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亜利馬、初めての生配信
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しおりを挟む俺の体調不良で中断となったPinkの続きは、ベッドでの本番シーン撮影が終わってからようやく撮ることができた。シーン同士を繋げば一見日をまたいで撮影したと分かりにくくなっているけれど、よくよく見れば前と後では髪の濡れ具合が違う。「たったそれだけだよ」と獅琉は笑っていたものの……気持ちとしては、最初から撮り直したいくらいだった。
その朝はいつもより早く目を覚まし、洗面所で顔を洗った。冷たい水が肌に気持ち良い。七月三日──今年は例年よりもずっと早く梅雨が明けて、外は三十度近いカンカン照りだ。
朝食は一昨日買ったココア味のシリアルを開封して、おっかなびっくりハムエッグとホットケーキを焼いた。ヨーグルト、良し。サラダ、良し。牛乳、良し。
クローゼットから今日着る予定の服を出して、床の上に畳んでおく。うやむやにされたのではとずっと思っていたけれど、先月の終わりにようやく俺が借りる部屋が決まった。とは言っても504号室。角部屋505号室の獅琉とは隣同士だ。元々荷物も少なかったから引っ越しは簡単で、それよりも大変なのはこれから自分で使う家具を揃えなければならないということだと言われた。何せ、布団もないのだ。
小さめのローテーブルだけは獅琉の物を貸してもらえて、それを使って今日は一人で朝食をとった。少しだけ寂しくなったけど、自立していかないとという気持ちの方が大きい。家賃も安いし、冷蔵庫やレンジ、洗濯機は始めから備え付けの物がある。一人暮らしのスタート地点としては断然易しい方だ。
「亜利馬ー!」
背後から突然獅琉の声がして振り向くと、ベランダの右端から手だけが伸びてブンブンと振られていた。
「獅琉さんっ?」
慌ててガラス戸を開けベランダに出る。見れば、隣のベランダで部屋着の獅琉が笑っていた。
「おはよう、亜利馬」
「おはようございます。どうしたんですか朝から」
「ちゃんと一人暮らしやってるかな、って思ってさ」
「やってますよ。ていうか、やらなきゃ」
「大人になってきたね。偉いね」
優しいお母さんみたいな言い方をされて照れ臭い反面、子供扱いに情けなくなる。
「そうだ、獅琉さん。これまでの光熱費とか色々払わせてください。一か月くらいお世話になっちゃったし、家賃も……」
「いいよそんなの。一か月分なんてどうせ大した額にならないし、俺はお世話してたつもりないもん。それより亜利馬と一緒に過ごせて楽しかったから、それでチャラにしてあげる。あ、それか今度飯奢ってくれればいいよ」
俺は朗らかに笑う獅琉に何度も頭を下げた。これまでのことを思い返せば返すほど、この菩薩のような王子様を拝みたくなる。
「亜利馬、今日の予定は?」
「今日は休みなので、ホームセンターに家具とか見に行こうかなって思ってます。せめて布団くらいは今日中に用意しないと」
「だから昨日、俺の部屋で寝れば良かったのに。床にそのまま寝たんでしょ? 体おかしくするよ」
「正直、フローリングを甘く見てました……」
ふと思い付いて、俺は獅琉に言った。
「いま丁度、朝ごはん作ったとこなんです。良かったら獅琉さんも食べてくださいよ」
「ほんと? やった、行く行く! 待ってて!」
部屋に引っ込んだ獅琉がドタドタと音をたてて走り、玄関を開けて廊下に飛び出し、俺の部屋のドアを開けた。
一分もしないうちにこうやって会える距離だ。
「お邪魔します!」
寂しいなんて思うことはないんだと気付いて、俺は含み笑いをしながら部屋に戻った。
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