[完結]兄さんと僕

くみたろう

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7日前

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 久我原莉央には、大好きな兄がいる。
 9歳上の久我原里見だ。
 文武両道頭脳明晰、主席で大学を卒業した兄はいい会社に就職するとエリート街道をひた走っている。
 そんな兄が自慢で大好きな莉央は現在14歳の中学生、9つ離れた2人であるが仲の良い兄弟だ。

「兄さんは凄いな」

「まぁた始まった、莉央の里見さん推し」

「だ、だって!実際凄いだろ!?何をやっても上手くいって会社でも出世頭?らしいぞ!凄いよなぁ」

「出世頭の意味しってっか?莉央、なんか言い方変だったぞ?」

「う、うるさいなぁ」

 今は昼食が終わった後の昼休み中、莉央の幼馴染である羽生綾人はポッキーを咥えながらハハッと笑った。
 相変わらずちょっと頭の弱いんだよなー、と冷やかしながら真っ黒の莉央の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。

「わっ!やめろよ!!」

「お前は相変わらずちっせーなぁ」

「なんだよ、ちっさくねーよ」

 明らかに気にしている様子で頬を膨らませる莉央に綾人はププッと笑う。
 確かに、成長期にグングン伸びている綾人は既に平均身長の165cmをゆうに超えていた。
 それに比べ、莉央は153cmの低身長で可愛らしい外見をしている。
 クリクリの目にぽってりとした唇。
 艶のある黒髪は何もしてなくても手触りが良い。
 そんなだから、男女関係なく莉央は可愛い可愛いと言われるのだ。
 莉央の理想は実の兄で、そうなりたいと努力しているが明らかに見た目のベクトルが違いすぎて外見はどう頑張っても、あのかっこいい兄には似せれないだろう。努力は実を結ばなそうだ。

「………………莉央さぁ、あと1週間だろ?」

「………………まぁね」

「どうなるんだろうな」

「わかんねぇよ!不安煽んな!」

「悪かったって」  

 ぎっ!と睨みつける莉央は最近ピリピリしていた。
 不安に煽られ挙動不審になる。
 しかしそれは莉央だけではなく、この歳の子は皆誰でもなるもので仕方がない。
 現にクラスメイトの大半がソワソワとしている。
 誰もが経験する性分化を控えた多感な年頃の子が陥る症状である。

「………………僕は‪α‬になるんだ、絶対」

「そりゃ……わかんねーだろ」

「…………………………」

 むぅ……と頬を膨らまして頬杖をつくと、綾人はそんな莉央の頬をつついた。


 この世界には男女とは別の2次性徴からなる性別が存在する。
 不思議な事に15歳の誕生日を迎えた瞬間、その性別が発現するようになっている。
 2次性徴からなる性別には男女のように見た目で分かるものでは無いので誕生日当日は病院に行き性を知る必要があって、その性別がなんなのか14歳の少年少女達はソワソワとするのだ。

 性別は3種類あり、‪α‬、β、Ωがある。
 ‪α‬は希少種、全ての性の中で1番優れていて将来有望であったり、大成を果たす人ばかりである。
 βは汎用、男女比率は大体同じで1番多い性。
 可もなく不可もなく。
 Ωは社会的地位が低く、子を産む事に特化された性。
 男女共に妊娠が可能で、‪α‬を引き寄せるフェロモンを発する。
 子を成しやすくする為に定期的にヒートと呼ばれる発情期が来て、近くに‪α‬がいる場合はそれに当てられ襲われる。

 男女といった性別よりも強い欲を孕む2次性徴からくる性別に、皆はあわよくば‪α‬になりたいと望む。
 そして、出来ることならΩにはなりたくない。
 そう強く願うからこそ、この時期は皆が情緒不安定となるのだ。

「あーのさ、もしΩだったら莉央どうすんの?」 

「どうするって何が」

「だからさ、ほら、番……とか」

 少し言いづらそうに言う綾人に苦虫を噛み潰したような顔をする。
 この番の事も良く話題に上がるのだ。

「そんなん、わかんないよ。気が早すぎじゃない?」

「お前がどう思ってんのか気になったんだよ」

「なんだよ、‪α‬様の余裕かよ」

 ケッ!と唇を突き出すと、違ち違うと手を振られた。
 まあ分からなくは無い、思春期で性にも目覚める時期に否が応でも欲を多分に含む性別へ体が変化するのだ。
 不安や期待を胸に抱く生徒の多いこと。

