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ゴールデンウィーク 3

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「紫……」

「行ってらっしゃい」

「紫……俺紫と離れたくない」

「遊びに行くんでしょ」

「一緒に……」

「行かない」

「紫ぃぃぃぃぃ」

 優しく穏やかに笑っていたはずの兄は、最近弟になったのかな? と思う程に甘えてくる。
 1年限定と決めたから、兄を甘やかすのはやぶさかではないのだけれど、今から遊びに行くんでしょ?行ってこーい。
 モダモダしている間にインターホンがなる。
 お迎えに来ると行っていたから来たのだろう。

「おはよう碧」

「…………うん、おはよう」

「……妹もおはよう」

「おはようございます」

 現れた今日のデート相手(笑)はクラスメイトの斎藤白朗。
 今日も日に焼けた綺麗な小麦色の肌である。
 暖かくなってきたから軽装だ。勿論兄も私も。

「途中で連絡するから、ちゃんと返事してね」

「わかった」

「10分おきにするから」

「せめて1時間にして」

「えっ!! 」

「メンヘラな彼女かなんかなの?お兄ちゃん」

 眉を下げて違う……と首を横に振る兄に困った人だなと笑う。
 ギュッと抱き着いてきたから背中を撫でてあげる。 視線を感じて顔をあげると斎藤白朗がガン見していた。

「……………………えっと? 」

「仲良いな」

「…………まぁ」

「……………………」

 なんもないんかい!!
 こっちもなんか困った人だな!!
 他の攻略対象者よりもクラスメイトで近くにいるのに、あまり進展しない斎藤白朗。
 この睨んでいるような感じは目付きが悪いからで、口下手であるからゲーム内の紫と仲良くなるのに時間がかかった人。

 チラチラと私を見る碧を見る斎藤白朗が口を開く。

「………………碧、 妹も一緒に行くか? 」

「いいの?! 」

「よくないよねぇぇぇ! 」

 デートに妹を連れて行こうとしないで!!
 何喜んでるの兄よ!! 

「紫!! 行こう、ね? 」

「ね? じゃないの。2人で行ってきて」

「わがまま言わないで」  

「わがまま言ってるのはお兄ちゃんだよね」


 
 結局押し負けました。
 いつの間にか斎藤白朗も一緒になって誘ってきて振り切れなかった。
 そのままで良いとは言われたけど、そうもいかないと最低限の準備をして玄関へ。

「紫……可愛すぎる……俺の天使」

「お兄ちゃんに言われると腹立つな」

「なんで?! 」

 薄紫色の花柄ワンピースに帽子をかぶり、靴を履く。
 その一挙手一投足を眺めて笑み崩れる兄を見る斎藤白朗。私なんて一切見てない。
 小さなショルダーバッグを持って兄を見上げると嬉しそうに見てくる。

「鞄、使ってくれてる」

「まあ……お気に入りだから」
  
「ふふ……ありがとう」

 キャメル色のショルダーバッグは兄からの誕生日プレゼントだ。
 可愛いコロンとしたデザインが甘めの服にもシックな服にも良く似合う。

「行こうか」

 手を握ろうとする兄を見る妹の目は冷たい。

「え、紫? 」

「お兄ちゃん今日は斉藤先輩と出掛けるんでしょ。私はおまけ」

「……………………うん」

「返事溜めすぎじゃない? 」

 斎藤白朗とのデートはイベントである。
 そこに紫はいないはずだ。2人で出かけて絆を育む筈が、私が一緒にいる。

 たぶん、あの補習だ。
 あの補習で碧が落ち込み私が慰めるゲームには無い展開があった。
 それが昨日の事で、兄は私を離したがらなくなった。
 喧嘩して仲直りした碧は暫く私のそばにいたくて堪らないらしい。
 昨日の今日だから、予想は着いていたけどやっぱりかー。

「先輩、邪魔しちゃってごめんね」

 鍵を掛けている間に斎藤白朗の服を軽く引っ張り小声で言うと、目を丸くした。

「え……邪魔って……」

「2人で出掛けたかったでしょ? だから、ごめんね」

「…………お前、もしかして……」

「何コソコソ話してるの」

 至近距離でコソコソ離す私と斎藤白朗の間に無理矢理入ってきた兄。なに、寂しん坊か。

「紫、無闇に男に近付いたら駄目だよ、危ない」

「じゃあ、お兄ちゃんからも離れるね」

「駄目だよ?! お兄ちゃんはそばにいないと駄目だからね?! 」

 男だって理解してるから離れるって言ってるのに、分かってないなぁ。
 腕を掴んでくる兄を見上げて首を傾げておいた。

「どこ行くんですか? 」

「……ブラブラしようかと」

「ブラブラ……」

 このままだと秋堂兄妹で話し込んでしまいそうだから、斎藤白朗に話をふる。
 兄を真ん中にして話をするから、腰を曲げて乗り出し斎藤白朗を見て言うと、一瞬間が空いた。
 行先は決めていないんだろう。

 本来のルートでは、ショッピングモールを見て周り、碧の強い希望で私のお土産のワンピースを買い、兄の好きな映画館に行って、夕食を食べて帰宅だ。
 この妹至上主義な碧を見て、ゴールデンウィーク明けに紫に接触するのだが、だいぶ早く接触してるぞ。

