[完結]サクリファイス~主従の契約

くみたろう

文字の大きさ
上 下
3 / 35
第1章 リアルドとジーヴス

2

しおりを挟む
「ベル、 買い物を頼んでもいいかな?」

「はい、 勿論です」

 10時前の今から街が活気づく、 そんな時間にベルライナはカーマインに呼ばれた。
内容は買い物で、 その量はなかなか多い。
クーフェンは小さな紙をベルライナに渡す。


「明日にね、 アイリスが来るんだ。だから買い出し頼みたいんだよね」

「アイリス様……かしこまりました。」

「少し荷物が多いんだけど1人で大丈夫かな」

「はい、お任せ下さい」

「……荷物受け取り指定今日にしなければ良かったかなぁ……気をつてけてね、 無理なら途中で買い物中断していいから」

「中断…はい」

 アイリスはカーマインの幼なじみ兼、 従姉妹である。
カーマインの事を幼い頃から好いていて、 優しくされるジーヴスのベルライナを快く思ってはいなかった。
勿論そんな事は一切表には出さず、 ベルライナは一礼して部屋を出た。
紙を見たベルライナは、 明日用意する物を買い出しリストから考え下準備をしないと…と考える。
おもてなしをしない選択肢はないのだ。

 ベルライナは今日の予定を立て直しながら買い物準備を急いだ。

 早歩きで動くベルライナがチラチラと見えるのを、 カーマインは椅子に座りながら微笑ましいなぁと見ていた。
穏やかな日常は2人にとってルーティーンではあるが、 この日常が酷く愛おしい。
クーフェンはまだ暖かい紅茶を口に含んでゆっくりと飲み干した。









「……えっと、 後は……」

 籠いっぱいに買った物を入れたベルライナは空を何度も見ていた。
雲行きが怪しいのだ。
屋敷を出て1時間、 徒歩で行動するベルライナは雨雲がかかってきたのに気づき眉を寄せながら買い物を続けている。

 忘れ物をしては大変、 そう思いしっかりと買い物リストと照らし合わせチェックをしながら購入。
これで最後!と、 籠に果物を入れた時だった。ポツポツと雨が降ってくる。

「………雨、 降り出してしまいましたか、 濡れてしまうのは困りますね」

 籠を見たベルライナはため息1つ付いて、 カーマインが新しく買ってくれた紺色に赤の線が入った上着を脱ぎ籠にかけた。
防水加工が施されているその上着がある為それ程濡れないだろうと思っていたが、 雨足は急激に酷くなり籠を守る為と、 ベルライナは躊躇しなかった。

 髪や服が体に張り付くが、 籠が濡れないように…それだけを考えて足早に歩く。
チラッと上着をめくり濡れてないのを確認したベルライナは頷く。
そんな時だった。


「おい!濡れたんだけど!!ちゃんと持てよ!それくらいも出来ないのか!?」

「も、 申し訳ございませんご主人様!!」

 18歳くらいのリアルドが16歳くらいのジーヴスに傘を持たせている。
風に吹かれて傘が傾き、 リアルドは肩に水滴が少し着いただけで激昂した。
勢い良く平手打ちされ、 ずぶ濡れのジーヴスは軽くよろめきながらもリアルドが濡れないように震える手で傘を持ち続けながら謝るのだ。

「まったく、 本当に使えねぇ」

「申し訳…………」


 虫でも見るかのような視線を俯くジーヴスに向ける男性はわざとらしくため息を付き、 ジーヴスにドロで汚れた靴で足を踏み付けていた。

 そんなサクリファイス(主従)を見てベルライナは眉を顰める。
しかし、 表情を歪めてリアルドを見る、 ジーヴスの様子を他のリアルドに見つかってしまったら、 主人であるカーマインに迷惑がかかってしまう。
それは困ると下唇を噛み締めて歩き出した。



 この世の中、 ジーヴスには生きづらい。
常にリアルドに指示され虐待に近い暴力をされるジーヴスが居るのは事実だし、 そんなジーヴスにとっては日常である。
ベルライナは運が良かった。
優しいご主人様に巡り会え、 暖かな居場所をくださる。
自分は果報者だ。


