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#4 ナイトメア・トラップ

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 目を丸くさせた天和とは反対に、俺は極限まで顔を赤くさせて肩の手を振り払った。
 何だ最強の種って。全く意味が分からない。

「炎樽うぅ。俺、素直になれって言っただろ?」
「何が!」
 意味ありげにニタニタと笑いながら、マカロが俺の頬をつついて更に言う。
「ちゃんと聞こえてたぜ、あの言葉」
「だ、だから何がっ? 何の話だよ!」
「それは自分で思い出さないとなぁ。まあ、俺の読みだと最強の種をゲットできる日もそう遠くないってことだ。……俺はその日まで、ちゃんと炎樽を他の男達の魔の手から守るよ」
「俺はそんなコイツをからかったり、詰襟の美少年で目の保養をしたり、紅茶を飲んだりしながらしばらくは適当に過ごす。風俗に行けば取り敢えずの種は手に入るしな」

 ……こんな人が学校で先生をやるなんて、今すぐ教育委員会に訴えたい気分だ。

 それに、とサバラが天和を睨みながら続ける。
「こいつには幾つかの借りがあるからな。どうにかしてお前だけは叩きのめす」
「ああ?」
「デカさだけが男の全てだと思うなよ」
 何を言っているのかよく分からないが、それは天和も同じのようだ。変な物を見る目でサバラを見つめるものだから、余計にサバラの機嫌が悪くなる。

「か、勝ったと思うなよ!」
「勝ってる要素しかねえけどな」
「何だと!」

 憤るサバラを羽交い絞めにしたマカロが、壁の時計に目をやってから言った。
「そろそろ授業も終わるだろ。昼休みになるから、炎樽を匿わないと」

 結局、三時限目の授業は保健室でのサボりとなってしまったようだ。英語の教科書とノートも持ったままだし、天和と鉢合わせしてから俺が戻って来なかったという状態だから、幸之助も心配していることだろう。

「それじゃあ飯持ってくるから、炎樽はここで待ってろよ。俺が戻るまで炎樽を守っとけよ、マカ」
「了解!」
「守るって何からだ! おい、お前!」
 サバラを無視して保健室を出て行く天和の後ろ姿に、俺はある種の既視感を覚えた。
 何だっけ、この後ろ姿……何となく頼れる感じで、……

「そうだ」
 体育倉庫で三年連中から俺を守ってくれた時の天和。それだ。
 だけど何だろう、つい最近も天和に助けてもらったような気がする。思い出せないけれど……どうにもならない状況で突然天和が現れて、俺を守ってくれたような……。

「………」
 そしてそんな天和に、俺は……

「炎樽、顔赤いぞ。熱か?」
「体温計ならあるが」
「だ、大丈夫」
 そんな天和に俺は、何か物凄く大事なことを言ったような。

 そんな気がする。


 *


 一夜明けて火曜日。

「……重い。暑い……」
 いつもよりもずっと寝苦しくて思わず目を覚ますと、俺の体に二匹の夢魔と一匹の鬼が群がっていびきをかいていた。
「何でいつも俺にくっついて寝るんだよ……!」
 サバラが俺の右脇の下に顔を突っ込んで抱き枕のように俺を抱きしめ、天和が俺の頭を胸に抱いてやはり脚を俺の体に巻き付かせ、マカロが絡み合った二人の脚の下をくぐるようにして俺の股間に顔を埋めている。

「お前ら、起きろっ!」
 三人がかりで押さえつけられては身動きも取れず、しかも全員起きる気配がない。
 マカロがサバラとの再会と仲直りを機に色々飲んだり話したいと言うから、仕方なくサバラを家に泊まらせてやったのが間違いだった。

 サバラを俺の家に一晩置かせるなら守り役をやる、と名乗り出た天和も当然泊まることになり、酔っ払った二匹の夢魔がリビングのソファで寝入ったところで俺も二階にある自分の部屋のベッドに潜り、……起きたらこの有様である。

「ん……炎樽。おはよう……」
「マカ、何で下のソファで寝てたのに二階に来てるんだよ」
「夜中に目が覚めて、ふらふらって、サバラと一緒に匂いを辿って……」
 まだ酔いが残っているのか、その言葉を最後にマカロが再び俺の股間に顔を伏せた。
「………」

 時刻は早朝、六時。まだ起きる時間までに余裕はあるけれど、この圧迫による息苦しさだけは何とか解消しておきたい。無理矢理に体をよじって少しずつ三人から逃げるにつれ、俺の体を抱き枕代わりにしている男達の腕やら脚やらがずるずると離れて行った。

「……迷惑なアラームだな」
 ようやくベッドを降りた時にはすっかり目が覚めていて、俺はふらつきながら階段を下り洗面所へと入って行った。

「………」
 起きて支度をして、学校へ行って。変わらない毎日のはずなのに、何故か俺の周りだけ目まぐるしく色々なことが変わってきている。

 これまでの日常が一変したのはマカロが現れてからだけど、それよりも一か月前、……俺がフェロモンによる「匂い」を持つようになった時には既に、この運命が決まっていたのかもしれない。

 俺の匂いがマカロをここへ導いたのだとしたら、そもそもの俺の匂いは何処からやって来たのだろう? 一年の頃は全くそんな気配なかったのに、どうして二年になって突然開花したんだろう。
「うー……」
 考えても何も思い付かず、俺は仕方なく顔に冷水を浴びせた。

「炎樽、腹減った」
 俺の匂いを辿って洗面所に入ってきたマカロが、目を擦りながら甘えた声を出す。通常時の大きさは俺よりずっと背が高いのに、中身はまだまだ何も出来ない子供だ。

「おにぎり作るから、海苔と中の具を用意しといてくれよ。たしか鮭のフレークがまだあったはずだから、それも使っちゃおう」
「サバラ、おにぎり食べたら絶対驚くぞ。あんなに美味いの滅多にねえもん」

 悪巧みのような顔で笑いつつも嬉しそうなマカロに、俺はふと疑問に思ったことを訊ねてみた。

「マカって、サバラのことビビって怖がってたんだろ。いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「べ、別にビビってない! サバラが俺に意地悪ばっかりするから警戒してただけだ!」
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