2 / 17
操作は兄ではありません
しおりを挟む「ほら、行こう」
「うん」
手を握られて微笑む碧にもう反論する気が起きなくトボトボと歩いた。
先程のありえない不機嫌顔は何だったのだというほどご機嫌に妹の手を握る。
「………………手を繋がなくてもいいと思う」
「お兄ちゃんと手を繋ぐのは嫌?」
「いや…………じゃないぃぃ」
悲しそうな顔をする兄から顔を逸らして呻くように返事を返す。
可愛い可愛いと持て囃す兄、可愛いの安売りである。
しかし、ゲームとは確実に違う妹でも、この兄は変わらず可愛いと言うのかと最初は驚いた。
「あ、シロ。 おはよう」
「……はよ」
前を歩くクラスメイトに声を掛ける兄。
私はこっそり相手を見る。
斉藤白朗。高校から兄と仲良くなった1人で攻略対象者。
水泳部のエースで日焼けした小麦色の肌に短髪の整った顔立ちをした高身長イケメン。
あまり表情を動かさない彼だが、仲良くなれば笑顔を見せスキンシップを測ってくる。
一目惚れで兄を好きになった人物である。
ちらりと視線を寄越してきた彼は、私が入学してきた事で兄が私ばかり構う事に良く思って居ないのだろう。向けられる眼差しは鋭い。
だが、このゲームで私、紫を蔑ろにするキャラは兄との恋愛は上手くいかない。
それは、このゲームの動かすキャラは兄ではないからだ。
全年齢対象だと沢山いるキャラの中から落とす相手を選び、兄を操作していくのだが、R指定では落とされる側の攻略対象者を動かす。
兄の好感度を高めて同じ攻略対象者を牽制し、サポートキャラである私との絆もそれなりに維持しなくてはいけない、かなり無理ゲーなのだ。
そう、ここで私が出てくる。
兄の大切で大好きな妹の私はサポートキャラ。
その私の好感度をあげないと、まず兄に私との接触を阻まれるというサポートキャラなしになりかねない。
妹大好きな兄は妹と仲良くなれない相手は無理だと恋愛はその時点で詰むのだ。
さらに、ゲームでは穏やかで優しく誰にでも人気な兄に、劣等感を抱える紫の心を開き好感度を上げる必要があるのだが、チョロい紫は心が開くと好感度が爆上がりしやすくなり、少しの対応のミスで紫が攻略対象者を好きになるというハプニングがおきる。
そうこれ、これこそが欝ルートの始まりなのだ。
大好きな可愛い妹が、自分を放置して他の男を追いかける。そんなの碧は許せないのだ。
好きな相手に冷たくされ、その妹に好意を寄せられる攻略対象者の選ぶ道は、紫をふるか、紫を選ぶか、碧を襲うか、からの3択。
まさかの3択である。完全にバッドエンディング。
ここで、紫をふる選択をしたら泣き崩れる紫を碧が優しく抱き締めて歪んだ笑みを浮かべて慰めるが、最後に優しく捕まえた……と呟く碧の狂愛エンド。この後は薔薇の花びらが舞って二人を隠し暗転する。
モノローグで、欠片は与えない。俺の愛は紫だけ……というクソ重い言葉が滲みながら出てきてぞわりとしながらもニヤァと笑っていた。
碧を襲う選択をしたら、自分を見限った碧を無理矢理組み敷いた攻略対象が狂気的な笑みを浮かべて襲っている。
紫の名前を呼び、泣き叫びながら抑え込まれた碧がアッ…………となってしまうエンド。
そして、紫を恋人として選んだら、あの、監禁ルートが待っているのだ。
飲み物に入れた眠り薬によって紫は碧に運ばれ、知らない部屋にいる2人。
可愛い可愛い紫、大好き。だれにもあげない、触らせない……愛してる……と、ベッドに横たわる寝乱れ、ベビードールを着た紫を、半裸な碧が恍惚な怪しい笑みで優しく頬を撫でている。
この仄暗く美しいスチルが、ゲーム内で1番の人気だったのも色々狂っている。
ゲーム開始当初、うわぁ、めっちゃシスコンだけどイケメン兄ちゃんが主人公かー! が、終了時には、ヤバっ!!兄様が1番ヤバい人だ!! 紫逃げてー!! に変わる。
しかし、この狂愛の沼にハマる人は続出していて、全年齢でも紫への歪んだ愛は激しいが、R指定ではもう……もう……と言葉にならない。
それくらい、溺愛が凄いのだ。
もはや、攻略対象でなく、いかに紫を可愛がるかに変わりそうな程に。
それも仕方ないのかもしれない。
このゲーム《私立東照学園の秘めたる恋~狂った愛の欠片を求めて》というタイトルなのだが、このゲームの本筋はサブタイトルに記されている。
そう、狂った愛は紫に向けた気持ち、さらにそこから欠片だけでも良いから下さいという内容なのだ。
もう、紫なくして成り立たないゲームなのである。
その証拠は、R指定ゲームであるから最後はイヤンなスチルが登場する最後である。
その八割に、紫もいるのだ。
参加はしていない。していないが、限りなく兄碧と触れ合っている。
あの場面でだ。ベッドシーン、鳴く兄……いや、時には鳴かせている兄。その場にいる紫。
妹への愛の欠片だからか、兄は妹を離さない。
………………………………いやいやいや!!