 目の前で泣きながらも必死でリアルドに着いていくジーヴスに、 ベルライナは悲しそうに顔を伏せた。


 いつかジーヴスにも優しい世界が訪れるように…そう願う事もジーヴスには難しいのだ。


だからこそ、 ベルライナは思う。
私は幸せなジーヴスです、 と。


 大半のジーヴスが虐げられる姿を見る度に気持ちが沈む。
なぜ、 世界はこんなにも残酷なのか。
私にはわからない。

 でも、 こういう時決まってご主人様は私の目を手で覆い隠す。
辛いことから目をそらす様に。温もりを分け与えてくれるように。

 そして、 手を離した時には優しく蕩けるような笑みを見せてくれるのだ。
 



      君は何も心配せずに、 俺だけを見てなよ




 そう、 言って。












「……ただいま戻りました」

「おかえりべ………ル…………」

 玄関があき声を掛けた事によりカーマインは奥から現れた。
笑顔で迎えたカーマインの顔が凍りつく。
ずぶ濡れに張り付いた髪や衣服。
芯まで冷えた体はカタカタと震えていた。

「ベル!ずぶ濡れじゃないか!雨が降ってたのかい?」

「途中から降り出してしまいました。大丈夫です、 買ったものは濡れていません」

「そうじゃないだろ!?君がこんなに濡れてしまって風邪でも引いたらどうするんだ!……こんなに冷え切っちゃって……ほら!早く入って温まらないと」

「このままでは家が濡れて……」

「そんなのは後でいいから!」


 この家は防音加工がされていて、 あまり外の音に気付かない。
カーマインは読書をしていて最後に外を見たのはまだ雨が降り出す前だった。
かなり集中していたのか 、 ベルライナの声でやっと顔を上げたのだった。

 玄関に買った籠と上着を放り出したカーマインはすぐにベルライナを暖炉の前に連れていく。
毛布を1枚持ってきて

「濡れた服は全部脱いで毛布に包まって温まってて!すぐにお湯の準備をするから!!」

「カーマイン様!そのような事は……」

「ダメだよ!本当に風邪引いたらどうするの」

「………はい」

 頷くベルライナを確認してから、 カーマインは走り出し浴槽の準備に取り掛かった。
そんな主人を見送り服を脱ぎ出すベルライナ。
毛布に包まりながら息を吐き出した。

「……ご主人様にお世話をさせる…私は駄目なジーヴスです」

「またそんな事を言う」

「ご主人様……」

「カーマインでいいと言ってるのに」

「そういう訳には……」

暖炉の前に座り込むベルライナの隣には雨を吸い重くなった服が置いてある。
カーマインはそれを持ち、 すぐに洗濯機を回して戻ってきた。

「……すみません、 お手間を…」

「むしろごめんは俺の方」

 ベルライナの後ろに座ったカーマインは後ろから温めるように強く抱きしめた。
カーマインの温もりが毛布越しに伝わりベルライナは慌てて後ろを見ようとするが、 カーマインに頭を撫でられた事でピタリと止まる。

「雨が降るとは思わなかったな、 一緒に行ってたら良かった…それなら雨が降る前に買い物も終わっていたかもしれないのに。ごめんね、 こんなに冷え切って」

「…カーマイン様が謝る事なんでありません」

「もう…こんな時しか名前を呼んでくれないんだから」

 強く抱きしめたベルライナの体はまだ震えていた。
温まらない体にカーマインは眉を顰めて額に手を当てる。

「……熱はないね」

「私、 元気だけが取り柄です」

「元気なのはいい事だけど、 無理はしないの。買い物だって雨が降った時は無理しなくて良いって言ったでしょ?ましてや上着を籠に掛けるとかしちゃダメだよ!ベルが濡れるじゃないか」

「ですが…アイリス様のおもてなしの品ですし」

「そんなのよりベルの体の方が大事!」

 はぁ…とベルライナの肩に額を預ける。

「受け取りの荷物があるから残ったけど、やっぱり一緒に行くべきだったなぁ」

 見るからに後悔するカーマインにベルライナは眉を下げた。
自分の不甲斐なさで主人を悲しませている、と。
しかし、 顔を少し動かしたカーマインはベルライナの瞳を見つめる。

「次は一緒に行くよ。ベルライナ、 ごめんね」






 カーマインはとても優しい。
ジーヴスであるベルライナにいつも優しい笑顔を向ける。
周りのジーヴスよりも明らかに境遇がいいのにベルライナは時折酷く泣きたくなる。

 だが、 同時に幸福感が胸に広がりほんの少しだけ苦しさも混じり複雑な感情をここ数年ベルライナは感じていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...