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狗嵜ネムリ

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亜利馬、人生最高の1日

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 十二月に入っていよいよ本格的に寒くなり、俺は目深にかぶったニット帽とマフラーにマスクにコートというパーフェクトな重装備で本社ビルへと入った。
 エレベーターに乗って五階へ行き、まずは一番手前の事務所で受付さんに声をかける。いつものスタートだ。
「亜利馬です。おはようございます!」
「おはよう~今日は冷えるね」
 挨拶をして、俺が来たことを記録してもらう。いつものことだ。
 それからモデルのポスターが貼られた廊下を進んで、ブレイズ部屋と呼ばれる第一会議室のドアを開ける。これもいつものことだ。
「誰かいるかな? おはようございます!」
 ブレイズの誰かが一人でもいれば、仕事の時間までお喋りできる。この時間が堪らなく好きなのも、ドアを開ける一瞬、わくわくしてしまうのも――いつものことだ。

「おはよう、亜利馬」
「獅琉さん! この時間休憩ですか?」
「ううん、さっき俺も来たところ。他の皆もビル内にはいるみたいだよ」
 会議室のテーブルには食べかけのお菓子の袋などもあって、ついさっきまで他のメンバーがいたということを匂わせている。俺にとっては先輩であり親友であり家族兄弟みたいなメンバー達。出会ってまだ半年とちょっとだけど、これまで生きてきた中で最高の仲間達だ。
「亜利馬は、今日は何の仕事?」
「今日は、ここではDVDの撮影が一本です。その後はクリスマス用の撮影がちょこっと。獅琉さんは?」
「俺も一本だけ」

 今回はブレイズとしての撮影ではなく俺単体の撮影で、相手役もメンバーではなく、今日初めて会うモデルさんだ。凌辱系ではなくオーソドックスな絡みだから、ちょっとだけ気が楽でもある。
 仕事が終わったら、少しだけ豪華なお弁当を買って帰ろう。撮影前は食べられないアイスも買って、暖かい部屋でテレビを見ながら楽しむのも良い。
 食事も布団もお風呂も……寒いからこそ、ちょっとした温かさに幸せを感じることができる。だから俺は冬が好きだ。



「亜利馬くん、お願いします!」
「はーい」
 着ていたガウンを脱いでベッドに寝転がり、相手役のモデルさんの愛撫に身を任せる。大型のENGカメラが二台で俺達を撮っている。最近では俺も撮影に慣れてきて、獅琉から学んだ「ちょっと綺麗に見える感じ顔」も、演技としてできるようになっていた。
「最近の亜利馬くん、少し色っぽくなったよね。大人っぽくなったともいうか……」
「ほ、本当ですか? やった!」
 スタッフさんから褒められれば素直に嬉しくなる。映像をチェックしていた二階堂さんが満足げに頷けば、俺もよっしゃという気持ちになる。
 文字通り体を張ったハードな仕事だけど、俺はAVモデルというこの仕事が好きだ。


「お疲れ様です、亜利馬くん」
「お疲れ様でした!」
 着替えてビルを出る頃には、もう空は暗くなっていた。午後九時。一本撮影するだけでも一日がかりだ。
「今日はよろしくね亜利馬くん」
「はい!」
 だけど今日はまだ、俺の仕事は終わりじゃない。これからクリスマス用の特別映像を撮るのだ。ファンの人達が俺と「プライベートな時間を一緒に過ごしている気持ちになれるもの」、というコンセプトらしい。
「一緒に帰ろうね」
 動画撮影ではお馴染みのケンさんが構えるデジカメに向かって、にっこり笑う。ここからもう撮影は始まっているのだ。カメラを「誰か」に見立てて話しかけるのは少し恥ずかしいけれど、ハメ撮り企画のようなものだと思えばいい。
「ご飯どれにしようかな。これは?」
「寒いね。早く部屋であったまろうね」
「クリスマス一緒に過ごせて嬉しい」
 などなど、決められた台詞を言う俺。全て独り言ではあるものの、これを見てくれる人達が少しでもいるならそれだけで嬉しい。
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