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亜利馬、初めての生配信
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配信が完全に終了してから席を立った俺は、機材を片付けるスタッフさん達の間を通って、部屋の端でインヘルちゃんの声を担当していた人に詰め寄った。
「お願いですから、台本にないことやらせないで下さいっ」
「あは、ごめんね。亜利馬くんの反応が良かったから、ついね」
インヘルちゃんそのままの声で返され、何だか気が抜けてしまう。首から下がった彼のネームプレートには「庵治」とあった。赤茶っぽい髪を雑なお団子でまとめていて、ツリ目で口元は笑っていて、その顔は何だかチェシャ猫みたいだ。
「あ、あ、あん……じ、さん? とにかく俺は──」
「おうじ、だよ。庵治武彦。動画班のインヘルちゃん担当」
「庵治さん。とにかくその……駄目です、あれは。台本通りじゃないと俺、やらかして迷惑かけちゃうので……」
「そうかなぁ。素の感じが凄く良いと思うけど。実際、視聴者さんの反応も良かったよ? 翻弄されてる感じが面白くて可愛いって。それに亜利馬くんは、イレギュラーなことにも対応できるようになった方が良いだろうし」
「……で、でもせめて生配信ではやめてください。変なこと言っちゃったら、山野さんに怒られるの俺なんですから」
「ごめんごめん、次から気を付けるよ」
「次からって……またあるかもしれないんですかっ?」
「会議の結果次第だね。アーカイブ動画の再生数にもよるしね」
庵治さんが満面の笑みで俺の横を通り過ぎ、テーブルに乗ったままだった「分身」を抱いて部屋のドアへと向かった。
「どうしたの亜利馬くん、早く行こうよ」
「行くって、どこに……」
「帰るんでしょ。僕が送って行くように言われてるから、車出すよ」
「……あ、ありがとうございます……」
良い人そうに見えて腹黒そうでもあり、何だか掴みどころのない人だ。
マンションに着いてから庵治さんが荷物を部屋まで運んでくれて、玄関先で縮こまった俺は何度も頭を下げて礼を言った。動画について文句を言ってしまった分、親切にされて少し決まりが悪い。
「すいません、助かりました」
「いいよ、体力仕事なら役に立てるから。それじゃ、ブレイズの皆にもよろしくね」
「はい。ありがとうございました……あ、あの。冷たいお茶でも飲んでいきますか?」
この暑い中、五階まで大量の荷物を運んでもらったのだ。麦茶の一杯でも出すべきかと思ってそう言うと、
「駄目だよ亜利馬くん、今日初めて会った男にそういう隙見せたら」
「でも……庵治さんは仕事仲間でしょ」
「そうだけど、君はモデルで僕はスタッフ。僕達は仕事外で必要以上に接触したら駄目なんだ。プライベートで部屋に上がるのもあんまり良くないしね。すっごい喉乾いてるけど、帰りにジュース買うから大丈夫だよ」
「ここで待っててくれたら、お茶入れて持ってきますけど」
「大丈夫だって。それに、僕の彼氏が寂しい思いして待ってるからさ。そろそろ行ってあげないとね」
「はあ、……」
「じゃあね亜利馬くん。お疲れ様!」
「お、お疲れ様です。ありがとうございましたっ……」
〈亜利馬、ライブ見たよ! 面白かった。潤歩と二人で爆笑しちゃった〉
適当に買って来た弁当を食べていたら、獅琉が電話をかけてきてくれた。仕事が終わってからライブを見て、今は潤歩と一緒に帰りの車の中らしい。
「ありがとうございます。ほんと緊張しましたよ」
〈庵治さんに見事に翻弄されてたね〉
「あ、あの人……ちょっとびっくりしたんですけど、いつもあんな感じなんですか?」
〈そうだよ。だから、ちゃんとやれるか大丈夫かなぁって思ってたんだけど。結果良かったから山野さんもOKだって言ってたよ〉
その言葉にホッとして胸を撫で下ろし、グラスの牛乳を口に含んだ。山野さんがそう言ってくれたなら、やった甲斐があった。
〈庵治さん良い人だけど変わってるよね。恋人のユージ君とは対極って感じで──〉
「っ……」
含んだ牛乳を噴き出しそうになり、慌てて飲み込む。
「あ、あの人の『彼氏』って、ユージさんなんですかっ?」
ヘアメイク担当の爽やかで優しいお兄さんと、動画班の飄々とした「インヘルちゃん」。真逆のカップルじゃないか。