駄目だろう!! 見る専だけど、現場突入はしない!!
というより、色々紫に優しくない! 私に優しくない!!
どうしろと! まず、私の恋愛禁止、欝ルート回避。
サポートキャラで沢山いるキャラと話す、兄ヤキモチからのヤンデレ。
兄、恋愛上手くいく。私巻き込まれ。
嫌だぁぁぁぁ!! 腐女子です、ありがとうございます!! でも巻き込まれ事故の内容が濃すぎるよ!!ありがとうございました!! しぬ!!
最後の巻き込まれに、兄から濃厚なチューされるやつもあるからね!!アッ……ってなってる兄に抱き着かれてチューされて紫……って何回も呼ばれるヤツ!
ベッドに寝てる私に跨ってチューしてる兄に覆いかぶさりアッ……って。アッ……って!!
彼氏見て!! そこは妹じゃなくて彼氏を!!
すぐさま部屋から妹を追い出して!!
やべぇよ、兄ちゃん!!
「紫? 」
「……………………なんでもない」
心配そうに見てくる兄にニッコリ笑顔。
うっ……と胸を抑える碧に、あ、これもダメですか、すいません。
紫が入学してから始まるゲームも、紫への愛がなせる技なのかもしれない。
こんなに綺麗で優しい兄なのに。
天使な兄なのに。頼むから変な道に誘わないでくれ、攻略対象者よ。
「紫、おはようー!! なあ、悪い! 数学から体育に変更の連絡行ってないよな!ジャージあるか?! 」
「………………え? 体育? わぁ、ないやぁ」
校門を通り校舎に近くなると、教室の窓から響く男子の声。
攻略対象ではなくて、モブキャラだがこれもイベントである。紫の点数稼ぎ。
大きくバッテンにして無いことを示すと、クラスメイトはペコペコと頭を下げている。
そんな紫を見る碧はニッコリ笑って手を伸ばす。
紫の手にするりと指を絡ませた碧は体を寄せてきた。
「ジャージ、ないの? 俺今日持ってきてるから使っていいよ」
「大きいよ、お兄ちゃんの」
「うん、 でも紫に他の人の服着せたくないし。お兄ちゃんの着なさい」
「ズボン下がる」
「…………紐結んで」
「えぇ…………わかった……」
なんだかんだ、この笑みには逆らえない。
天使の微笑み、男が可愛い。
でも、あぶない。私、大丈夫? めっちゃ睨まれてる。
ヒィヒィしながら頷く私に、いいこ……と耳元で囁き頭を撫でる。ひぃ!
兄のする事じゃない。ご馳走様です。
この天使の微笑みが卒業するまで続きますように。
ふわりと香る柔軟剤のいい匂いがするジャージが入った袋を手渡されて、両手でギュッと受け取った紫は、自分よりも高い位置にある兄の顔を見あげたのだった。
「…………ところで、さっきの誰かな?紫を名前で呼んでたね」
「えっ? 」
こわい。兄がこわい。名前呼びくらい許してください。
10
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!
夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。
そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。
※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様
※小説家になろう様にも掲載しています
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
無理やり婚約したはずの王子さまに、なぜかめちゃくちゃ溺愛されています!
夕立悠理
恋愛
──はやく、この手の中に堕ちてきてくれたらいいのに。
第二王子のノルツに一目惚れをした公爵令嬢のリンカは、父親に頼み込み、無理矢理婚約を結ばせる。
その数年後。
リンカは、ノルツが自分の悪口を言っているのを聞いてしまう。
そこで初めて自分の傲慢さに気づいたリンカは、ノルツと婚約解消を試みる。けれど、なぜかリンカを嫌っているはずのノルツは急に溺愛してきて──!?
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる