[完結]古の呪いと祝福を送る魔女の口付け

くみたろう

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『やめて!やめて、助けて!!』

 14、15歳くらいだろうか、まだ幼い少女がボロボロの服を纏い漆黒の髪を振り乱してひたすら走っていた。
 靴は片方が脱げてしまったのか裸足で、むき出しの素肌が砂利で血を流している。
 痛むのだろう、足を軽く引きずりながらも涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をくしゃりと歪ませながら、たまに迫り来る足音を確認する様に振り返る。

『あぅ!』

 後ろから飛んできたナイフが腕を掠め、血が飛び散りもう片方の手で抑えるが、掠めただけのナイフには毒が塗られていたのだろう。
 体が痺れどさぁ……と倒れ込んだ。
 ビクリと震えた身体を引き摺るようになんとか動く、そんな少女の背中に片足を軽く乗せ動きを封じた白に近い銀髪の男性が少女を見下すように見つめる。

『っ!私は!私は何もしてない!悪いことなんて何もしてない!!』

『……君の存在自体が悪なんだよ』

 地面に散らばる漆黒の髪を小枝の様に細い腕を動かしギュッと握る。
 プルプルと痺れて震える手は直ぐに髪を離してしまったが、その指には数本の髪の毛が絡まっていた。
 土や泥で汚れたその髪は、元々は艶やかでサラサラだったのだろう。
 今では汚れ絡まった髪を見せつけるように男性に向けて差し出す様にしたそれは、急に炎に包まれた。
 眉を強く寄せて身体を無理やり捻り振り向いていた少女を強く踏みまた地面に縫い付ける。

『これから!生まれ変わる度、貴方は不幸になる!貴方を幸せになんてしてあげない!!』

「!…………まさか、まだ力が残っていたのか……」

 苦々しく少女を見た男性は、持ち上げた足をまた強く少女に叩き込みその衝撃と痛みに唸った細い少女はあっという間に意識を手放した。

 少女はわかっていた。
 この男に捕まった後自分がどんな目にあうのか。
 少女はよく分かっていた。
 それは、自分の母親も辿った道だったから。
 なんとか逃がした娘を泣きながら見送った母と、少女はこの後同じ目にあうのだ。

 眉に力を入れシワを寄せる見目麗しい男は、ゆっくりとしゃがみこみ小枝のような肢体を持つ少女をゆっくりと抱き上げた。
 思っていた以上の軽さに少しだけ目を見開いた男は小さく息を吐き出す。

『…………お前は、生まれが****であっただけで、何もしていない。たぶん、それはあっているのだろうな』

 意識が無くなる瞬間に少女はそう聞こえた気がした。



 
 その次に少女が目を覚ましたのは自分の最後の時だった。
 絶望に目を見開きダクダクと流れる涙を拭うことも出来ない少女は泣き叫んだ。
 熱い!助けて!!

 しかし、その言葉はここにいる大勢の大人の耳に入っているはずなのに誰も助けてはくれないのだ。
 恐怖と絶望しかない少女は、無念の言葉を残してたった10数年の命を散らした。

 みんな、みんな嫌い!みんな不幸になればいいのよ!!

 感情的に叫ぶ幼い少女の呪いの様な言葉は、全員の耳に残り消えることは無かった。








「っ!!」

 汗をぐっしょりとかいたまま飛び起きたのはまだ午前四時の事だった。
 恐怖に震える身体を抱きしめてヨロヨロとベッドから出る。
 そして、なんとか浴室に着いたのだ。
 濡れて重くなったパジャマを震える手で脱ぎ捨て、プルプルと震えながら歩くと暖かなシャワーが全身にかかった。
 冷えきり強ばった体に暖かなシャワーがゆっくりと溶かしていくのを、息を吐き出しながら感じる。

 今年の4月から高校2年に上がった金剛亜梨子は、15歳の誕生日から同じ夢を見続けていた。
 連続で見ることもあれば、今回のように1ヶ月くらい見ずに済む時もある。
 ただ、共通して言えるのが朝4時に冷や汗をかき悲鳴を上げることも出来ない恐怖に震えて飛び起きる事。
  
 自分によく似た漆黒の髪の少女が追われ最後には殺される、そんな夢。
 捕まった後は何故かモザイクが荒く掛けられているような情景になり、目覚めた後その詳細をあまり覚えていない。
 大勢の大人に囲まれて死んでいく事だけは覚えている。

「……もう、なんなのですかこの夢は……いつまで見続ければ良いのです……」

 夢を見始めて既に2年。
 こんな事ってありますか……?と混乱する亜梨子は、激しくなる心音が落ち着くまで熱いシャワーをかけ続けた。










「亜梨子おはよー」

「おはよぅ、亜梨子ちゃん」

 結局あの後眠れなかった亜梨子は早めの朝食を済ませて制服を着た。
 紺色のAラインワンピースの制服はここら辺の高校にはない華やかさがあり、裏地も綺麗な花のワンポイントが、スカートが広がる度にチラリと見えるお洒落具合だ。
 キチッと着たワンピースに、漆黒の長い髪を三つ編みに結んだ亜梨子が丁度靴を履き替えようとしていた時だった。
 後ろから聞こえた2つの声に振り向きふわりと笑う。
  
「……おはようございます」

「あれ、亜梨子顔色また悪いよ」

「あー、本当だぁ。亜梨子ちゃん今日も寝不足かなぁ?」

 ほんわかと話しかけてくる友達が亜梨子の腕に触れて大丈夫?と心配そうに話しかけてくる。
 この2人は、亜梨子が高校に上がった時に仲良くなったクラスメートで、基本的に3人で過ごしている。
 奇跡的に進級しても同じクラスで、嬉しさに3人でキャッキャッと手を繋ぎあった。
 これで卒業まで3人一緒である。
 優等生タイプで、服装もきっちりしている亜梨子に、茶色いフワフワの髪にワンピースの上からオーバーサイズのカーディガンを着る、肉感的に男子に好かそうな体型をしている、女子力モリモリの橘桃葉。
 そして、スレンダーでサバサバしている様に見せかけて可愛い物が好きな早瀬郁美。
 会った時はショートカットだったが、桃葉の可愛い髪型に憧れ伸ばし出した髪はセミロングにまで到達したのだが、不器用がたたり髪を自分で上手に結べない郁美は学校に来てから桃葉が結んでくれるのを楽しみにしている。

 そんな2人に囲まれて、亜梨子は今日も一日を過ごすのだ。
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