「……ど、どっちがタチなんだろう」
〈お互いどっちもやってるって言ってたよ〉
「ひえぇ……!」
「お願いですから、台本にないことやらせないで下さいっ」
「あは、ごめんね。亜利馬くんの反応が良かったから、ついね」
インヘルちゃんそのままの声で返され、何だか気が抜けてしまう。首から下がった彼のネームプレートには「庵治」とあった。赤茶っぽい髪を雑なお団子でまとめていて、ツリ目で口元は笑っていて、その顔は何だかチェシャ猫みたいだ。
「あ、あ、あん……じ、さん? とにかく俺は──」
「おうじ、だよ。庵治武彦。動画班のインヘルちゃん担当」
「庵治さん。とにかくその……駄目です、あれは。台本通りじゃないと俺、やらかして迷惑かけちゃうので……」
「そうかなぁ。素の感じが凄く良いと思うけど。実際、視聴者さんの反応も良かったよ? 翻弄されてる感じが面白くて可愛いって。それに亜利馬くんは、イレギュラーなことにも対応できるようになった方が良いだろうし」
「……で、でもせめて生配信ではやめてください。変なこと言っちゃったら、山野さんに怒られるの俺なんですから」
「ごめんごめん、次から気を付けるよ」
「次からって……またあるかもしれないんですかっ?」
「会議の結果次第だね。アーカイブ動画の再生数にもよるしね」
庵治さんが満面の笑みで俺の横を通り過ぎ、テーブルに乗ったままだった「分身」を抱いて部屋のドアへと向かった。
「どうしたの亜利馬くん、早く行こうよ」
「行くって、どこに……」
「帰るんでしょ。僕が送って行くように言われてるから、車出すよ」
「……あ、ありがとうございます……」
良い人そうに見えて腹黒そうでもあり、何だか掴みどころのない人だ。
マンションに着いてから庵治さんが荷物を部屋まで運んでくれて、玄関先で縮こまった俺は何度も頭を下げて礼を言った。動画について文句を言ってしまった分、親切にされて少し決まりが悪い。
「すいません、助かりました」
「いいよ、体力仕事なら役に立てるから。それじゃ、ブレイズの皆にもよろしくね」
「はい。ありがとうございました……あ、あの。冷たいお茶でも飲んでいきますか?」
この暑い中、五階まで大量の荷物を運んでもらったのだ。麦茶の一杯でも出すべきかと思ってそう言うと、
「駄目だよ亜利馬くん、今日初めて会った男にそういう隙見せたら」
「でも……庵治さんは仕事仲間でしょ」
「そうだけど、君はモデルで僕はスタッフ。僕達は仕事外で必要以上に接触したら駄目なんだ。プライベートで部屋に上がるのもあんまり良くないしね。すっごい喉乾いてるけど、帰りにジュース買うから大丈夫だよ」
「ここで待っててくれたら、お茶入れて持ってきますけど」
「大丈夫だって。それに、僕の彼氏が寂しい思いして待ってるからさ。そろそろ行ってあげないとね」
「はあ、……」
「じゃあね亜利馬くん。お疲れ様!」
「お、お疲れ様です。ありがとうございましたっ……」
〈亜利馬、ライブ見たよ! 面白かった。潤歩と二人で爆笑しちゃった〉
適当に買って来た弁当を食べていたら、獅琉が電話をかけてきてくれた。仕事が終わってからライブを見て、今は潤歩と一緒に帰りの車の中らしい。
「ありがとうございます。ほんと緊張しましたよ」
〈庵治さんに見事に翻弄されてたね〉
「あ、あの人……ちょっとびっくりしたんですけど、いつもあんな感じなんですか?」
〈そうだよ。だから、ちゃんとやれるか大丈夫かなぁって思ってたんだけど。結果良かったから山野さんもOKだって言ってたよ〉
その言葉にホッとして胸を撫で下ろし、グラスの牛乳を口に含んだ。山野さんがそう言ってくれたなら、やった甲斐があった。
〈庵治さん良い人だけど変わってるよね。恋人のユージ君とは対極って感じで──〉
「っ……」
含んだ牛乳を噴き出しそうになり、慌てて飲み込む。
「あ、あの人の『彼氏』って、ユージさんなんですかっ?」
ヘアメイク担当の爽やかで優しいお兄さんと、動画班の飄々とした「インヘルちゃん」。真逆のカップルじゃないか。
「……ど、どっちがタチなんだろう」
〈お互いどっちもやってるって言ってたよ〉
「ひえぇ……!」
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