COALESCE!

狗嵜ネムリ

文字の大きさ
上 下
96 / 111
亜利馬、初めての生配信

しおりを挟む
 配信が完全に終了してから席を立った俺は、機材を片付けるスタッフさん達の間を通って、部屋の端でインヘルちゃんの声を担当していた人に詰め寄った。
「お願いですから、台本にないことやらせないで下さいっ」
「あは、ごめんね。亜利馬くんの反応が良かったから、ついね」
 インヘルちゃんそのままの声で返され、何だか気が抜けてしまう。首から下がった彼のネームプレートには「庵治」とあった。赤茶っぽい髪を雑なお団子でまとめていて、ツリ目で口元は笑っていて、その顔は何だかチェシャ猫みたいだ。
「あ、あ、あん……じ、さん? とにかく俺は──」
「おうじ、だよ。庵治武彦。動画班のインヘルちゃん担当」
「庵治さん。とにかくその……駄目です、あれは。台本通りじゃないと俺、やらかして迷惑かけちゃうので……」
「そうかなぁ。素の感じが凄く良いと思うけど。実際、視聴者さんの反応も良かったよ? 翻弄されてる感じが面白くて可愛いって。それに亜利馬くんは、イレギュラーなことにも対応できるようになった方が良いだろうし」
「……で、でもせめて生配信ではやめてください。変なこと言っちゃったら、山野さんに怒られるの俺なんですから」
「ごめんごめん、次から気を付けるよ」
「次からって……またあるかもしれないんですかっ?」
「会議の結果次第だね。アーカイブ動画の再生数にもよるしね」
 庵治さんが満面の笑みで俺の横を通り過ぎ、テーブルに乗ったままだった「分身」を抱いて部屋のドアへと向かった。
「どうしたの亜利馬くん、早く行こうよ」
「行くって、どこに……」
「帰るんでしょ。僕が送って行くように言われてるから、車出すよ」
「……あ、ありがとうございます……」
 良い人そうに見えて腹黒そうでもあり、何だか掴みどころのない人だ。


 マンションに着いてから庵治さんが荷物を部屋まで運んでくれて、玄関先で縮こまった俺は何度も頭を下げて礼を言った。動画について文句を言ってしまった分、親切にされて少し決まりが悪い。
「すいません、助かりました」
「いいよ、体力仕事なら役に立てるから。それじゃ、ブレイズの皆にもよろしくね」
「はい。ありがとうございました……あ、あの。冷たいお茶でも飲んでいきますか?」
 この暑い中、五階まで大量の荷物を運んでもらったのだ。麦茶の一杯でも出すべきかと思ってそう言うと、
「駄目だよ亜利馬くん、今日初めて会った男にそういう隙見せたら」
「でも……庵治さんは仕事仲間でしょ」
「そうだけど、君はモデルで僕はスタッフ。僕達は仕事外で必要以上に接触したら駄目なんだ。プライベートで部屋に上がるのもあんまり良くないしね。すっごい喉乾いてるけど、帰りにジュース買うから大丈夫だよ」
「ここで待っててくれたら、お茶入れて持ってきますけど」
「大丈夫だって。それに、僕の彼氏が寂しい思いして待ってるからさ。そろそろ行ってあげないとね」
「はあ、……」
「じゃあね亜利馬くん。お疲れ様!」
「お、お疲れ様です。ありがとうございましたっ……」


〈亜利馬、ライブ見たよ! 面白かった。潤歩と二人で爆笑しちゃった〉
 適当に買って来た弁当を食べていたら、獅琉が電話をかけてきてくれた。仕事が終わってからライブを見て、今は潤歩と一緒に帰りの車の中らしい。
「ありがとうございます。ほんと緊張しましたよ」
〈庵治さんに見事に翻弄されてたね〉
「あ、あの人……ちょっとびっくりしたんですけど、いつもあんな感じなんですか?」
〈そうだよ。だから、ちゃんとやれるか大丈夫かなぁって思ってたんだけど。結果良かったから山野さんもOKだって言ってたよ〉
 その言葉にホッとして胸を撫で下ろし、グラスの牛乳を口に含んだ。山野さんがそう言ってくれたなら、やった甲斐があった。
〈庵治さん良い人だけど変わってるよね。恋人のユージ君とは対極って感じで──〉
「っ……」
 含んだ牛乳を噴き出しそうになり、慌てて飲み込む。
「あ、あの人の『彼氏』って、ユージさんなんですかっ?」
 ヘアメイク担当の爽やかで優しいお兄さんと、動画班の飄々とした「インヘルちゃん」。真逆のカップルじゃないか。
「……ど、どっちがタチなんだろう」
〈お互いどっちもやってるって言ってたよ〉
「ひえぇ……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...