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しおりを挟む「どうするべきだと思うよ。立て篭もるか逃げるか」
冷静に小さな声で米田に言う刈谷。
米田は扉の前で騒ぐ人たちを見て、戻ってきたふくよかな女性を見る。
「…………とりあえず、これは提案なんだけどさ?」
「……私、なんとなーく何言おうとしてるか分かっちゃったー……」
「……俺もー」
チラッと米田が見た視線の先に促されるように見た2人は重々しく頷き、分かってくれるか。と深く頷いた。
「な、なに?米田なに?」
「……………………」
桃園は泣き腫らした顔で米田を見上げ、その隣には上司が静かに同じく視線の先を捉えていた。
「逃げるにしても、立て篭もるにしても、多分分裂するだろうな」
「同感」
「同じく」
「…………それは、私もそう思うよ」
「……え?え?」
桃園だけが分かっていない中、米田は刈谷、そして女性と顔を突き合わせる。
「とりあえず、私はあなた達と行動しようと思う。いいかな?」
「賛成、むしろここ3人は必須」
女性の言葉に刈谷は頷き、米田も同意した。
そしてまたテレビを見ると、場所が切り替わりあの女性キャスターがバットを手に実況中継をしていた。
刈谷の肩を叩きテレビを指さすと、一緒に立ち上がりテレビを凝視する。
「…………やっぱり頭だね」
「武器がいるな」
「あと、食料、衛生用品は必須よ」
「あ、着替えとか大丈夫?スカートだね」
「あと、ピンヒール。やんなっちゃう。オフィスカジュアルがアダとなったわ……」
ギリギリと歯ぎしりする女性は着替えが無いわ……と呟いた。
逃げるには適していない服装だ。
ヒールを脱ぎ机の端に当てると、桃園は慌てて女性の腕を掴み止める。
「まって!ヒール折れちゃう!」
「折るのよ?」
「え!?」
「それともあなた、その靴で走るの?」
それだけ言った女性は靴に力を入れてバキッと豪快に折った。
思いの外響いた音に数人がこちらを見て、ヒールを履き直す姿を捉えていた。
それを見ていた他の女性も自分の靴を見てから、すぐさま同じように折る人が数人いた。
服装自由でスニーカーを履いている人はホッとしていたが、パンプスを履いている人はゴクリと生唾を飲み込む。
窓の外を見て、5階以上上にいたゾンビを直接見ていない人は迷っているが、それ以下に居た女性の過半数は迷わずヒールを折りだした。
「……懸命な判断だと思うなぁ」
「っ!……私も折るわ!」
刈谷の声を皮切りに桃園も靴を脱ぎヒールを机の端にあてた。
ギュッと顔を歪めた桃園は、決心したように目を見開きパキィ……と音を響かせてヒールを折った。
「…………初ボーナスで買った靴がぁ」
「死んだら元も子もないぞ」
「……そうだよねぇ」
米田のもっともな言葉に頷くと、もう片方も折って靴を履いた。
いきなり低くなった靴の履き心地は良くないが、確実に走りやすくはなっているだろう。
「次、武器だな」
「掃除用具とかになんかあるかな」
「アメリカとかなら銃とか有るのになぁ……あったとしても撃ち方わからんけど」
「サバイバースキルある人は居ないかぁ」
3人でガサゴソ掃除用具をあさり、他なんかあったかな……とフロアを見てまわる。
「あ、非常食どこだっけ?ビルの階層ごとにあったよね?」
「あ!あるある!!こっち!」
階段の扉に比較的近い場所にある食材庫の扉を開けると、ぞろぞろと人が集まってきた。
「……あぁ、食べ物か」
「そうだ。立てこもるなら必要だよな」
「分けようぜ!まだ上の階のもあるよな!」
食べ物は偉大なり。
あれだけ落ち込んでいた人達が息を吹き返すように立ち上がり動き出した。
手分けして上の階層の非常食を持って来ると予想以上の量があった。
「いつまで続くか分からないから、とりあえず分けようぜ」
「全員分の鞄がいるんじゃない?」
「ロッカーに鞄あるから持ってくるよ」
「この非常用バックも使えるよな」
予備になのか持ち込んでいた鞄を寄せ集め、それぞれ1個ずつ持つことが出来るようになった。
リュックにいっぱい詰め込む人もいれば、小さめのカバンしか貰えず迷う人もいる。
米田は、少し大きめのショルダーバックだった。
長さを調整して、軽く腹持ちの良い物をかばんにつめ、さらには2本水を入れた。
「……ん、いいな」
隣り見ていた刈谷も同じく鞄を持ち、ほら、と渡された白い買い物袋に残りを入れる。
「しばらくは籠城、様子みて脱出ってところか
」
「それがいいと思うわ」
3人で頷きあい、女性は机にあったカッターを手に取った。
そして、タイトスカートをビリビリと破き足の可動域を増やす。
「ん、よし。カッターも頂き」
ウエストポーチにしまい込んだカッターをカバンの上からポンと叩いたあと、鞄をパンパンにした桃園を見た。
防災用リュックだったので量が入るのだ。
「……あー、あの」
「あ、桃園です!」
「桃園さん。鞄なんだけど、あんまりいれない方がいいよ」
「え?でも」
他にもパンパンにかばんに詰め込んでいる人を見て指差すと、その指をそっと掴んで隠した。
「いい、もしここにゾンビが流れ込んだらあなたこれ持って走れる?小分けにして軽いのと数本水を持った方が絶対いいよ」
「そ、そっか、わかった」
「ほらよ」
「あ、袋……ありがとう」
思いの外あった非常食はビル全員の5日間分を賄える量だった為、たっぷり振り分けが出来たのだ。
毛布を抱え、刈谷はそっと米田の腕を掴んだ
「もっと上に行こう。あまり固まってるのも良くない」
「おう」
米田と刈谷主導で、残り3人に声を掛けてそっと上の階へと向かった。
全員が集団で動く訳では無い。
米田たち以外にも同じ考えの人は居たようで、既に上階に行き場所取りをしている人が複数人いた。
個人でいたり少人数でいたりと様々ではあるが、それぞれがテレビを見て情報を集めたり窓から外を見たりと忙しそうだ。
そんな中、下からは話し声や笑い声すら聞こえてくる。
「……随分呑気だな」
「危機感がないんでしょ、まだ実感出来てないのよ。特に5階以上にいた人達は…………多分ね」
「……だろうな」
「そうだ、私佐藤志穂。よろしく。今は落ち着いていられてるけど、囲まれたりしたら多分パニくるわ。危ないだろうから先に言っとく」
「お、おお……」
「自己分析が凄い」
「今安易に私を信頼して!とか言える状況じゃないからさ」
「たしかに」
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