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操作は兄ではありません
しおりを挟む「ほら、行こう」
「うん」
手を握られて微笑む碧にもう反論する気が起きなくトボトボと歩いた。
先程のありえない不機嫌顔は何だったのだというほどご機嫌に妹の手を握る。
「………………手を繋がなくてもいいと思う」
「お兄ちゃんと手を繋ぐのは嫌?」
「いや…………じゃないぃぃ」
悲しそうな顔をする兄から顔を逸らして呻くように返事を返す。
可愛い可愛いと持て囃す兄、可愛いの安売りである。
しかし、ゲームとは確実に違う妹でも、この兄は変わらず可愛いと言うのかと最初は驚いた。
「あ、シロ。 おはよう」
「……はよ」
前を歩くクラスメイトに声を掛ける兄。
私はこっそり相手を見る。
斉藤白朗。高校から兄と仲良くなった1人で攻略対象者。
水泳部のエースで日焼けした小麦色の肌に短髪の整った顔立ちをした高身長イケメン。
あまり表情を動かさない彼だが、仲良くなれば笑顔を見せスキンシップを測ってくる。
一目惚れで兄を好きになった人物である。
ちらりと視線を寄越してきた彼は、私が入学してきた事で兄が私ばかり構う事に良く思って居ないのだろう。向けられる眼差しは鋭い。
だが、このゲームで私、紫を蔑ろにするキャラは兄との恋愛は上手くいかない。
それは、このゲームの動かすキャラは兄ではないからだ。
全年齢対象だと沢山いるキャラの中から落とす相手を選び、兄を操作していくのだが、R指定では落とされる側の攻略対象者を動かす。
兄の好感度を高めて同じ攻略対象者を牽制し、サポートキャラである私との絆もそれなりに維持しなくてはいけない、かなり無理ゲーなのだ。
そう、ここで私が出てくる。
兄の大切で大好きな妹の私はサポートキャラ。
その私の好感度をあげないと、まず兄に私との接触を阻まれるというサポートキャラなしになりかねない。
妹大好きな兄は妹と仲良くなれない相手は無理だと恋愛はその時点で詰むのだ。
さらに、ゲームでは穏やかで優しく誰にでも人気な兄に、劣等感を抱える紫の心を開き好感度を上げる必要があるのだが、チョロい紫は心が開くと好感度が爆上がりしやすくなり、少しの対応のミスで紫が攻略対象者を好きになるというハプニングがおきる。
そうこれ、これこそが欝ルートの始まりなのだ。
大好きな可愛い妹が、自分を放置して他の男を追いかける。そんなの碧は許せないのだ。
好きな相手に冷たくされ、その妹に好意を寄せられる攻略対象者の選ぶ道は、紫をふるか、紫を選ぶか、碧を襲うか、からの3択。
まさかの3択である。完全にバッドエンディング。
ここで、紫をふる選択をしたら泣き崩れる紫を碧が優しく抱き締めて歪んだ笑みを浮かべて慰めるが、最後に優しく捕まえた……と呟く碧の狂愛エンド。この後は薔薇の花びらが舞って二人を隠し暗転する。
モノローグで、欠片は与えない。俺の愛は紫だけ……というクソ重い言葉が滲みながら出てきてぞわりとしながらもニヤァと笑っていた。
碧を襲う選択をしたら、自分を見限った碧を無理矢理組み敷いた攻略対象が狂気的な笑みを浮かべて襲っている。
紫の名前を呼び、泣き叫びながら抑え込まれた碧がアッ…………となってしまうエンド。
そして、紫を恋人として選んだら、あの、監禁ルートが待っているのだ。
飲み物に入れた眠り薬によって紫は碧に運ばれ、知らない部屋にいる2人。
可愛い可愛い紫、大好き。だれにもあげない、触らせない……愛してる……と、ベッドに横たわる寝乱れ、ベビードールを着た紫を、半裸な碧が恍惚な怪しい笑みで優しく頬を撫でている。
この仄暗く美しいスチルが、ゲーム内で1番の人気だったのも色々狂っている。
ゲーム開始当初、うわぁ、めっちゃシスコンだけどイケメン兄ちゃんが主人公かー! が、終了時には、ヤバっ!!兄様が1番ヤバい人だ!! 紫逃げてー!! に変わる。
しかし、この狂愛の沼にハマる人は続出していて、全年齢でも紫への歪んだ愛は激しいが、R指定ではもう……もう……と言葉にならない。
それくらい、溺愛が凄いのだ。
もはや、攻略対象でなく、いかに紫を可愛がるかに変わりそうな程に。
それも仕方ないのかもしれない。
このゲーム《私立東照学園の秘めたる恋~狂った愛の欠片を求めて》というタイトルなのだが、このゲームの本筋はサブタイトルに記されている。
そう、狂った愛は紫に向けた気持ち、さらにそこから欠片だけでも良いから下さいという内容なのだ。
もう、紫なくして成り立たないゲームなのである。
その証拠は、R指定ゲームであるから最後はイヤンなスチルが登場する最後である。
その八割に、紫もいるのだ。
参加はしていない。していないが、限りなく兄碧と触れ合っている。
あの場面でだ。ベッドシーン、鳴く兄……いや、時には鳴かせている兄。その場にいる紫。
妹への愛の欠片だからか、兄は妹を離さない。
………………………………いやいやいや!!