「いいよな!一足先に‪α‬だってわかって!ゆっくり番でも探せばいーんだ!ばーか!ばーか!」

「あ!おい!!…………ばーかって……」

 まん丸の目で睨みつける莉央はバタバタと教室から出ていった。
 中腰になり莉央に手を伸ばすが綾人は掴み損ねザワつく教室内に残される事となる。

「…………あんだけ‪α‬って言ってるけど、多分アイツはΩだろうなぁ。あんな可愛い顔してるんだから」

 ガタン……と座り直し、袋からポッキーを取りだして口に含んだ。
 チョコの甘い味が口いっぱいに広がっているのを楽しみながら、1週間後の莉央の誕生日に泣きながら家に来るだろう幼馴染をどうやって慰めようか今から悩みどころだ。



 あの後の授業は酷くぼーっとしてしまってあまり記憶にない。
 未分化の今、あと1週間で変わる事への不安と、そろそろ始まる体の変化の準備。
 15歳の誕生日の1週間前から、未分化の体は目まぐるしく変化する。
 2次性徴からなる性分化によって体内から体が作り変わるのだ。
 その変化に現在苦しんでいるクラスメイトもいて学校を休んでいる。
 次に来る時には性別が決まっているんだろう。
 休む前日、不安そうにソワソワしていたのを覚えてる。

「…………ただいま」

「おかえり」

「に、兄さん!?」

 俯きながら入ってきたから兄が玄関先に居るのに気付かなかった。
 丁度2階から降りてきた様で、にっこりと笑った兄は莉央が元気無く靴を脱いでいる様子を眺めていたようだ。

「元気ないな」

「な、なんでもないよ!」

「そうか……?大丈夫か?」

 目にかかる前髪をサラリと指先で寄せられ顔を見る兄に、莉央は目線をウロウロとさ迷わせる。

「…………ほら、手洗いうがい行ってこい」

「…………ん」

 玄関先に落とした鞄をそのまま置き去りにして走り去る年の離れた弟を兄は腰に手を当てて見送った。

「………………あと1週間か」  

 鞄を取りスマホで何かを検索する兄、里見。
 スマホの検索結果は未分化最後の1週間、必要なものは……と書かれていて、文章を目で追いながらもう一度2階へ登って行った。

「………………大量のタオルに、食べやすい食事や水分……まあ、ここらはわかるから良いんだが」

 うーん、と顎に指先を当てて悩む里見をうがい手洗いの終わった莉央が追い掛ける。

「兄さん、鞄ごめん」

「ん?いや、大丈夫だよ…………なあ莉央」

「なに?」
  
「ゼリー、何味がいい?」

「え?何急に」
  
「んー、たぶんあと数日したら使うからな。何味が良い?」

「…………………………いらない」

 プイッと顔を背いて部屋に入る莉央の後ろから着いていく。
 少し赤みの帯びた目元で里見を見る莉央は、学ランを脱ぎながら言った。

「別に必要ないよ。兄さんだって熱が出るくらいだったんでしょ?」

「個人差があるし、‪性によって症状も変わるから。できる準備は全部しておいた方がいい」

「僕は‪α‬になるんだから!なんの心配もないの!!」

 頑なに話を聞かない莉央に里見は眉を下げた。

「莉央、莉央、聞いて。‪α‬になるか、βになるかΩになるかは15歳の誕生日を迎えてから病院に行かないとわからない。それよりこれから大変な思いをするのだけはわかってる事だから、準備だけはちゃんとしておこう、な?莉央にとってこれからの1週間は体験した事のない事が起きるのだけはわかるから」

 Tシャツに着替えた莉央の頬を優しく撫でて言い聞かせる兄に、莉央は眉をヘニョリと下げた。

「………………わかった」 

「食べやすいの、何がいい?ゼリーじゃ無くてもいいし、お粥なんかも準備するよ」

「桃とか、ぶどうとか。卵がゆは用意して欲しい、かな」

「ん、了解。これからの1週間はにーちゃんなるべく早く帰るから、遠慮せずして欲しいこと言えよ」

「………………うん」

 頭を撫でられ髪を掬い、頬を撫でて指が離れていった。
 綺麗に笑う兄は格好良くて、‪α‬だから余計に人目を引く。
 Ωは勿論、βだって兄の嫁になりたいと言う人は多いのだ。 
 そんな兄のように、強くてかっこいい‪α‬になりないのだ。



 
 
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