
 一瞬で顔を歪めた亜梨子は無言で回れ右をして退散しようとしたが、すぐに腕を捕まれ玄関に引き摺り込まれた。

「離しなさい!」

「離したら逃げちゃうでしょー?」

悪びれもなく言うミラージュの足を踏みつけようとしたのに気付き、慌てて1歩後ずさった。

「ちょっ……待って待って!君は靴!俺は裸足だって!!」

「……では、貴方が靴を履いていたらいいのですか。踏み潰し原型がないくらいに……」

「いやいや!まって!俺の足大事!」

「大事に出来るよう、行動の精査を提案します」


 強い眼差しで言われたミラージュはえー?と困ったように笑って首を傾げたのだった。

「とりあえずいらっしゃい。ちょっと入っていって」

「激しく遠慮します」

「抱えてあげてもいーよ?」

「踏み潰されるのをご所望で?」

「違うのにー」

 亜梨子との会話が心から楽しいのか、ミラージュは相変わらずニコニコとしている。
 そして、飲み物用意してるよ と微笑まれて息を吐き出したくなった亜梨子はなんとか飲み込み口を開いた。

「知り合いの子供さんが元気か見るだけと言われていましたので、その確認が出来ました。用事は終わりましたので私はこれで」

 くるりと向きを変え玄関を開けようとした亜梨子のお腹に後ろから手を回したミラージュはヒョイと持ち上げた。

「……は」

「はい、亜梨子ちゃんはお邪魔します」

「は、離しなさい!これは拉致監禁となりますよ!」

「えー?亜梨子ちゃんが家に遊びに来たのに?」

「遊びに来たのではありません!ちょっ……聞いているのですか!?」

「はいはい、聞いてる聞いてるよー」

「それは聞いてるうちに入りません!」

 玄関で抱えられた亜梨子は、靴を脱がされそのままの体制でリビングに連れていかれた。
 細長い掃除が行き届いた廊下の突き当たりがリビングで、広々としたリビングの壁沿いには収納がたっぷりある巨大な棚があり、真ん中にはくり抜かれたスペースにテレビが鎮座している。
 その向かいにはL字のソファにガラスのテーブル。ティッシュとリモコンしかない片付けられた空間である。

 対面式キッチンの前には4脚の椅子と食卓テーブルがあり、木目調のテーブルが美しい。

「……………………」

「俺の家気に入った?」

「はっ!!」

 あまりにも整っている室内を眺めうっとりしている亜梨子に思わず笑ってしまった。
 亜梨子好みのさっぱりした室内に、生成色の刺繍が入ったレースのカーテンが窓ガラスを飾っているのもポイントが高い。

「はい、座るよ」

「……離れなさい」

「今はだーめ」

 ソファに優しく降ろされた亜梨子の目の前0cmにしゃがみこむミラージュは、亜梨子の足を自分の膝で囲うようにしている。
 亜梨子のおしりの両隣に手を置いて逃がさないようにするミラージュから距離をとろうと背中を逸らした。

「……拉致は犯罪ですよ」

「拉致じゃないよー」

「これを拉致と言わずしてなんと言うのですか」

「お宅訪問?」

「捻り潰しますよ」

「ど、どこを!?」

 ひぃ!と身をよじるミラージュに、冷たーい視線を向けた。

「あらまぁ、お強い眼差し」

「ふざけるのもいい加減にしてください」
  
 ふざけてないのにー、と言いながら立ち上がり冷蔵庫に向かうミラージュを見てから立ち上がろうとする亜梨子をすぐに止める。

「ごめん、ちょっと話あって」

「……話?」  

「うん」

 小さなお盆に乗せられたすりガラスのようなグラスに冷えたお茶が入っていて、丁寧に亜梨子の前に置かれた。
 小さく頭を下げた亜梨子は、ミラージュが話し出すのを待っている、いつも通り朗らかに笑っているので特に警戒することも無く。 

