COALESCE!

狗嵜ネムリ

文字の大きさ
上 下
93 / 111
亜利馬、初めての生配信

しおりを挟む
 動画生放送の開始まで、あと二時間半。
 俺は誰もいない会議室で一人、プリントアウトしてもらった台本と即席の企画書を凝視していた。
 インタビュー内容──この仕事を選んだきっかけ。初めての撮影をどう思ったか。今後どういうモデルでありたいか。趣味や特技、ハマっているもの、恋人にしたい男のタイプ、セックスにおける得意技……
「結構あるなぁ……」
 ファンからの質問は「進行役が無難なものを読み上げるからそれに答えればいい」と山野さんは言っていたけど、即興でちゃんと答えられるだろうか。自信がない。
「@Pinkの宣伝……倒れたことは言わない方がいいもんなぁ……。……って、ブレイズの動画も決まったんだ。これはちょっと楽しみ。それで……えっと、俺からファンの人達への気持ち」
 一緒にもらった白紙のコピー用紙に、汚い字で自分の案を書き出してみる。一日もらえればどれも簡単に考えられるけど、あと二時間半しかないと思うと焦るばかりでなかなか良いものが思い付かない。

「うー!」
 ペンを咥えて頭を掻きむしり、天井を仰ぐ。
「竜介さんなら何て答えただろ。……ていうか夏風邪なんて大丈夫なのかな」
 独り言を呟きながらスマホを取り、大雅にメッセージを送ってみた。
『竜介さん大丈夫?』
 確か大雅は今日、別スタジオでの撮影だ。心配してるだろうなと思ったその時、すぐに返信がきて驚いた。
『いちおう、俺の部屋で寝かせてる。俺も早く帰るから大丈夫』
『さすが大雅。仕事終わったら俺もお見舞い行くね。またホットケーキ作るよ』
『わかった。あと、間に合ったら竜介とライブ見るから。がんばってねありま』
 もう話が伝わっている。……そりゃそうか、愛する兄貴の代役なんだし。誰がやるのか気になるのも無理はない。
「……よし!」
 二人のためにも絶対、生配信を成功させてやる。

 ──と、意気込みだけは一丁前だったものの。
「……『芸能界のスカウトを受けたつもりがAVだった』は、やめてくれ。ウチが騙してモデルを集めてると思われる」
 何とか完成させた俺の「答え」を、のっけから却下されてしまった。
「じゃ、じゃあ、俺の一方的な勘違いで、っていうのを強調したらどうでしょう? 正直言って俺、本気で勘違いして入ったので……」
「スカウト、だけでいい。取り敢えず今日のところはな。……それから、次作の宣伝はこちらで考えておいたからそれを読んで覚えてくれ」
「は、早く言ってくださいよ! これ一番考えるの苦労したんですからっ!」
「すまない、こっちも慌ててた。それから、……」
 そんなこんなで、つぎはぎ状態ではあるが何とか俺側の台本を形にすることはできた。
 生配信開始まで、あと四十分。



「亜利馬くん! 今日のライブ、よろしくね」
「え? あ、はい……」
 場所は六階の動画部屋と呼ばれる小さな部屋で、背景にはブレイズの最新DVDのポスターと、俺も初めて見たけど「Pink」のポスターが並んで貼られてあった。カメラが三脚に固定されていて、ピンマイクを付けられて、……俺がついたテーブルの隣には、大きめのぬいぐるみがいた。それはインヘルのロゴにも使われている、悪魔か鬼かよく分からないコミカルな顔のキャラクターだった。

「今日の進行役は、僕が担当するよ! インヘルちゃんて呼んでね」
「……ぬいぐるみと二人でやるんですか?」
 声はもちろん社員の人が発している。初めて見る顔の若い男の人だ。その人がカメラには映らない席からデスク用のマイクに向かい喋ると、俺の隣の「インヘルちゃん」が手を振ったり首を振ったり、体を揺らしたりする。凄い技術だけど、ぬいぐるみを相手に喋るとなると更にハードルが上がってしまいそうだ。
「亜利馬くん、緊張してるね。息吸ってー、吐いてー」
 声に合わせてぬいぐるみが手を広げたり戻したりしている。その動きの細かさやタイミングの完璧さに、ただただ感心するばかりの俺。声担当の社員さんが喋りながらパソコンを弄っているから、恐らくそれでぬいぐるみの動きを操作しているのだろう。
「亜利馬くん、握手して!」
「は、はい」
 差し出された小さな手をそっと指で摘まんでみると、想像通りぬいぐるみの中身は固かった。
「よろしくね、インヘルちゃん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...