駄目だろう!! 見る専だけど、現場突入はしない!!
というより、色々紫に優しくない! 私に優しくない!!
どうしろと! まず、私の恋愛禁止、欝ルート回避。
サポートキャラで沢山いるキャラと話す、兄ヤキモチからのヤンデレ。
兄、恋愛上手くいく。私巻き込まれ。
嫌だぁぁぁぁ!! 腐女子です、ありがとうございます!! でも巻き込まれ事故の内容が濃すぎるよ!!ありがとうございました!! しぬ!!
最後の巻き込まれに、兄から濃厚なチューされるやつもあるからね!!アッ……ってなってる兄に抱き着かれてチューされて紫……って何回も呼ばれるヤツ!
ベッドに寝てる私に跨ってチューしてる兄に覆いかぶさりアッ……って。アッ……って!!
彼氏見て!! そこは妹じゃなくて彼氏を!!
すぐさま部屋から妹を追い出して!!
やべぇよ、兄ちゃん!!
「紫? 」
「……………………なんでもない」
心配そうに見てくる兄にニッコリ笑顔。
うっ……と胸を抑える碧に、あ、これもダメですか、すいません。
紫が入学してから始まるゲームも、紫への愛がなせる技なのかもしれない。
こんなに綺麗で優しい兄なのに。
天使な兄なのに。頼むから変な道に誘わないでくれ、攻略対象者よ。
「紫、おはようー!! なあ、悪い! 数学から体育に変更の連絡行ってないよな!ジャージあるか?! 」
「………………え? 体育? わぁ、ないやぁ」
校門を通り校舎に近くなると、教室の窓から響く男子の声。
攻略対象ではなくて、モブキャラだがこれもイベントである。紫の点数稼ぎ。
大きくバッテンにして無いことを示すと、クラスメイトはペコペコと頭を下げている。
そんな紫を見る碧はニッコリ笑って手を伸ばす。
紫の手にするりと指を絡ませた碧は体を寄せてきた。
「ジャージ、ないの? 俺今日持ってきてるから使っていいよ」
「大きいよ、お兄ちゃんの」
「うん、 でも紫に他の人の服着せたくないし。お兄ちゃんの着なさい」
「ズボン下がる」
「…………紐結んで」
「えぇ…………わかった……」
なんだかんだ、この笑みには逆らえない。
天使の微笑み、男が可愛い。
でも、あぶない。私、大丈夫? めっちゃ睨まれてる。
ヒィヒィしながら頷く私に、いいこ……と耳元で囁き頭を撫でる。ひぃ!
兄のする事じゃない。ご馳走様です。
この天使の微笑みが卒業するまで続きますように。
ふわりと香る柔軟剤のいい匂いがするジャージが入った袋を手渡されて、両手でギュッと受け取った紫は、自分よりも高い位置にある兄の顔を見あげたのだった。
「…………ところで、さっきの誰かな?紫を名前で呼んでたね」
「えっ? 」
こわい。兄がこわい。名前呼びくらい許してください。
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