「あのね、俺の両親元々仕事で長く家を開けることがあったんだけど、今回からは海外に拠点を移すことになったんだ」

「……え?では柳くんは……」

「うん、まぁ一人暮らしになるね。元々家を開ける両親だったから家事は出来るし高校に上がって1年経つし、ちょっと安心したからって本格的に移動する事にしたらしいよ」  

「……あっさりしてますね」  

「慣れてるからね」

 コップに注がれたお茶を1口飲んだミラージュは、水滴を近くに置いてあったティッシュで拭き取る。

「それで、仕事の関係で知り合った亜梨子のお父さんに、たまにで良いから様子を見てほしいって話がいったんだよね。そのまま放置は流石に心配だったみたいでさ」
  
「大事なお子さんですから、それは心配するでしょう」

「…………大事な子供、かぁ」

「柳さん?」

「いや、なんでもないよ。それで、これからの話がね本題なんだけど」

「はい」

「君のお父さんからの提案。週に数回は亜梨子の家で過ごさないかって」

「……………………は?」

 父からの提案という言葉で嫌な予感がして、その内容にしっかり数秒沈黙した後ワントーン下がった声色で一言だけ返した。

「……あー、やっぱり嫌だよねぇ」

「……なんでそんな話になっているんです?」

「おじさんも人の親だからさ、俺が心配になったみたいだよ。ただ、いきなり俺が亜梨子の家に行ったらびっくりしちゃうから、亜梨子が今日様子を見る名目で俺の家に来て、話をして欲しいって言われたんだ。おじさんにとっては俺たち初対面だと思っていたしね」

「……あなたは、私が来るのを知っていたかのようでしたね」

「知ってたよ、おじさんから写真送られてきてる」

 スマホを出して見せられたのはトークルームに貼ってある亜梨子のスクショだった。
 可愛いうさぎのフードがついたフワフワのルームウェアを着た亜梨子がソファに座ってアイスを食べている。
 風呂上がりの乾ききってない髪を2つに束ねて体育座りで座る亜梨子は、スマホを弄りながらアイスをくわえていて、それを見た亜梨子はカッ!と顔を真っ赤にして立ち上がった。

「消しなさい!!」

 テーブルを挟んでいるが、伸び上がりスマホを奪い取ろうとする亜梨子から遠ざけると、ぐらりと体が前に傾き、ミラージュも立ち上がって机にぶつかりそうな亜梨子を支えた。

「おちついてー、怪我しちゃう怪我しちゃう。あと、スクショはもう俺のだから消さないよ。可愛いから保存済み」

「家でのマッタリモードをただのクラスメイトに見せてたまりますか!」

「あ、俺のマッタリも見る?おあいこ」

「いりません!」

 ギャンギャン騒ぐ亜梨子にミラージュはマイペースに怒ってるーかわいーと、暴れて怪我をしないように亜梨子の両腕を抑えながら言った。

「とりあえず、話は今後亜梨子の家に行くって事なんだけどね?」

「…………決定事項ですか?」

「それを亜梨子に決めて貰おうと思って。亜梨子の家だからね、亜梨子が過ごしやすくないと。様子を見るだけなら学校に行くだけで分かるでしょ?」

「……まぁ、そうですね」

「うん、だから亜梨子が決めて。俺としては1人で食事より亜梨子と食べたいところだけどね」

 完全に、じゃあ学校でと言おうとしていた亜梨子が口を噤んだ。
 いつもフワフワほえほえ笑っているような柳ミラージュですら、やはり長期での一人暮らしにはこたえるのだろう。
 たしかに、そうなると常に自宅で1人になるし、家事が出来るとは言っても毎日は大変。サボりたい日もあるだろう。
 不摂生で体調を崩しても困る。
 1人なら必ず全てこなさなくてはいけない、そんな目の前の憎いこいつを亜梨子は放置してもいいのだろうか、と真剣に悩みだした。

「……あーっと、そんな真剣に悩まなくてもいいんだよ?えっと、嫌なら嫌でいいんだからね?」


 困っように笑うミラージュを見る。
 学校ではいつも誰かに囲まれて一人でいる事なんてないが、放課後誰かと遊んだりすることはあまり無くまっすぐ帰宅することが多い。
 そうか、家事をしていたのか……と納得してからまた気付く。
 15時くらいに学校が終わり帰宅したあと、この綺麗な家で一人なのか、と。
 返事をしないでじっと見ているとオロオロしてきたミラージュに亜梨子はギュッと眉を寄せる。

 自宅で一人、しかも長期の休みになったら一人の時間が増える。
 夏になるし熱中症の心配もある、家事を一人で休みなくこなすのもしんどい。
 もし、万が一体調が悪くなった時に頻繁に行き来してないとそれにすら気づけない。

 ……………………1人ってこわい!!

「………………わかりました。どうぞ」

「え!?行っていいの!?本当に!?」

「…………はい」

 快く良いと言ってる顔じゃない亜梨子のぎゅーっと顰める顔を、ふわっと微笑んだミラージュは嬉しそうに優しく見ていた。
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