「……何かしたい事はあるか? 」

「え? 私? 」

 今明らかに私に聞いてきた。
 これ、兄攻略にはかなり有効だったりする。自分よりも妹の好み優先な兄だからだ。
 わかってて言ったのかな。

「紫は何したい? 」

「私、2人の行きたいところでいいよ」

「うーん……」

 2人で顔を見合せて悩む。
 私は居ないものだと思ってください。
 そんな願いが聞き届けられたのか、イベント内容とほぼ変わらないルートが決定した。
 私への貢ぎ物を選ぶ兄のイキイキとした様子に苦笑しか出ない。

「……碧は本当に妹が好きなんだな」

「2人だけの兄妹だから」

「妹……ね」

 不満そうな斎藤白朗。そりゃそうだ、デート邪魔されて妹の買い物なんだから。
 でも、来いって言ったのそっちだからね。

「…………今からでも帰りましょうか? 私」

「いや、そうしたら碧が悲しむ」

「そう……」

 視線は合わない。見つめるのは兄だけ。
 私、居ずらいったらない。

「………………どうしたら碧は俺を見ると思う? 」

「え? 」

「碧が見る先は君だけだから……どうしたら俺を見る? 」

 初めて、斎藤白朗が私を見た。
 私を認識して、私に問いかけている。

「………………見ていますけど、そういう答えじゃないんですよね。兄がなんで私ばかりを見ているか分からないけど……私にあまりいい感情を持っていない人は見ないと思いますよ…………自惚れじゃなくて。あの人は私を大切にしない人は好きにならない」

「………………なるほど」

 私をじっと見たまま頷く。何を考えているのか分からないけど、今までの私を疎ましく思っていた感情はなかなか無くならないだろうから困惑するだろうな。
 そう思っていたのに、斎藤白朗は手を伸ばして私の頭に触れた。

「………………なに? なんですか」

「仲良くならないといけないんだろ」

「え、撫でて仲良くなるの? 」

「……間違ったか? 」

「いや………………ふふ……なにそれ」

 思わず笑った私を目を見開いて見る斎藤白朗。
 そんな私達を買い物を終わらせた兄が少し離れた場所から見ていた。




 今日の日程は恙無く終了した。
 映画館の薄暗い室内で、何故かずっと指を絡ませて手を握り私の肩に頭を乗せていた兄の態度に動揺する斎藤白朗や、夕食時しきりに私にあーんを迫る兄と自宅では普通な事を外で強要する。
 普段外では手を緩く繋ぐか、軽くハグするくらいのスキンシップで我慢している兄らしくない行動に私も目を丸くした。

「どうしたの? 」

 帰宅後私に張り付く兄に聞くが、後ろから抱えるように抱き締めているから表情は見えなくて。
 腹部に回されている腕に手を当てると、ギュッと力を込められた。

「紫が浮気するから」

「してないし彼氏いない」

「俺がいるのに」

「……………………愛が重い」

 よく分からないけどご機嫌斜めなのはよく分かった。

 

ゴールデンウィークも終盤で、まだ公式イベントは終わってはいない。
 本屋に出掛けた先で生徒会長の有栖川朱寧とのエンカウントと母親に頼まれたお使いで千川黄伊とその妹とのエンカウント。
 有栖川朱寧とは、少し話した後外に出た時に自転車と接触しそうになり助けられて吊り橋効果で相手への評価が少し良くなる。
 千川黄伊は、嬉しそうに兄に話しかけ自分の妹をダシにして会話を盛り上げる。
 無類の妹好きな兄は、同じシスコン仲間かな? と笑顔で対応する事に。
 それからは学校で会う時に紫を挟んで話をしていくようになる。
 これがきっかけで紫とも話をしてサポートしていく……となるのだが。

「…………ねぇ、ちょっと離れてよ」

「やだ」

「いやいや、暑いし」

「俺は心地良いかな」  

「え、今日26度だよ。心地良いって大丈夫? 熱中症でおかしくなった?」

 アイスを食べる私の後ろから抱きついている兄。
 温暖化が激しい、暑くてたまらん。
 ペトッと頬を私の頭に付けてアイスを見ている。
 位置的に私の顔は兄から見えないけど、別にアイスが食べたくて見ているわけじゃないのだろう。

「どうしたの」

「紫が足りない」

「え? 」

「今充電中。チャージしてるから待って」

「消費早すぎない? 」

「…………蓄電池劣化してるのかな」

「チェンジで」  

「お兄ちゃん丸ごと交換は無理! 」

 ギュッとさらに抱きしめられグェ……と声を出す。
 しがみつかれて後を着いて歩き、兄が外に出ない。イベントが起きなくなる。

「………………困ったねぇ」

「何が?  」

「なんでもなーい」

「…………………………」

 悩む私を兄は黙って見ていた。
 斎藤白朗とのお買い物デート、おまけ付きから兄の探るような眼差しが向けられる。
 どんな理由で探るような目を向けるのか何も言わないからわからないが、不満なのはわかるのだ。

「ねぇーえ、なんなの?  」

「なんもないって」 

 はい、うっそー。
 意味深に見てくる目の意味を教えてくれないのに、体を抑えて離さない。
 これはいつまで続くんだろう。


「紫ちゃーん、お買い物行ってきてくれる?」

「行くよー」

「駄目」

「お使いだってば」

「……………………駄目」

「我儘だなー」

 独占欲が爆発した兄はゴールデンウィーク中離すことなく、母親から醤油とマヨネーズのお使いにも同行した。
 エンカウントするイベントは起きず、そのまま休みは終わったのだった。


 
 

 
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